第30話 寂しい部屋

 詩織さんが部屋に現れるまではずっと一人で過ごしてきたはずなのに、今は部屋の静寂が痛いぐらいで妙に部屋が広く感じられる。詩織さんは部屋にいてもタブレットで何か読んでいることが多いから、会話しない時間も多かったけど……彼女がいない空間がここまで物足りないとは。僕の中で、詩織さんがそれほど重要な存在になっているってことかな? そう言えば実家からここに越してきた頃は、似たような孤独を味わっていたっけ。でもあの頃は新しい生活に対する不安や期待が入り混じっていて、そこまで『辛い』とは感じなかった気はする。


 『私がいなくてもちゃんと小説を書くのじゃぞ』


と、出かける前の詩織さんにも言われたし、寂しいからと言って小説を書く手を止めるわけにもいかずノートパソコンに向かうが、なかなか字数が増えていかない。日を重ねれば寂しさは薄らぐかと思ったけれど、なかなかそうはならず……詩織さんからは毎晩メッセージが来ていて、


『私がいなくて寂しいじゃろうが、仕事も小説も頑張るのじゃぞ』


などと多分冗談半分に書かれていたので、


『全然大丈夫ですよ!』


強がって返信はしてみたものの……実際は寂しいし、恋しくてたまらなかった。部屋の中が妙に寒いのは、十月になって夜の気温が下がってきたからかな?


 イマイチ調子が出ないまま日々は過ぎていき、少しだけ慣れたと感じられたのは二週間ほど経ってから。小説は予定してた半分も書けていなかったけど、公私混同はいけないと思い仕事だけはなんとかこなしている感じ。でも、こう言う時に限って仕事って忙しいんだよね。


「はぁ……」


 知らず知らずため息が増えていた様で、課長に注意されてしまう。


「こらこら、ため息ばっかりついていると幸せが逃げるのよ」

「えっ!? あ、すみません」

「遠藤くん、最近ちょっと疲れてるんじゃないの?」

「そうですか? そんなつもりはないんですが……」

「期初で仕事も忙しかったから仕方ないけどもうだいぶ落ち着いたし、たまには年休でも取りなさいよ」

「はい」


 年休か……今休んでも、あの寂しい部屋で独りでじっとしていられる自信がない。そうでなくても土日は特に用事もないのに街へでかけてウロウロしている様な状態なのに。こういう感情は神様たちに説明しても理解されないんだろうなあ。


「……」


 考えていると、バシッと課長に背中を叩かれた。


「あイテッ!」

「ほら、ボヤッとしない! 明日は年休! 今夜は定時後に飲みに行くいから付き合いなさい!」

「は、はい!」


 半ば強引に年休と飲みのお供を決められてしまった。でも、喝をいれられたせいか少し気持ちが引き締まったかな。定時まではやる気が持続して普通に仕事をこなすことができた。


 定時後に課長と一緒に会社を出て、近くの居酒屋へ。少し時間が早いからか、まだそんなに混んでない。この居酒屋は個室があるんだけど、課長が予め予約しておいてくれたらしい。


「今日はおごってあげるから、なんでも好きなもの頼みなさい」

「はい!」


 メニューを見ながら取り敢えず二人分のビールと、自分の食べたいもの、課長が好きそうなものを頼む。最近良く詩織さんとウチで宴会してますからね。課長の好きそうなものは大体分かってますよ! まずはビールと突き出しが運ばれてきて、取り敢えずは乾杯だ。


「じゃあ、乾杯! お疲れ様」

「お疲れ様です」


 一気にジョッキを飲み干した課長。やっぱり酒豪だなあ。ジョッキを置くと、話題は小説に。


「それで? 小説は進んでるの?」

「あ、いや……まあ、書いてはいるんですが、思ったように書けてなくて……」

「十万字は結構大変だからなあ。ストーリーの設定があっても色々書き足しちゃうし、それでもまだ足りない様な気になるわよね」

「課長はカクヨムコン9向けにもう書いてるんですか?」

「書いてるわよ。もう十月だし、今月中には書き終える予定よ。今、七万字ぐらいかしら」


 す、すごい。きっちり書いてるんだなあ。流石カクヨムコン8の一次審査を通過したことだけのことはある。会社では全然普段通りだし、何か小説のことで悩んでる風でもない。これが人と神様の違い!? まあ、僕も小説のことでそこまで悩んでるわけではな無くて、原因はもっと心理的なことであるのは自覚してるんだけど……そう考えているのが顔に出ていたのか、対面に座っていた課長は肘を付いてニヤッとしながら僕の顔を覗き込む。


「元気がないのは詩織がいないからじゃないの?」

「!!」

「図星みたいね。そういうことは、もうちょっと私たちに話してくれてもいいのに」

「いや、社会人ですし、会社でプライベートなことの弱音吐くのも違うかな、と思いまして」

「まったく、遠藤くんといい詩織といい、素直じゃないわねえ」


 そう言いながら課長は自分のスマホを取り出して、僕に画面を見せた。それは課長と詩織さんのメッセージのやり取りで、毎日の様に詩織さんからメッセージが来ている様子。その内容は、


『聖也はちゃんと仕事をしておるか?』

『聖也は何も言ってないか?』

『聖也は小説を書いておるだろうか?』

『私がいなくても、聖也の部屋に行っても良いのだぞ』


など、僕のことばっかりだった。詩織さん……!


「僕には他の神様と一緒に撮った写真とか、風景の写真とかばっかりだったのになあ」

「遠藤くんが『大丈夫』とか平気そうなメッセージばかりおくるから、私の所に確認がくるのよ! 寂しいなら寂しいって詩織に言えばいいでしょう?」

「そうなんですが、詩織さんは神在月の旅行を楽しみにしてましたし、変なこと言って心配させちゃダメかと思いまして……」

「まあそれでもきっちり仕事はしてくれてるから、会社としては助かってるんだけどね。よし、じゃあ仕事を頑張ったご褒美を上げましょうか!」

「ご褒美?」


 課長はそう言いながらスマホでなにやら文章を打ち込んでいる。程なく僕のスマホの着信音がなり、慌てて取り出して確認してみるとそれは課長からで、


『明後日からしばらく、出雲支社への出張を命ずる』


と、書いてあった……出雲支社!?

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