第17話 夜桜と宴会と

 会社のお花見は、休日だけど夕方から開催される。夜桜の方が風流だから……それだけの理由だと聞いていたけど、詩織さん曰く『夜のほうが神々にとって心地よい』らしい。気が満ちるとかどうとか言われたけれど、人間の僕にはさっぱりだ。それも含めて『風流』と言うことにしておこう。


 宴会場所は僕の家と会社のちょうど中間ぐらいの駅にあって、都会には珍しく木々が多い公園。大きな池もあって、その周りに桜の木が植わっている。そこに隣接する神社があって、そこも桜の名所として有名なところ。当然境内で宴会はできないんだけど、夜桜を見にくる人も多いのでこの時季は出店が立ち並ぶ。僕たちはそのすぐ横の細い道を通って『穴場』に入っていく。この間まで、本当に穴場なんだろうと思っていたけど、きっとこの小道は神様じゃないと通れない道なんだろうな。


 いつもは駅で会社の人と待ち合わせて一緒に行っていたけど、今日は詩織さんと一緒。課長に『サプライズゲストだから、少し遅めに来い』と言われていたので、駅から歩いている間は会社の人には会わなかった。皆、毎年結構早めに集合してるもんなあ。


「おお、こんな場所があるとはな。なるほど、ここはなかなかいい場所じゃ」

「そうなんですか? 神社も近いから?」

「まあ、それもあるがな。気が澄んでおるし、ここなら皆で騒いでも見つからんじゃろう」


 そんなものですか。喋りながら神社横の小道を抜けて開けた場所へ。そこは桜が満開で、確かにちょっと神々しい場所ではある。そんな中、少し離れた場所から、がやがやと喋り声が聞こえてきていた。


「遅いぞ、遠藤! もう宴会は始まってるぜ!」


 同じ課の先輩が僕の姿を見つけて話しかけてくれる。もう既にお酒も入ってテンション高めな先輩だったけど、僕に続いて木陰から姿を見せた詩織さんを見つけて一瞬固まっていた。


「おお! お主もこの会社のメンバーか? 久しいのう」

「し、詩織様!」


 詩織『様』!? 先輩は一気に酔いが覚めた様子で声を上げ、そして正座。その声を聞いて騒がしかった会場が一瞬で静まり返り、全員の視線が僕たち……いや、詩織さんに集まった。


「詩織様よ!」

「キャーッ! な、なんで!? なんで詩織様がここに!?」


 女性陣から歓声が上がっている。皆『詩織様』呼びなんだ。え? なになに? 詩織さんて天界のアイドルか何かなの!?


「遠藤くん! こっちこっち!」

「あ、はい」


 課長が立ち上がって手招きしてくれたので、詩織さんと二人でそちらへ。詩織さんは時々周りの人……じゃなかった神様たちに手を振りながら移動していた。課長がいた場所は一番大きな桜の木の下で、数名の部長さんと社長もいる! ちょ、ちょっと緊張するなあ。


「なんじゃ、お主らも一緒か。七緒から何も聞いてなかったぞ」

「フフフ、あんたを驚かせうようと思って黙っていたのよ」

「久しいね、詩織くん。君がこちらに来ているとは驚いたよ」


 と、社長。社長も含めて部長さんたちは年配のおじさんなんだけど、詩織さんはタメ口。どちらかと言うと社長たちの方が詩織さん気を使ってる感じだなあ。


「遠藤くん、浜田課長から話は聞いているかね?」

「は、はい! 皆様神様だと……」

「ははは、そう固くならなくてもいいよ。我々は数多いる神々の一柱に過ぎぬからな」

「私もそうじゃぞ」

「あんたは違うでしょう。本来気まぐれでこっちにきていい神でもないんだからね!」


 神様に位とか上下関係とかはないと詩織さんに聞いた気がするけど、それでも力の有る無しで『格』があるそう。なんか難しい話をされた気がするけど良く分からず……とにかく詩織さんがここにいる皆さんからしても別格であることは分かった。


「課長は以前から詩織さんと知り合いなんですよね? じゃあ課長も?」

「まあ詩織ほどではないけどね」

「格で言えば私たちよりも高いのだよ、詩織くんは。君もとんでもない神に気に入られてしまったものだね」

「ほんとに」

「こらこら、人を疫病神の様に言うでないわ。お主らはこやつを『普通の社員』として選んだと言っておったが、聖也もある意味特別じゃからな。普通の人間は神々の会社にここまで馴染まんぞ、きっと」


 やっぱりじいちゃんが神主だから? 何が特別なのか自分では良く分からないけど、普通の人間では詩織さんほど格のある神様と同居などあり得ないそうだ。社長が言うと説得力がある! その後、詩織さんはその場で昔話などで盛り上がり始めて、僕は空気の様な存在に。と、後ろから僕をコソコソ呼ぶ声が。


「おい、遠藤! 遠藤!」


 一番最初に声を掛けてくれた先輩と、他数名の先輩方。社長たちに軽く会釈をして、先輩たちの所へ。


「お前! なんで詩織様なんて連れてきたんだ!?」

「ああ、えーっと、課長が詩織さんも一緒にと……」

「詩織『さん』だと!? お前、あの方が誰だか分かって言ってるのか!?」


 詩織さんが神様で、会社の方々が全員神様であることは課長から聞いていると説明すると、そこにいた男性の神様も女性の神様もみんな微妙な顔に。


「遠藤くん、その事実を知って何とも思わなかったの?」

「うーん、驚きましはしましたけど、今更自分以外が神様と言われても……パッと見、皆さん人間と変わりないですし」


 そう言うと皆で顔を見合わせて、全員が笑い出した。何かおかしなことを言いましたか!?


「アハハハハ、知ってたけどお前、面白いヤツだな! 普通は神様相手だともっとこう神妙になるだろうが!」

「いや、変な話、皆さんすごく人間っぽいじゃないですか。言われなければ分からないし、それに僕が一番下っ端なのって変わりないじゃないでしょう?」

「フフフ、それもそうね。変に敬われたら私たちもやりにくいし」

「まあ、これからもよろしく頼むわ! それでお前、なんで詩織様と一緒にきた?」

「同居してますので」

「はぁ!?」


 先輩方全員の動きが止まり、次の瞬間一斉に詰め寄られた。


「同居ってなんだ!? 同居って!」

「遠藤くんが詩織様をナンパしたの!? なんて恐れ多い!」

「お前、怖いもの知らずにも程があるだろう!」

「ちょ、ちょっと待ってください! ナ、ナンパなんてしてませんから!」


 詩織さんが部屋に現れた経緯を話す。そして自分の祖父が神主で、それで選ばれたらしいことも。先輩方の話によると詩織さんはその格と美貌から天界でも有名で、神様の間でもファンが多いらしい。やっぱりアイドルだな、うん。

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