第37話 喫茶店での一幕

「あははっ、いやぁあはは。流石、獅雄れお君の弟だね。中々面白い友達持ってるよ」

「それ褒めてます?」

「褒めてる褒めてる」


 俺達はいい感じのお洒落な喫茶店に来ていた。そして、落ち着いた雰囲気をぶち壊すような大笑いをしている女性が1人。そう、獅雄さんの結婚相手だ。

 あの後、ヒステリックを起こして包丁を振り回しているやべぇ女を捕まえるために、いつぞやのポリスメンに追われるというハプニングがあったが、まぁ上手い具合に逃げ切り、落ち着いて話をするためにこの喫茶店に来ていた。

 んで、何があったかを説明したところ、こんな感じで大笑いされているって訳だ。


「はぁ……ったく、お前らのせいだぞ」

「いや、うん。まじごめん」


 謝るしかないとはこの事だな。


「まぁまぁ、面白かったで済んだんだしいいじゃん」

「いや、そういう問題じゃないと思いますよ?」

「こらこら、硬いこと言わないの。ほら、みんなも遠慮せずに食べな。ここはお姉さんの奢りだから」

「「「「あ、はい……」」」」


 なんというか……色んな意味ですごい人だな。


「あぁそうだ。自己紹介がまだだったね。私は吉田和奏よしだ わかな。因みに旧姓は加藤だよ。ま、気軽に和奏さんって呼んでよ」

「俺は――」

「知ってるよ。桜木アラタ君だよね? 獅雄君と龍君から聞いてるよ」

「ははは、そうっすか」


 いったいどんなことを聞いてるのやら。ちょっと心配だなぁ。余計なこと言ってないといいけど。


「んで? その手はどうしたの?」

「あー餅つきしてたら、叩かれて骨折しました」

「あははっ、なにそれ面白ろ! いいねいいね青春してるねぇ」

「ははは……どうも……」


 はたして青春と呼べるのか? いや、それよりも人の怪我で爆笑する人初めて見たわ。まぁ別にいいけどね。骨折した経緯が漫画みたいな感じだから笑い話にしてくれてもさ。


「そして、あなたが東城音葉とうじょう おとはちゃんだね。AGEのギターボーカル」

「は、はい……」

「んで、君が佐々木栞菜ささき かんなちゃん。ドラム担当でバンマス」

「は、はい。そうです」

「最後に松田璃亜まつだ りあちゃん。ベース担当。んでもって、龍君の彼女さん」

「は、はい!」

「いやはや、AGEのみんなに会えて嬉しいよ。感動感動」


 まじかこの人。俺だけじゃなくて、音葉達、AGEの面々も知ってるのか。

 これも龍が話したのかな?


「あははっ、急にびっくりしたよね。私、AGEのファンなんだよ」

「あ、そうなんですか」

「うんうん。特に『MyStory』が好きだなぁ」

「おぉ! あの曲が好きなんて、中々お目が高いですねぇ」

「うふふ。そうでしょ? 私ってこう見えて見る目がある方なんだよ。後は『サムライMusic』もいいよね。あのサビの斬斬斬ザンザンザン! ってところが最高に上がるんだよ」

「ですよねぇ。私も歌ってて最高に気持ちいいです!」


 おぉ。和奏さん結構詳しいな。


「えっと、和奏さんは音葉達のライブ結構見に行ったりしてるんですか?」

「頻繁にでは無いけど、ちょうどこの間見に行ったよ」

「にひひっ、ありがとうございます!」

「また行かせてもらうよ」

「はい。ぜひぜひ!」


 あ、そういえば……こっちも肝心なことを聞くのを忘れてたな。


「あの、話変わるんですけどいいですか?」

「うん? 何かな?」

「えっと、和奏さんはどうして龍と一緒に居たんですか? 獅雄さんと結婚してるなら、住みは地元の方ですよね?」

「あーそのことね。東京には仕事で来ているんだよ。出張ってやつだね」

「あ、なるほど。仕事ですか」

「そ、詳しくは言えないけど秘書やってたりするんだよ」


 へぇ、じゃあ和奏さんってかなり優秀な人なんだな。こりゃ獅雄さん大変だなぁ。がっつり尻に敷かれそうだ。


「んで、今日は休みなんだよね。それで買い物に龍君に付き合ってもらったってわけ」

「なるほど。ん? じゃあさっき赤ちゃん用品店に行ってたのは?」

「あぁ、実は私妊娠してるんだよ。産まれてくる我が子のために色々買っておこうと思ってね」

「え!? まじっすか!?」


 つまり、あの獅雄さんが父親になるってこと!?

 衝撃的事実! 信じられん……。


「あ、でもまだ獅雄君には内緒ね。この仕事終わったら産休もらうことになってるから、その時にサプライズで発表するつもりだからさ」

「分かりました」

「ってことは……私……妊婦さんに斬りかかろうとしたってこと……あ、あわわ……」

「あー大丈夫大丈夫。気にしないで。やばいって思ったら、自分で何とか出来たから」

「いや、でも……」

「こう見えて私ってば超強いんだよ。それに私と買い物行くことを璃亜ちゃんにちゃんと話してなかった龍君が悪い」

「え? 俺のせいなんすか?」

「そうだよ。そういうのはちゃんと話さないと。彼女さん大事にしなよ」

「確かにそうですね。えっと、ごめんね。璃亜ちゃん」

「ううん。私こそごめん」


 うんうん。仲直り出来てよかったよかった。

 まぁ、元はと言えば俺と音葉が面白半分で余計なことしたのが悪いんだけどね。


「和奏さんの出張っていつまでなんですか? よかったら、私達のライブに招待しますよ」

「お? 本当に?」

「はい。もちろんですよ」

「それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかなぁ。一応、来月末まではこっちにいるよ」

「分かりました。なら、龍君経由でチケット送りますね」

「うん。楽しみにしてるよ。ありがとね」

「はいっ! にひひ」


 音葉のやつ、完全に和奏さんに懐いたな。もし、音葉が犬だったら尻尾をブンブンと振り回しているだろうな。

 いや、音葉は犬ってより猫に近い感じだな。コンビニの裏口で丸まってて、店員さんに餌をもらって餌付けされてる。

 うん。こっちの方が想像できる。


「さてと、それじゃお姉さんはそろそろ行くね。璃亜ちゃん。悪いけど、もう少し龍君借りるね」

「あ、はい。全然大丈夫です。好きに使ってやって下さい」

「えぇ……璃亜ちゃんそれちょっと酷くね?」

「うるさいなぁ。文句言わないの」

「へいへい」


 ははは、この2人もいつも通りになったな。


「ふふふ。それじゃあね」

「はい。ご馳走様でした」

「また近いうちにね、アラタ君」

「え?」


 そう言って和奏さんは龍と一緒に店を出て行った。

 近いうちにってどういうことだ?


「ねぇアラタ君。今度、和奏さんと会う予定でもあるの?」

「いや」

「じゃあさっきの言葉はなんなんだろうね?」

「さぁ、分かんねぇ」


 まぁ考えても分かんねぇし今はいいか。多分そのうち分かるだろうしな。

 いや、知らんけどさ。


 ――――

 ――


「音葉達はこの後どうするの?」

「あーどうしよっか?」

「そうだなぁ」

「ご飯は食べちゃったし、しゃぶしゃぶは夜にする?」

「まぁそうだな」


 何となくだけど、昼にしゃぶしゃぶよりは、夜にしゃぶしゃぶの方が美味い気がする。知らんけどね。


「え? ちょっと待って。2人ともしゃぶしゃぶに行く予定だったの?」

「うん。パチンコで勝ったからね」

「何でパチンコ行ってんのよ……」

「シカロボ打ちたかったんだよね」

「あーあの新台のやつ?」

「そそ、それ。あれ? 璃亜も打ってるの?」

「打つわけないでしょ。まぁ気にはなってるけどさ」

「お? じゃあ一緒に行こうよ」


 こら、そんな風にギャンブルの道に誘うんじゃありません。


「遠慮しとく」

「なんで? 楽しいよ」

「それが怖いのよ。下手に勝って抜け出せなくなったら嫌だもん」

「考え過ぎだと思うけどなぁ。んじゃ栞菜は?」

「私も同じ理由でやらない」

「ちぇつまんないの」

「まぁやるやらないは、人の自由だ。強制するもんじゃないぞ」


 つか、下手に進めてガチハマリされて、沼にハマって破産でもされたら責任取れねぇしな。だから進めるのは、お互いのためにやめといた方がいい。


「ま、せっかくだし、2人もしゃぶしゃぶどう? 今日は俺と音葉の奢りでいいぜ」

「そうだね。2人もおいでよ」

「うーん。じゃご馳走になっちゃおうかな」

「うん。私も」


 うん。今日は賑やかな夕食になりそうだな。

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