第46話 新しい契約

「おーい。アラタ君ー!」

「なんでいるんだよ……」


 おっかしいなぁ。俺、今日帰るとは音葉に言ってなかったはずなんだけどなぁ。

 てか、もう夜中なんだから、そんな大きな声出さないでもらえないですかね?


「お帰り」

「ただいま。んで? 何でいるの?」

「言い方悪い。何? 私が迎えに来るのは嫌なの?」

「まさか。嫌じゃないよ。ただ、何で俺が今日この時間に帰ってくるか、分かったのかなって思ってな」

風実歌ふみかちゃんから教えてもらったんだよ」

「なるほどな」


 だから時間とか聞いてきたのか。納得納得。


「音葉は飯食ったのか?」

「うん。オムライス食べたよ」

「ほう。栞菜かんなちゃんに作ってもらったの?」

「にひひっ。って思うじゃないですかぁ? でもね、私が作ったんだよねぇ」

「音葉。嘘つきは泥棒の始まりだぞ」

「全く信じてくれないねぇ!?」


 当たり前だ。

 卵すらまともに割れないやつが、オムライスを作った? そんなの信じろって言う方が無理だろ。


胡桃くるみに教えてもらったんだよ」

「胡桃ちゃんに?」

「うん。メイド喫茶特製のね」

「ほほう。まさに直伝ってやつだな」

「うん。これがめっちゃ美味いんだなぁ」

「え? てかガチで作れるようになったの?」

「ガチだよ。胡桃のやつに超スパルタで叩き込まれたんだよねぇ」


 胡桃ちゃんのスパルタか。

 めっちゃ厳しいってことだけは想像出来るわ。


「今度作ってあげようか?」

「お手並み拝見だな」

「にひひっ! 刮目していいよ」

「楽しみにしてる」


 しかし、音葉と胡桃ちゃんがねぇ。

 喧嘩ばかりしてるけど、やっぱ何だかんだで仲良いんだよな。


「そうだ。ありがとね、アラタ君」

「うん? 何のこと?」

「またまた〜、惚けちゃって」

「茶化すな。何の話だよ」

「スカウトのことだよ。雪城エンターテインメントから、契約の話が来てるんだよ。メジャーデビューしないかってね」


 あぁなるほどね。その話か。

 確か、もうすでにいくつかのバンドと契約して、メジャーデビューの話が進んでいるって言ってたな。まぁ当然、音葉達AGEにもこの話が来ててもおかしくはないか。


「別に俺にお礼を言うことじゃないだろ」

「そんなことないよ。だって、アラタ君がスカウトマンの人? に私達のことを紹介したんでしょ?」

「まぁ確かにそうだけど、俺がしたのはそこまでだよ。その先は音葉達の実力があってこそだ」


 あっちもビジネスでやってることだしな。売れると思ってなかったら、契約の話なんてする訳ない。全部音葉達の実力だ。

 それに俺が何かしなくても、遅かれ早かれ音葉達は、こうなっていたはずだ。

 だって、俺が知る限り最高のバンドだからな。


「へっくちっ」

「大丈夫か?」

「うん。でも、さすがにまだ夜は寒いね」

「だな。んじゃさっさと帰ろうぜ」

「だねぇ。お風呂に入って温まりたい」

「帰ったらすぐに沸かしてやるよ」

「お願いします〜」


 ――――

 ――


「ふぃ〜、温まった温まった〜」

「分かったから、早く座れよ」

「うん。いつも通りお願いね」

「へいへい」


 これも日常になったもんだな。

 風呂上がりの音葉の髪を俺が乾かす。音葉と住み始めてから、ほぼ毎日行われている恒例行事だ。


「ねぇ、アラタ君」

「うん? どうした?」

「約束。覚えてる?」

「あぁ、もちろんだ」


 今回の件が片付いたら話をする。前に音葉とした約束だ。忘れるはずがない。


「んじゃ、私からでいいかな?」

「あぁいいぞ」

「にひひ。ありがと」

「んで? 音葉が俺に話したいことってのは?」

「うん。アラタ君さ、シロハって知ってる?」

「そりゃもちろん」


 シロハってのは、俺が書いているネット小説の読者さんだ。ずっと応援してくれている人だ。その人のおかげで、俺はラノベ作家を目指して今まで頑張ってこれた。


「あれ。私なんだよね」

「え……?」

「嘘じゃないよ。本当に私なんだ」


 音葉はそう言って、シロハのアカウントページを見せてくれた。


「まじか」

「にひひ、びっくりしたでしょ」

「あ、あぁ……」


 本当にびっくりしたよ。まさか、あのシロハさんが音葉だったなんて。こんなことがあるのかよ。


「ん? ってことはもしかして、高校の時の修学旅行で会った、あの女の子って……」

「うん。私」

「は、ははは……まじかよ……」


 こりゃ偶然にしちゃ出来過ぎだな。

 おいおいラブコメの神様よ。ちょっと仕事し過ぎじゃないですかね?

 いやまぁ、ありがたい話だけどね。感謝しますよ。


「あのね、アラタ君」

「うん?」

「私、アラタ君のことが好き」

「お、おう……」

「ちょっと〜、その反応何?」

「あ、その……ちょっと……いや、かなり驚いちまってさ……」


 だって、まさか音葉から告白されるとは考えてなかったんだもん。それにさっきのこともあるから、脳の処理が追いついてないんだって。


「にひひっ、まぁアラタ君のそんな顔が見れたから、良しとしますか。頑張って罠に嵌めたかいがあったね」

「ちょっと待って。罠って何?」

「あーこれは内緒」

「おい……」


 めっちゃ気になる。

 俺、音葉に何されたんだよ。この話聞いた後だとすげぇ怖ぇよ。


「私の話はこれでおしまい。ほらほら、次はアラタ君の番だよ」


 こいつ……無理矢理話をぶった切りやがった。意地でも話す気はないってことか。

 はぁ……まぁいいや。そのうち必ず聞き出してやる。


「あのな。俺、近いうちにラノベ作家としてデビューすることになった」

「え!? 本当に?」

「あぁ。新人賞で受賞してな」

「すごいよ! やったじゃん!」

「ありがとう。これも音葉のおかげだよ。いや、シロハさんがずっと応援してくれたおかげって言った方がいいか?」

「そういうのはいらない〜」

「はいはい。悪かったよ」


 リスみたいにぷくっと頬を膨らませる音葉。俺はその頬を押して空気を抜いてやる。


「で、だ」

「うん?」

「俺も音葉のことが好きだ」

「うん。うん?」

「聞こえなかったか? 俺も音葉のことが好きだって言ったんだ」

「あ、アバタケダブラ!」

「おい。いきなり死の呪文撃つんじゃねぇよ」


 死んじゃったらどうするつもりだ。

 あいにく俺は、まだやり残したことが沢山あるから死にたくないんだよ。


「だ、だって! アラタ君がいきなり好きだって言うから!」

「それはお互い様だろ?」

「まぁ……そうだけどさ……」

「嫌だったか?」

「ううん。嬉しい」

「なら、良かったよ」


 良かったぁ……ここで嫌とか言われたら、まじで泣き叫ぶ自信がある。何だったら、自分にアバタケダブラを使ってるね。


「それでな。1つ提案があるんだ」

「何?」

「俺と音葉が結んでいる、ダメ人間契約をさ、やめないか?」

「え?」


 俺がそう言うと、音葉は今にも泣き出しそうな顔で俺を見る。

 ちょ、それやめて。ものすんごい悪いことしたみたいになっちゃうから。


「な、何でそんなこと言うの?」

「待て待て。ちょっと落ち着け。話は最後まで聞けって」

「これ以上、もっと酷いこと言うつもりなの!?」

「ちっげぇわ! だから、ちょっと落ち着けっての!」


 本当に君は人の話を最後まで聞かないねぇ! そういうの良くないと思うよ! 今すぐ直すべき案件だと俺は思います!


「それで? 何を言うつもりなのさ」

「ったく……あのな。俺と新しい契約を結ばないか?」

「新しい契約?」

「あぁ。俺は音葉のことが好き。音葉は俺のことが好き。ならさ、恋人になる契約をしないか? ダメ人間契約ならぬ、恋人契約ってやつだ」

「……やだ」


 あ、あるれぇ?

 え? ちょい待って……俺、今振られた? まじで? 嘘だよね?

 絶対にいけると思ったのに。てか、失敗することを欠片も考えてなかったよ。

 あ、やばい……泣きそう。てか、もう死にたい。


「あれ? アラタ君どうしたの?」

「あぁ……どうやって死のうか考えてた……」

「何でよ!?」

「だって振られたんだもん! 超自信満々に恋人契約とか言って振られたんだよ! これもう死ぬしかないじゃん!」

「考えが極端だよ! 少し冷静になってよ!」

「よし、分かった。今からクールに死ぬ方法を考える」

「いや、そういう意味じゃないっての! そもそも死に方にクールもクソもないからね!?」


 うるせぇ。そんなの考えて見ないと分からないだろ。俺の想像力なめんなよ、こんちくしょう!


「そうじゃなくて! 恋人契約じゃなくて、別の契約がいいの!」

「別の契約?」

「うん。名付けて夫婦契約。つまりね? ただの契約じゃなくて、結婚を前提に私と付き合ってほしい。ダメかな?」

「何だ。そういうことかよ。そんなの俺だって、初めからそういうつもりだったよ」

「え? そうだったの?」

「そうだよ。正直、音葉以外とはありえないと思ってたからな」

「にひひっ、そっか。じゃあ私と同じだね」


 ったく……そういうことなら、早く言ってほしかったぜ。危なく本当に死んじゃうところだったぜ。


「もう……アラタ君。そういうの良くないよ」

「それは音葉も同じだろ?」

「まぁ、それもそうかもね」

「だろ?」


 あぁ……やっぱいいな。

 音葉といると、こんなバカなことでも最高に楽しい。

 やっぱり、俺には音葉が必要なんだな。


「にひひっ、それじゃ」

「あぁ」

「夫婦契約成立だね」

「だな。よろしく頼むぜ。音葉」

「うん。アラタ君」


 それにしても夫婦契約か。


「大好きだよ。アラタ君」

「あぁ、俺もだよ。音葉」


 まぁ、ダメ人間契約から始まった俺達には、ぴったりかもな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る