蒼のロッテ、剣を抜く
石畳の地面には、紙袋が投げ捨てられていた。中身は外にばらけて、リンゴや銀紙で包まれたバターや、胡桃やレーズンの入った細長いライ麦パン、トマト、パプリカ、白い紙に包まれた牛肉、などが散乱していた。
「反体制のハンス・ローレンス、国家反逆罪にて連行する」
まずは、突撃隊たちの声だった。
ハンス・ローレンスと呼ばれた男は、昼下がり、外に面したテーブルでコーヒーと、紐の結び目みたいな形をしたパン、2つのシナモンクノーテンを食べている途中だった。
男は逃げようとする。突撃隊に飛びかかられ、地面に倒れて、羽交締めにされた。
テーブルとイスは倒れて、コーヒーはひっくり返り、パンはあらぬ方へと。
「くそう」
男は、悔しそうに声を上げる。
「お前たちは、総統の、芸術、とやらの
それに、1人の突撃隊が答えた。
「それは、野望だ。帝国という秩序正しい理想郷を作るために、必要なことだ!」
「それが戦争を起こすのだと、何故、わからないのですか」
少女の声がした。
そして、男を羽交締めにしていた突撃隊が、苦悶の声を上げた。首から血が流れている。剣が刺さっているのだ。
突撃隊は、騒然となった。サーベルを抜く。少女に切り掛かる。実力差は歴然だった。倒れていく突撃隊たち。
そこに非番だった食材のお買い物中の「蒼のロッテ」ことリーゼロッテ・フォン・リーシナが通りかかる。彼女はかの戦争で帝国の要と言われたヴァルキュリア騎士団の新世代団長だ。
買っていた紙袋を投げ捨てて剣を抜きながら、戦闘の中に飛び込んでいく。
「蒼のロッテがテロリストと戦っている!!」
誰かが叫び、また、他の人も叫んだ。連鎖するように、反響を呼んでいく。それを聞いたあたしは、テロリスト、の方に反応して、そこまで駆けた。
人々が集まる中を、無理やり掻き分けて、あたしは前に出た。
今まで語ってきたことは、事を最初から見てた知らないおじさんから、後で聞いたことだ。あとは、あたし自身が見たこと。
テロリスト、と呼ばれていたのは、間違いなく、2束のおさげと、あの伊達メガネをして、ハンチング帽を被り、カーディガンとだぼっとしたズボンのエリカだ。
突撃隊の人たちは、4人が倒れ、3人ほどが、武器を持っていた。その中心に立つ蒼のロッテ。
「あなた」
蒼のロッテは、素晴らしく通る声を出した。
「こんな世界に来るものではないわ。こういうことは大人のすることよ」
「大人たちに任せた世界が、こう、でしょう」
エリカの声もきれいで、まるで2人で歌い合ってるようだ。
「世界のことをよくわかっていないお嬢さんが、言いそうなことね」
蒼のロッテは、剣を持っていない左手で、周りの突撃隊にジェスチャーの指示を出した。
エリカの周りを包囲するようにした、彼ら。
「そうやって、力ある人たちが、本当の声、を圧殺して、歴史が作られてきました。あなたもその類なのですね?」
その時、あたしは、蒼のロッテの表情に、迷いのような、後悔のような、怒りのような、そんな噛み下し難い複雑さが走ったのを見た。それは、幻だったのか?
エリカは周りに気を向けた。前に、蒼のロッテ。左右、後ろに1人ずつ。
少し身体をしゃがみ込ませて、まだ倒れたままのハンスの腕を取る。立ち上がらせる。
「ああ、
シュヴェルト・リリエとは、イーリス、つまり、アヤメの別名。昔の王国で騎士のシンボルであり、また、忠実や誠実を表す花言葉を持っている。彼女のレジスタンスでの通り名なのかな。
「ハンスさん、どこも斬られていないわ。抑えつけられただけ。しっかり」
「リリエ、ぼくは、争いごとはできないよ」
「戦争には、行ったんでしょう? それに、それだと、死にますよ」
そう言ったエリカは、少し意地悪く笑った。
「ああ、神よ……」
そう言ってハンスは、たどたどしく剣を抜いた。
「着いてきてくださいね!」
エリカは真正面に駆け出した。
「え! そっち!」
ハンスも慌てて、後ろから走る。
まさかこちらに来るとは思ってなかった蒼のロッテは、意表を突かれ、それでも剣を突くように繰り出した。それを、軽く横に受け流したエリカは、走る身体を止めた。彼女の背中にハンスがぶつかった。あうっ、とエリカは少し前のめりになる。しかし、逃げると思っていた人間が立ち止まった事で、蒼のロッテは、気持ちが、混乱したのか、次の剣を繰り出せなかった。エリカは、そこに、いきなりな衝撃力で、剣を下から上へと斬り上げた。稲妻が、大地から空へと走るような峻烈なスピード。ロッテは辛うじてそれを自分の剣の腹で受けるが、よろりっと身体を天に預けるようにバランスを大きく崩した。
「今よ!」
エリカとハンスは、包囲を突破したのだ。ハンスは走りながら、いつまでも闇雲に剣を振り回していた……。突撃隊は追いかけようとしたが、蒼のロッテが、立ちくらみを抑えるように顔に手を当てている。彼女の助力がなければ、追いついても捕まえることは、到底無理だ。そうこうしてるうちに、2人の姿は見えなくなった。
その日の夜の臨時ラジオで、パーソナリティは、蒼のロッテが複数人のテロリストから襲われ、これを退けた、と、英雄を語るように放送した。
そして次の日の学校で、あたしは、衝撃的なことを聞く。
担任のスターハルディン・ジークライア先生が言ったのは、あたしたち学生が、忙しく働く大人たちに変わり、突撃隊の手伝いとして、街の夜警をすることになった、と。
それは、取り締まり強化日として、月に一度くらいの頻度でするものだったが、ものものしい。
最近、動きが活発になりつつあるレジスタンスへの警告みたいなものだと思った。
先生からの強制的な班決め。あたしは、明日、エリカを憎むあのいやらしい性格のローザ・フォン・ハイデンベルクとその取り巻きの何人かと一緒に行動して、夜警をしなくてはならないらしい。
そのことをエリカに言うと、「ひさびさに剣を合わせない?」と彼女は、提案してきた。
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