第31話 猫の手も借りたい

 久々の長期出張。今までの最長は三ヶ月で、地方支社の立ち上げのお手伝い。あの時は先輩と一緒だったから、一人での長期出張は初めてだ。行き先は島根! 出雲支社の神在月は超絶忙しいと言うことは昔から知っていた。毎年誰かがヘルプに行っているらしく、今年は前半が別部署の先輩、後半はウチの課に話がきているらしい。


「私でもいいかと思ってたんだけど、遠藤くんに行ってもらうことにするわ」

「はい! でも、人間の僕でいいんですか? この時期に忙しいと言うことは神様関係の仕事ですよね、きっと」

「やることは沢山あるのよ。本当に猫の手も借りたいぐらいで、遠藤くんが人のできることをやればその分他の神々ができる作業が増えるでしょう? 言っておきますけど、マジで忙しいんだからね。行ってから後悔しても知らないわよ」

「頑張ります!」


 テンションが上ってちょっと大きめの声で返事すると、課長は面白そうに微笑んでいた。さっきまで疲れていた僕が急に元気になったので、『現金なやつ』と思われてるのかも。それでも嬉しいからしょうがないじゃないですか! 仕事が忙しいなら詩織さんに会えるかどうかも分からないけど、今はとにかく近くに行ければそれでいいんです!


 翌日の年休を活用して出張準備を済まし、次の日は飛行機で島根へ。出雲縁結び空港から出雲大社までは車で半時間ほどで、そこから市街地に少し行った所に支社の建物がある。そこは先日行った隣県の支社よりも立派なビルだった。外から見ただけで、建物内の慌ただしさが伝わってくる気がする。


 受付の女性に伝えると、しばらくして男性が出てきて会議室に通される。


「君が遠藤くんだね、浜田課長から聞いているよ。俺は星野だ。よろしく」

「宜しくお願いします」


 星野部長も当然神様。でもこの支社は半分ぐらいがパートやアルバイトの人間らしく、そうでもしないと仕事が回らないそうだ。僕には誰が神様で、誰が人間なのか区別は付かないんだけど。詩織さんがいれば一発で分かるんだけどな……彼女を見て驚く人が神様だ。


「予め送っておいた資料は読んでくれたかな?」

「はい。浜田課長から頂いたのである程度読んではきましたが……あの、僕は人間ですのでお手伝いできる仕事は限られると思いますが」

「いやもうこの際、神でも人でもどちらでも構わないさ。聞いてるよ、遠藤くんは人間だけど、神様と接触しても大丈夫なんだって? まあ本社で普通に仕事している時点で素質はあるんだろうけどな。とにかく、君には我々の手伝いを頼むよ」


 神在月の間、出雲には神様が溢れているらしい。昔、昔は交通期間も発達してなかったから神様の移動が問題になることはなかったけど、飛行機やら電車やら車やらが発達した現代は神様も人と同様に移動してくるので、市街地から出雲大社にかけて『裏道』を通ることが慣習となっているそうだ。要所要所に案内処が配置されているので、そこを尋ねてきた神様を『裏道』の入り口まで案内するのが主な仕事。後は宿泊可能な場所とか、こちら側の店舗に行きたい場合はどの入口を使えばいいかとか……要は観光案内ね。


 『裏道』とはつまり会社で花見をしていた場所の様に『人は入れない場所』なんだけど、僕はなぜか入れてしまう体質らしいので問題ないとのこと。出雲の市街地に網の目の様に道が配置されていて効率よく移動できる様になっていて、所々に神様方専用の宿泊施設や土産物店などもある。昨日地図は貰っていたので、道の形状や建物の配置を頭に叩き込んできたんだ。


 僕が配置されたのは出雲大社の最寄り駅。そこにはホームを出てすぐの所に案内処の建物があり、そこからも『裏道』に通じている。慣れた神様はちょっと案内するだけで勝手に目的地に向かってくれるんだけど意外と『初めて』と言う神様も多く、そう言う方には丁寧に説明したり、近くなら付いていって案内したり。案内処には常に数名の担当者が詰めていたけど、ひっきりなしにやってくる神様たちの案内で休むのもままならない様な状態だった。なるほど、マジで猫の手も借りたいぐらい忙しいし、あちこちの支社や本社にヘルプ要請があるわけだ。


 慣れない仕事で疲れたけれど、色々な神様とお話しできたので楽しい時間でもあった。デスクワークと違ってやりきった清々しさもある。これならなんとか二週間は頑張れそうかな? 初日の仕事を終えて支社に戻り、預けていた荷物を受取る。泊まる所は支社近くのウィークリーマンションで僕の住んでるアパートと似たような感じだなあ、と思いつつ三階の部屋へ。着替えもせずにベッドに倒れ込み、しばしの休息だ。その内課長への報告を思い出して、アプリで簡単なメッセージを送るとすぐに『お疲れ様。今夜はゆっくり休みなさい』と返ってきた。


 このままだと寝てしまいそうなので、ノロノロと起き上がって着替え。グゥーっと豪快にお腹が鳴ったので何か食べに行くことに。ボディバッグに財布などを詰め込んで準備し、部屋を出る……と、ちょうどお隣さんも扉を開けて出てきたところだった。お隣さんジャージなんだ、と思いつつ視線を上げていくと相手と目があって……


「聖也か!?」

「詩織さん!?」

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