第47話 桜木家

「なぁ頼むよ」

「えぇ〜」


 今年、高校に入学したばかりの息子、桜木奏多さくらぎ かなたは心底嫌そうな声を出す。

 むぅ……まさかここまで嫌がるとは思わなかったな。


「そんなに嫌なの?」

「嫌だよ。てか、それ以前に何でお見合いなんてしなくちゃいけないのさ。まずは、その理由を聞かせてよ」

「まぁ話せば長くなるんだけどな」


 音葉おとはと夫婦契約を結んでから、早いもので18年の時が経った。

 大学を卒業したその日に音葉と結婚して、その年に第1子である奏多が産まれた。

 早くね? って思うかもしれんが、仕方がなかったことなんだ。ちょいとテンションが上がって、音葉とフィーバーし過ぎちまった結果だ。

 まぁ色々大変ではあったが、全く後悔はないから良しとしよう。

 そして何と驚いたことに、小鞠さんがいつの間にか結婚していて、おまけに奏多と同い年の娘を出産したらしい。めでたいことだ。

 で、だ。俺は完全に忘れてたんだが、昔小鞠さんとした約束の話が持ち上がってきた。

 そう、お互いの子供を結構させようっていうあれだ。あの時は、冗談だと思って適当に流していたが、どうやら小鞠さんは本気だったようで、つい先日、お見合いをやろうという連絡がきたのだ。

 んで、慌てて奏多にお願いをしているってわけだ。


「まぁそういうことだ。頼むぞ、我が息子よ」

「いや、頼むぞじゃねぇよ。クソ親父」

「こらこら奏多君。お口が悪いですよ。そんなんじゃいい大人になれませんよ」

「うっぜぇ……」


 ち、本当に口が悪いなこのガキ。いったい誰に似たんだか。


「はぁ……分かったよ。とりあえず、出るだけ出てあげるよ」

「お? いいのか?」

「相手は雪城さんの娘さんなんだよね? 父さんと母さんの立場もあるからねぇ」


 おぉ……流石俺の息子だ。その辺、言わなくてもちゃんと分かっていらっしゃる。

 今の小鞠さんは、音葉が所属している事務所の社長さんだ。俺も個人的に小鞠さんには、そこそこお世話になってる。だから、断るのは少々都合が悪いんだよな。

 まぁ断ったからって、あの人が何かしてくるとは全く思わないけど、それでもまぁ色々あるもんなんだよ。


「ただし、条件が3つある」

「ほう。言ってみろ」

「まず1つ目、お見合いはする。ただ、その後のことは保証しない」

「あぁ、その辺は奏多の好きにしていい」


 そのまま、お付き合いして結婚してもいいし、合わなくてこれっきりでも全然構わない。流石にそこまで強要するわけにはいかないからな。


「2つ目、俺欲しいものがいくつかあるんだよねぇ」

「分かった。今回の報酬として買ってやるよ」

「いひひっ、やったぜ!」


 まぁこの辺は想定内だ。多少へそくりを使うことになっちまうけどな……。


「3つ目、父さんの秘蔵コレクションから、好きな物5本頂く」

「な、なん……だと……」


 こ、こいつ……なぜ、俺の秘蔵コレクションのことを知っている。あれは音葉にも秘密にしているはずなのに。


「ちなみに隠し場所も知ってるから、はぐらかそうとしても無駄だよ」

「お前……どこで秘蔵コレクションの存在を知った?」

「ドラおじから聞いた」

「あ、あの野郎……」


 くそっ! 龍の仕業かよ!

 昔、獅雄れおさんにもらった物を音葉達に焼かれて以来、2人でこつこつと集め直したエロコレクションだ。今度は絶対にバレないように2人だけの秘密だって約束したのに、あの野郎裏切ったな。


「もし、断ったら母さんにチクるよ」

「分かった! それはやめろ!」

「いひひっ、交渉成立だね」


 くそが……父親を脅すとか、なんて恐ろしいガキに育ちやがったんだ。


「一応聞いとくが、どんな物をご所望だ?」

「フレッシュメロンちゃんシリーズは確実に押さえときたいね」

「ほほう。いい趣味してるな」


 フレッシュメロンちゃんとは、最近デビューした新人だ。フレッシュマンゴーちゃん再来と言われる超期待のAV女優だ。


「後は触手系は1本欲しいところだね」

「お前もそれ系好きなのかよ。龍の影響受け過ぎじゃね?」

「いやいや、触手系最高だぜ。ドラおじはいい趣味してるよ。流石俺の師匠!」


 あんにゃろ……人の息子に何教えてやがるんだよ。


「まぁいい。とりあえず、母さんにバレないように、お宝ちゃんの受け渡し夜な」

「分かってるよ」


 やれやれ……とんだ出費になっちまったけど、奏多がお見合いを受けてくれてよかったぜ。


「あ、そうだ」

「ん? どした?」

「あのさ、もう1個お願いしていい?」

「何だよ?」

「友達がさ、父さんのファンなんだよ。だからサイン本書いてやってくれない?」

「あぁ全然いいぞ。あ、でも秘密にするように言っとけよ」

「分かってるよ。あ、今度アニメになるやつね」

「はいよー」


 念願のラノベ作家としてデビューした俺は、4作品目にして、ようやくアニメ化に漕ぎ着けることが出来た。本当に嬉しい限りだ。

 胡桃くるみちゃんを加えた新生AGEは、メジャーデビューをしてからはものすごい快進撃で、あっという間に超人気バンドになった。


「まぁとりあえず、お見合いは来週だから頼むぞ」

「ん、了解」

「何? おにぃ結婚するの?」

「今起きたのか? 詩音しおん

「まぁね。おはよぉ〜」


 まだ眠たそうに目を擦りながら入って来たのは、俺の可愛い可愛い娘の詩音ちゃんだ。


「詩音ちゃん。もう中2なんだから、Tシャツ1枚でうろつくのはやめなさい」

「えぇ……いいじゃん家の中なんだから。それにパパも嬉しいでしょ?」

「詩音ちゃんはパパのこと、何だと思ってるのかな?」

「ん〜、詩音のお財布。だからね、パパ。詩音お小遣い欲しいなぁ」

「仕方ないなぁ。1万円だけだぞ」

「おい、クソ親父。いくらなんでも詩音に甘過ぎだぞ」


 うるさい黙れ。

 マイエンジェル詩音が、お小遣い欲しいって言ってるんだ。あげなかったら、バチが当たるだろ。


「あー眠い……。おにぃ、エナドリ持ってる?」

「冷蔵庫に入ってたはずだぞ。てか、お前また夜遅くまでゲームしてたのか?」

「うん。風実歌ふみかおばさんが出てる新作やってた」


 風実歌やつ……また俺のマイエンジェルにエロゲ渡しやがったな。詩音ちゃんは、汚れなく育って欲しいから、やめろって言ってるのに。今度会ったら説教してやる。


「んで? どうだったんだ?」

「いやぁ、流石、今をときめくエロゲ声優の風実歌叔母さんだねぇ。今回もいい声で鳴いてたよ」

「ほほう。それ、俺にも貸してくれ」

「いいよ〜」

「なぁ、兄妹間でエロゲの貸し借りはやめな? 性癖バレるぞ」


 それと詩音ちゃん。自分の叔母さんのこと、いい声で鳴くとか言うのはやめなさい。


「んで? おにぃ結婚するの?」

「違うよ。ただお見合いするだけだ」

「へぇ〜、誰と?」

「雪城さんのところ娘さんだって」

「おにぃ良かったじゃん。めっちゃ美人だよ」

「は? なにお前知ってんの?」

「うん。友達〜」


 パパ初耳だなぁ。

 いつの間に繋がってたのかな?

 お願いだから、パパの知らないところで彼氏とか作らないでね。パパどうにかなっちゃいそうだから。


「ちなみに詩音ちゃん。小鞠さんの娘さんとは、どういう友達なの?」

「エロゲ友達だよ」


 同類かよ……。てか、小鞠さん。お宅の娘さん未成年なのにエロゲやってますよ。ちゃんと教育して下さいね。うちの娘に悪影響ですから。


「おにぃ、仲良くなれるんじゃない?」

「会うのが楽しみになってきたな。名前なんて言うの? あと写真とかあったら見たい」


 おい、バカ息子。エロゲーマーって知った瞬間に急に乗り気になるんじゃねぇよ。


「名前は純恋すみれさん。写真はねぇ」

「ワオ、めっちゃ美人」

「こりゃ完全に小鞠さん似だな」

「どうよ? おにぃ」

「やる気出てきたわ」


 まぁ確かに、こんな美人さんとお見合い出来るってなったら、男ならやる気出るわな。

 とりあえず、理由はどうであれ、奏多がお見合いに前向きになってくれて良かったぜ。嫌々でやられるのは、相手側にも失礼だしな。


「そういや、母さんはどこ行ったの?」

「この時間なら、ママは2世と散歩に行ってるんじゃない?」

「あーいつもの日課ね」

「そうそう。それそれ」


 ホームズ2世。うちの飼い猫でホームズの子供だ。

 残念なことに、ホームズは3年前に亡くなっちまったんだよな。流石にあの時は泣いたな。ずっと可愛がっていたし。

 ちなみに2世は、音葉にすっげぇ懐いている。1世の時とは大違いだな。


「たっだいま〜」

「お? 噂をすれば帰ってきたな」

「みんな揃ってるんだね」

「まぁな」

「あ、そうだ。アラタ君、奏多君にお見合いの話してくれた?」

「あぁ。受けてくれるってよ」

「そかそか。奏多君、頑張ってね」

「任せてよ。母さん」


 こいつ……最初はめっちゃ嫌そうにしてたのに、お見合い相手が美人って分かった瞬間にこれだもんな。ほんとに調子のいいやつだ。


「そういえばさ、ママって今日ライブじゃなかった?」

「うん。そうだよ」

「時間大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫。まだ全然余裕だから」


 音葉達AGEは月に1回、古巣のアークエンジェルでライブをしている。音葉曰く、AGEを育ててくれたアークエンジェルに恩返しとのことらしい。それと初心忘るべからずだそうだ。

 しかも、チケット代は無料。全額AGE持ちでやってる。

 こういうところが、人気バンドである秘訣なんだろうな。


「さてと、んじゃ私はお風呂に入ってくるね。行くよ、2世」

「んにゃ〜」

「あ、詩音ちゃんは、いい加減服着なさいよ。風邪ひくよ〜」

「その時は、おにぃにうつすから大丈夫」

「いや、迷惑だからやめろよ……」

「にひひっ、頑張れお兄ちゃん」


 だそうだ。

 頑張れよ、お兄ちゃん。


「って、あれ? ねぇパパ。ママのスマホ鳴ってない?」

「ん? 本当だな」


 んーっと、胡桃ちゃんから電話だな。急ぎかもしれないし、代わりに出ておくか。


「もしもし」

『ちょっと音葉! あんたどこにいんのよ!』


 うわっ、何かめっちゃ怒ってんじゃん。

 こりゃ音葉のやつ、また何かやらかしたな。


「待て待て、俺だ。アラタだ」

『アラタ君?』

「そ、アラタ。んで? どうしたの?」

『どうしたもこうしたもないよ! あと1時間でライブ始まるんだって!』

「え? さっき音葉は、全然余裕って言ってたぞ」

『それは全然余裕じゃないの間違いだから。てか、音葉は何してるの?』

「ちょうど風呂に入りに行ったぞ」

『あーもう!』


 うん。うちの音葉がまじでごめんね。


『とにかく、アラタ君は音葉を出来るだけ早く連れて来て。栞菜と璃亜りあと私で何とか時間稼いでおくから』

「分かった。すぐに連れて行くよ」

『お願いね。それじゃ』

「えっと、ママ呼んでくる?」

「超特急で頼む」

「ん。了解」

「悪いんだけど、奏多は音葉母さんの楽器用意しててくれないか? 俺は車を出してくるから」

「分かったよ」

「頼んだ」


 ったく、やれやれ……本当にこういうところは、変わんないなぁ。まぁ音葉らしいっちゃらしいけど。

 でもまぁ、やっぱり音葉といると退屈しなくて楽しいよ。

 それに今は、可愛い息子と娘もいるしな。

 楽しさ倍増で幸せいっぱいってやつだ。

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俺とバンド女子のダメ人間契約 宮坂大和 @miyasakayamato

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