Episode 3 共愛

カトラリーを綺麗に並べ、ナフキンを膝に広げる。


長テーブルには、高価で重厚感のある赤いクロスを。

最高の料理には、縁に細工を施した銀の皿を。


クロスと同色のスープに匙を沈める。

骨つき肉をナイフで削いで口へと運ぶ。

グラスを傾げ、中身を空にしても注ぐ者はいない。

自らの手でボトルを傾け、またグラスを満たす。

ふと、前に座る彼に目を向けた。

頬杖をついた格好でいる、私の夫に。


『美味しいかい』


皿に落としていた視線を、もう一度上げた。

そう聞かれた気が、したけれど。

多分気のせいだ。彼は今、口を開かなかったと思うし。

「美味しいわ。」

だが、聞かれていなかろうと言っておく。彼の料理は美味しい。

ローストを一口大に切って、フォークを深く突き立てる。

彼は頷いた、とおもう。

「あなたの料理、とっても美味しい。」

肉を上下の歯で挟み、ゆっくりとフォークを抜く。

咀嚼し、グラスを傾ける。

胃にゆったりと収まっていく感覚に、すっと目を閉じて息を吐いた。


夫との出会いは小学の頃だった。

中学まで一緒で、高校は別れて、大学でまた会った。同じ場所に勤めた。

友達、幼馴染、同僚、恋人、夫婦。

それを指し示す名前が変わっても、二人の関係は変わっていなかった。と思う。

恋愛感情が無かった訳でも、愛が無かった訳でも無い。

なんというか。お互いがお互いで無くてはならないと、そう心の底から思い合っていた、というか。

『相手を必要としていた』

「そうね。少なくとも私は、あなたがいないなんて耐えられないもの」

カトラリーを動かす。グラスを傾ける。

料理が胃に落ちていく。私を構成する何かになっていく。

『僕も君を必要としていたさ。』

「それなら良いんだけど」

『本当さ』

夫が笑った気がした。

笑う訳が無いのに。

「あなたは、私と一緒に、生きるのよ。」

噛み締めるように一言一言区切り、言ってやった。

ボトルを最後の一滴まで注ぎ切り、最後の一杯を飲み干す。

数ある料理の最後の一皿、最後の一欠片を口に入れ。


喉を動かした。


『喜んで』

目の前が霞んだ。

やっぱり、声が聴こえる気がする。

夫は喋らない。いや、というのに。

私の前には組み立てた夫の上半身。正確にいうなら、その骨が座っていた。

肉は無い、皮も無い。血も流れていない。

「死んだくらいで、私から逃げられると思わないで。」


私が朽ちるその時まで、一緒に生きてもらうわ。

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