第32話 怒涛の二週間

「聖也!」


 そう言って駆けてきて、結構な勢いで抱きついてきた詩織さん。よろめきながらなんとか彼女の体を受け止める。


「何でお主がここ……いや、皆まで言うな。七緒じゃな? あいつめ、粋なことを」


 僕が言う前に自分で納得してしまった詩織さん。


「お主も来ているなら、何故連絡せん!」

「すみません、こっちに着いていきなり仕事で、夕飯食べてからゆっくり連絡しようかと……詩織さんがどこにおられるかも知らなかったので」

「このマンションは聖也の会社の御用達らしいぞ。七緒に言って予約してもらったのじゃ」


 そうか、本来この出張は課長が行くつもりだったと言ってたから、詩織さんの隣の部屋を予約してあったんだな。ちゃんと詩織さんに会えたこと、後で連絡しとかなきゃ。それから詩織さんと二人で近所のファミレスで夕飯を食べて、ビールやおつまみなどを買い込んで僕の部屋へ。やっぱりこうやって詩織さんと二人でいられるのは嬉しい。


「ところで、聖也はどうしてここに来ることになったのじゃ? 何も言っておらんかったではないか」

「色々あって、急遽僕が出雲支社のヘルプに入ることになったんです」

「色々とはなんじゃ?」

「……」


 言おうか言うまいか迷ったけど、黙っていても詩織さんには見透かされそうな気がしたので、正直に話す。詩織さんがいなくて寂しかったこと、それで小説もあまり書けなくなったけど仕事はなんとかこなしていたこと、それを課長に言い当てられて仕事を頑張ったご褒美でここに来ることになったこと。


「ほぅ、なんじゃ聖也。私のメッセージには『大丈夫』とか返事しておったではないか」


 ソファーで僕の隣に座って、ニヤニヤしながら僕の顔を覗き込む詩織さん。


「そうか、そうか。寂しかったのか、クックックッ」

「そ、そう言う詩織さんだって、課長には僕のことを心配するメッセージを送ってたじゃないですか!」

「なっ!? あ、あれはお主が小説と仕事の両方をちゃんとやっておるか心配して……」


 珍しく赤くなって必死に言い訳する。軽く言い合いの様になってしまったけれど、お互いの顔を見合わせると笑いがこみ上げてきた。


「アハハハ、お互いに素直じゃなかったと言うわけじゃな」

「ハハハ、そうですね……でも嬉しいです、こうやってすぐに詩織さんに会えて。出雲まで来たものの、会えなかったらどうしようとって思ってましたし」

「私も安心した。こうやってお主に会えんかったら、早めに切り上げて帰ろうと思っておったからのう」


 ぴったりくっついて僕の肩に頭を置いた詩織さん。そこまで心配してくれてたんですね、有り難うございます。これで明日からも仕事、頑張れそうです!


 それからの二週間は怒涛のように過ぎ去っていった。詩織さんに再会できてなかったらヤバかったかも……そう思えるぐらい大変で、休みも日曜日のみ。最初の一週間は神様の案内係だったけど、次の一週間は支社内での内勤。内勤と言っても直接だったり電話だったりで神様の対応をしたり、土産物を手配して発送したり……普段本社でもやっている様な仕事を三倍速ぐらいでこなした気がする。沢山の神様が出雲にやってきて、お土産の注文やら買ったもの発送やらを依頼してくるらしい。良く展示会でもらった資料などを会場から会社や自宅宛に発送するのと同じだな。


 神様に対応するのはバイトではダメ。でも僕は理由を知っているので対応可能で、ここではめちゃめちゃ重宝された。神様によっては人のいない神社におられる方々もいて、そう言う神様に荷物を送る場合は最寄りの郵便局留め。ささっとネットで検索して住所を特定し、送り状を作ったりするのはバイトの人にお願いする。


「おぉ! 遠藤くんはこの仕事向いてるね! 神だよ、神!」

「何言ってるんですか、神様は皆さんですよ」


 そんな冗談を言い合えるぐらいには、支社の皆さん(神様)と仲良くなれた。あと、詩織さんは基本的に僕の部屋で寝起きしていたので、やっぱり『祟られている』と言われた。最近、詩織さんも気にしなくなってきたからなあ……自分は特異体質なので、何の問題もないと言う事にしておく。


 時々支社に顔を出してくれた社長や部長は、十月二十七日に本社へ戻られた。僕も一緒に戻る予定だったけど、『頼むから最後までいてくれ』と言われたので十月三十一日まで延長し、詩織さんも付き合ってくれる。月末に向けて神様方は少なくなるかと思いきや結局最終日まで同じペースで、僕が最後の電話取次ぎを終えたのは二十一時を回った頃。程なく同じフロアの皆さんも仕事を終え、担当の部長さんから挨拶が。


「本年も目の回る忙しさでしたが、皆さんのお陰で無事業務を完了できました。お疲れ様でした!」


 途端にフロア中から拍手が起こり、皆口々に『お疲れ!』と互いを労っていた。


「ふぅ……」

「遠藤くん、お疲れ様。済まないねえ、最後まで残ってもらって」

「星野さんもお疲れ様でした! こんなに大変なんですね。話だけは聞いてましたがここまでとは思ってませんでした」

「ハハハ、今年は特に忙しかったよ。なんでもかなり大物の神が来ていたらしくてね。そういう年は各地から集まる神々も多いのさ」


 大物……ある人の顔が浮かぶ。ま、まさかね。大体詩織さん、夜はジャージ姿で普通にウロウロしていたし。


 課長に全ての業務を終えたことを報告すると、ウィークリーマンションだから週末までゆっくりしてから帰ってこいと言ってくれた。支社の皆さんは今夜は退社して明日の定時後から打ち上げがあるそうなので、それに参加させてもらうことにする。残りの二日は詩織さんと観光しようかな?

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