美人戦隊ダレガオバチャンジャー参上! 好き嫌い怪人〝ホ・レンソウ〟、アンタの命運はここまでよ!

釣舟草

七人の美女♡

 その日はいつものように、ちょっと退屈で、でも平和な一日になるはずだった。


 まさか、街中が絶望のドン底に突き落とされるなんて、誰が予想できただろう。


 午前七時半。朝食を食べていると、けたたましいマンション中に警報音が鳴り響いた。


 管理人さんがメガホンを持って、共有スペースを走り回っている。


「街に怪人が出現しました! 区の方から、自宅待機の通達がありました! 住人の皆さま、お部屋から出ないようお願いします!」


「おい、見ろよ、何だよあれ!」


 いつもはひょうきんな兄の裕太が、目をガラス玉みたいにかっ開いて窓の下を指差した。


 八階の窓から下の石畳の広場を見下ろすと……。


「怪人? ホントだ!」


 特撮映画の撮影じゃないかと疑いたくなる光景が広がっていた。一体の茶色い異形の怪人が暴れて、虹色のネバネバの液体を吐いている。虹色の液体に触れた人は途端に倒れ、痙攣して動かなくなるんだ。誰もが悲鳴を上げながら逃げ惑っている。


 恐ろしい事態に目が釘付けになっていると……。


「なぁ、あれは恭花じゃないか?」


 裕太の指が指す方向で、確かに近所の幼馴染の恭花が、怪人から走って逃げている。今にも怪人に追いつかれそうだ。


「助けてぇ!」


 恭花の悲鳴が八階の部屋まで届き、僕は迷わず玄関に走った。


「おい、待てよ。自宅待機って言われただろ! ヒーロー気取りかよ!」


 止める裕太に、僕はハッキリと言い放った。


「今、恭花が助けを求めている。僕は卑怯者になるくらいなら、ルールを破る方を選ぶ」


 裕太を部屋に残し、エレベーターは止まっていたので非常階段を駆け降りる。


「待ってろよ! 恭花!」


 下の広場に着くと、ちょうど転んだ恭花が怪人に襲われそうになっているところだった。


「やい、待て!」


 威勢よく割って入ったはいいものの、いざカラフルな化け物に相対すると、膝がガクガク震えた。戦い方もわからない。どうしよう……。


「賢介くん! 足を挫いてるの。わたしを置いて逃げて」

「そんなことするもんか!」


 一歩一歩、近づいてくる茶色の怪人。僕はただ、恭花に覆い被さって死を覚悟した。


 そのとき。


 スッと、ピンク色影が僕たちの頭上を通過した。かと思うと……。


 突然、怪人が「ぐわっ」と悲鳴を上げて地面に倒れ込んだ。何が起きたんだ?


「ちょっとアンタ? 子どもに何してくれてんの? ついつい蹴りをお見舞いしちゃったじゃない」


 膝の埃を払いながら立ち上がったのは、なんと戦隊モノのピンクのコスチュームを着た女。


 すぐに立ち上がる怪人。


「俺様に膝をつかせるとは、いい度胸だ。だがお前の命運はここまでだ」


「あ、喋った」と僕が驚く間も無く、怪人が虹色の毒を吐く。戦隊ピンクは恭花と僕をかばいながら、花壇の茂みを目指す。


「クッ……。一人だったら存分に戦えるのに、子どもがいると……。普段の育児とおんなじね」


 僕も恭花も恐怖で固まってしまって、上手く走れなかった。そのせいでピンクは怪人に追いつかれそうに……! 怪人の吐いた虹色のネバネバが、僕たちを庇うピンクの背中を襲った……!


 危機一髪。


 ヒュッヒュッヒュッと、影が六体、頭上を飛んだかと思うと、僕と恭花は別々に誰かに抱えられた。


 一瞬空を飛んだように感じたけれど、ものすごい速さで移動しただけかもしれない。気がつくとそこは、花壇の茂みだった。


 ピンクも宙返りして難を逃れたみたいだ。


「ちょっとピンク? 情けないんじゃない?」

「こんなにすぐにやられそうになるなんて」


 口々に文句を言うのは、恭花と僕を助けてくれた戦隊ブラックとグリーン。いずれも声は女だ。


「アンタらこそ遅いのよ。」


 応戦するピンクを制して割って入ったは、戦隊レッド。やっぱり、女の声。


「仲間割れは見苦しいよ。今は一丸となって戦おう」


 うなずくパープル、ブルー。


「じゃあ、いくよ」


 イエローが小さく合図すると、みんな各々キメポーズをとった。


「「「「「「「美人戦隊・ダレガオバチャンジャー参上♡」」」」」」」


「なにを、おばちゃんどもめ。蹴散らしてくれるわ」


 そう叫ぶと、怪人は、再び虹色のネバネバを周囲に撒き散らした。七人の戦隊ヒーロー、いや、ヒロインたちはそれをかわすと、


「覚悟しな。街の平和と子どもたちの健康は、私たち美女が守るよ」


 レッドの合図とともに戦闘がスタートした。


「あたしが相手だよ」


 まずはグリーンが相対する。


 花壇の茂みの中で怯えながらも、恭花が耳打ちしてきた。


「あの怪人、知ってる。好き嫌い怪獣〝ホ・レンソウ〟だよ。やっつけるには、ほうれん草をゴックンさせなきゃいけないの」

「詳しいね……」


 僕らの視線の先で、好き嫌い怪獣〝ホ・レンソウ〟が虹色の液体を吐いた。それを華麗にかわすグリーン。そして反撃に出る。


「ええい! バター炒めだ! 食らえ!」


 グリーンの武器〝フライパン〟からバターの香ばしい香りが広がり、ジュージューと音を立てる。そこからグリーンの閃光とともに、ほうれん草のバター炒めが次々と飛び出し、怪人の口へと飛んでいく。


「ハン、雑魚め!」


 怪人はどこからか、テニスラケットのような武器を取り出し、飛んでくるほうれん草のバター炒めをすべて打ち返した。


「ウッ……。ダメだ、効かない……」

「こんどはあたしに任せて」


 次に怪獣に立ち向かったのは、イエロー。


「ギッタギタに刻んで餃子に混ぜてやる! 食らえ!」


 イエローの武器〝PTAの黄色い旗〟の先から、なぜかみじん切りほうれん草が飛び出す。ほうれん草は空中を素早く飛びながら餃子に変形していき。怪人の口に飛び込んでいく。


「やった!」


 喜ぶ恭花と僕。ところが……。


「効かぬわ!」


 怪人は、みじん切りほうれん草だけを器用に吹き飛ばして撒き散らしながら、残りと肉と皮を丸呑みにしていく。

 

「何、あの技。まるで好き嫌いして丁寧に野菜だけ口から出す幼児みたいじゃない……」


 隣で恭花が呟く。きみ、何者……?


「ごめん、あたしもダメだった」

「ドンマイ! 今度はあたしが!」


 イエローをなぐさめ、立ちはだかったのはレッドだ。


「ぐっちゃぐちゃのドロドロの、ポタージュスープにしてやる!」


 レッドが武器の〝ミキサー〟を振りかざすと、そこから薄いグリーンのポタージュスープが飛び出した。


 ポタージュスープは美しい弧を描いて飛び、怪人の口の中にダイブした。


 ゴックン。


 怪獣の喉が鳴る音が、広場に響いた。


「お、おのれぇ……」


 次第に蒸発していく怪獣。


「やったぁ! 今度こそ!」


 恭花と僕はハイタッチして喜び合った。

七人の戦隊ヒーローたちも「さ、これから駅前にできたカフェにでも行かない?」などと話している。


 すると。


 突然、ドンッと地面が縦に揺れた。


 ゴゴゴゴゴゴという地鳴り。


 ズシン、ズシンという地響きが、地面の揺れとともに近づいてくる。


 次の瞬間、腹の底に響くような低く恐ろしい声が、耳をつんざくような音量で広間を支配した。


「おのれ、おばちゃんどもめ。最期の力を振り絞った俺様をナメたらどうなるか、思い知るがよい」


 そのとき、上のマンションから僕を呼ぶ声が聞こえた。


「賢介! デカいやつがこっちへ向かってくるぞ! 踏み潰されたくなければ逃げろ!」

 

 窓から様子を伺っていた裕太だ。


「恭花、こっちだ」


 僕は恭花の手を引いて、向かいのマンションのエントランスに避難した。さすがにマンションは倒されないと信じたい。


 僕らが避難完了したと同時に、そいつは姿を現した。五メートルはありそうな巨体の、真っ赤なティラノサウルスだ。


「ティラノサウルスって、まだ生きてたんだ……」


 そいつは火を吹き、広場の茂みを焼き払った。もしあそこにまだ隠れていたら、恭花も僕も丸焦げになっていただろうと思うと、ゾッとする。


「ちがうよ。あれは……巨大怪獣〝マタハラー・ジョーシ〟だよ」

「なんでそんなこと知ってるの?」


 僕の疑問の声は、〝マタハラー・ジョーシ〟の巨大な足音に掻き消された。


 戦隊ブルーが頭を掻く。


「なぁんかいつもこうなるんだよねぇ……。まだ洗濯物干し終わってないのにさぁ……」

「じゃあ、いつものやつ、いくよ!」


 レッドの掛け声と共に、七人の武器が巨大化し、変形し、合体していく。


 レッドの〝ミキサー〟が頭に。

 ブルーの〝塩素系洗剤ケース〟が腹に。

 グリーンの〝フライパン〟が左手に。

 ピンクの〝グミ製造スティック〟が右手に。

 ブラックの〝コードレス掃除機〟が左脚に。

 イエローの〝黄色い旗〟が右足に。

 パープルの〝ミシン〟が背中に。


 恭花が興奮して叫んだ。


「キター! 街の危機に姿を現す七人の戦士の合体ロボ! 人呼んでアンラッキーセブン! ダレガオバチャンジャーの七人が、あれに乗り込んでるんだよ」

「だからなんで……」


 僕の言葉はそこで途切れた。頭上から、助けを求める声が。


「賢介ぇえ! 怖いよぉお!」

「裕太?」


 マンションの八階窓に手を伸ばした〝マタハラー・ジョーシ〟が裕太を摘み上げ、人質にしたんだ。


「裕太ぁぁあああ!」


 叫ぶだけしかできない、無力な僕。


「アンラッキーセブン! 裕太を助けて!」


 僕の悲痛の訴えに、アンラッキーセブンは「任せときな」と言うようにうなずくと、〝マタハラージョーシ〟に突進していく。


〝マタハラー・ジョーシ〟の吐く火を、左手のフライパンを盾に跳ね返す。


「あのブロック技は、〝コドモガオネツ・ケッキン・レンラク〟だよ」と恭花。


 なぜ恭花がこんなに詳しいのかは、すでに僕の中でどうでもよくなっている。それより裕太に助かってほしい。

 

 今度はアンラッキーセブン。


 右足を前に出すと、〝黄色い旗〟が怪獣まで伸びていき、怪獣の手に踵落としをくらわせる。


 怪人の指から逃れた裕太は、地面に落下していく。


「あぶない!」


 僕が叫んだのが先かいなや、黄色い旗が扇状にバッと広がり、裕太は柔らかい布の上に着地した。


「あの救出技は〝PTAヤ女王クイン・ユウキュウツカイマス〟だよ」

「いや意味不明だよ?」


 安全な地面に降ろされた裕太は、まだ真っ青な顔で、僕たちのいるエントランスへ滑り込んだ。

 

 裕太は泣きながら言う。


「俺が間違ってた。賢介、お前の勇気を馬鹿にした。俺も一緒に恭花を助けにいくべきだったのに」

「いいや。裕太は警告して僕をたすけてくれた。ありがとう」


 僕は、勇敢に戦うアンラッキーセブンを見た。


「この街の平和は、あの人たちに掛かってる。応援しよう」


 裕太の無事を見届けたアンラッキーセブンは、さらに攻撃を続ける。


 アンラッキーセブンが右手を怪人に向けると、手首部分が開き、中から鉄の筒が姿を現した。


 そこから、ピンクや青、黄、緑のカラフルな丸い玉が飛び出し、怪人の顔や身体を打つ。


「あれは必殺〝モウスグ・ゴハンダ・カラ・ソレタベテマッテ・テ〟」

「技名長すぎない?」


〝マタハラー・ジョーシ〟が全ての玉を振り払うと、今度は好き嫌い怪獣〝ホ・レンソウ〟が出していたのと同じ虹色の毒を吐き散らした。サイズがパワーアップしている分、その量は〝ホ・レンソウ〟だった頃の比じゃない。


「やばい。この街を歩いてる人たちが、広範囲で毒にやられちゃう」


 すると、アンラッキーセブンは左脚を上げる。


「左脚の裏は掃除機の吸い込み口になってるんだ!」


 ものすごい勢いで空中に飛び散っている毒を、足の裏が吸い込んでいく。


「あの吸引技は〝ダレ・フリカケヲバラマイタ・ノワ〟」

「すごいな、アンラッキーセブン。これなら勝てそうだ」


 僕がそう言ったとき。


 突然、〝マタハラー・ジョーシ〟がドシドシとジャンプしはじめた。地響きによろけそうになりながら、恭花と裕太と僕は、落ちてくる瓦礫から必死で頭を守る。


「あ!」


 恭花が叫ぶと同時に、アンラッキーセブンがグラッと揺れた。片脚で毒を吸引し、片脚で立っていたため、バランスを崩したのだ。


 倒れないように、何とかバランスを取ろうとするアンラッキーセブン。しかし……。


「やめて!」


 恭花の叫びも虚しく、〝マタハラー・ジョーシ〟が尻尾で一撃を喰らわせる。アンラッキーセブンは、ものすごい地響きともに倒れてしまった。


 動かなくなったアンラッキーセブン。この街は、もう助からないのだろうか。


「アンラッキーセブン! 頑張れぇ!」


 恭花が叫ぶ。

 裕太が叫ぶ。

 マンションやビルの、それぞれの窓から見ていた人たちがみんな叫ぶ。

 たくさんの声が、アンラッキーセブンを励ます。


しかし、アンラッキーセブンに声は届かない。


「防犯ブザーだ!」と僕は叫んだ。


「おばちゃんって、防犯意識高いだろ! 防犯ブザーなら、届くかもしれない!」


 街中の人たちが、一斉に防犯ブザーを鳴らす。すると……。


「アンラッキーセブンが起き上がった!」


 街が歓声に包まれる。


 アンラッキーセブンは、なぜか一本の剣を腰から取り出した。


「あの剣は〝コンナ・カイシャ・ヤメテヤル〟だよ!」と、恭花が叫ぶ。


 アンラッキーセブンは〝マタハラー・ジョーシ〟に剣を突き立てた。


「奥義〝シュー・ショク・カツドー〟!!」


 大怪人〝マタハラー・ジョーシ〟は粉々に粉砕した。こうして街の平和は守られたのだった。なぜ最初から剣を出さなかったのかは不明だ。


みんなの歓声の中で、七人のおばちゃん戦士は姿を消した。


「今日は学校休みになるんじゃない?」


 そんなことを話し、僕と裕太は恭花と別れて家に戻った。


 裕太が首をかしげて言った。


「誰だったんだろうな、ダレガオバチャンジャーの正体って」


 キッチンの扉を開くと、赤いエプロン姿の母がミキサーを回していた。


「今日は学校、通常授業だって。早く支度しなさい」


 ミキサーの中には、緑色の液体が回っていた。

 

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