第38話 戦いのゴングはいつも突然に
『さぁさぁ! ご主人様達! 盛り上がってるかい?』
メイド服を着た黒髪のお姉さんが、マイクを片手にご主人様達を盛り上げる。ご主人様達も歓声や雄叫びをあげて、これでもかってくらいのテンションをしている。
うん。この団結力凄まじいな。きっと金メダルも狙えるだろうよ。何の競技でって話になるけどな。
『よーし! それじゃ始めていきますよー! まずは赤コーナー! 私達のクール系メイドのクルミちゃーん!』
『L・O・V・E! ク・ル・ミ!』
『そしてそして、青コーナー! 音葉ちゃーん!』
『GO! GO! 音葉!』
「ねぇ……アラタ君……」
「どうした?
「なにこれ?」
「俺も知りたい」
「だよね……」
「うん……」
思い返してみると、ことの発端は音葉のあの発言がきっかけだったな。
――――
――
「アラタ君アラタ君!」
「おぉ……どうした?」
朝からやけにテンション高いなぁ。日曜日くらいゆっくりしたいんだけどなぁ。
とりあえず、プリ〇ュア見ていいかな? 先週いいところで終わったから続きが気になるんだよね。
「メイド喫茶に行こう!」
「これまた随分と唐突だな。急にどうしたん?」
「実は昨日見た夢にメイドさんが出てきたんだよ。これはメイド喫茶に行けっていう神からのお告げなんだよ!」
「残念ながら神は死んだ。だからお告げなんてない。忘れなさい」
ってことで、俺はプリ〇ュアを見る。今日はプリティでキュアキュアな時間を過ごすんだい。
「嫌だ嫌だ! メイド喫茶に行くのー!」
「駄々っ子か!」
「駄々っ子じゃないもん! 女の子だもん!」
「そういう意味じゃねぇよ! てか、20歳過ぎて女の子はないだろ。良く恥ずかしげもなく言えたな」
「アラタ君そういうのよくないよ! 女は何歳になっても女の子なの!」
うわぁ……うっぜぇ。
こういうこと言うやつに限って、都合のいい時は女の子じゃなくて大人の女性だとか言い出すんだよな。
「とにかく、今日はメイド喫茶に行くの! 決定!」
「はぁ……分かったよ。分かったから30分ほど静かにしててくれ」
「はーい」
ったく……まぁ、俺もメイド喫茶ってのには少し興味あったし、1回行ってみたかったことだしいいか。
――――
――
「んで、何で栞菜ちゃんも居るの?」
「音葉に誘われたんですよ。強引に……」
「あいついつの間に……」
ほんと栞菜ちゃんも大変だなぁ。
てか、栞菜ちゃんって典型的な人に振り回されるタイプの人だよな。逆に音葉は人を振り回すタイプだ。
あれ? ってことは、ある意味この2人って相性いいのかもな。
「ほらほら〜、何してるの? 2人とも早く行くよ〜」
「はいはい」
「今行くよ」
まぁそんなわけで、メイド喫茶デビューだ。初めてだから少し緊張するけど、俺達が今から入るところは有名なところだし、まぁ大丈夫だろう。
「って思ってたんだけどなぁ……」
どうやら、現実ってのはそんなに甘くはないらしい。
俺のまぁ大丈夫だろうっていう期待は、入店してものの数分で粉々に砕け散っていた。
誤解がないように言っとくけど、このメイド喫茶は何一つ悪くない。悪いのは俺らっていうか、音葉が悪い。
メイド喫茶ミラクル。これがここの店名だ。
俺達が入店すると、何人かのメイドさんが満面の笑顔で、「いらっしゃいませ。ご主人様、お嬢様」と出迎えてくれた。んで、席に案内された俺達であったが、事件はそこで起きた。
この店のシステムで、必ず席には1人のメイドさんが専属で付くのだが、その専属になったメイドさんが、なんと元AGEのメンバーである
俺は会うのは初めてだけど、何となく音葉と似た雰囲気のある人だなって思った。ついで言うと、音葉や栞菜ちゃんと比べても見劣りしないくらいの美人だ。音葉の周りって、顔面偏差値高くね? やっぱり美人だったり可愛いやつの周りには、同じくらいの見た目のやつが集まるもんなのかな?
っと、話がそれたな。
まぁあれだ。顔合わせした時は、お互いに驚いていたけど、すぐに音葉が長谷川さんをいじりだして、長谷川さんがブチ切れた。
んで現在、音葉お嬢様とメイドさんがバッチバチに言い争いをしている最中である。
「あーもう! 相変わらずムカつくわね! さっさと帰れ!」
「あれれ〜? メイドさんがそんなこと言ってもいいのかなぁ? ほらほら、お嬢様って言ってみなさいよ〜」
「こんのぉ」
「ねぇ、あれ何とかならないの?」
「アラタ君。無理なものは無理だよ」
「まぁそうね」
ぶっちゃけ、あれを止めるのは俺には無理。女同士の本気の言い争いなんて、怖くて入っていけねぇわ。下手に入っていって、飛び火したくないしな。
てかさ、お店の人そろそろ止めようよ。そんな面白がって見てないでさ。一応、お客さんと店員が喧嘩してるんだぜ?
「あっはっは! あれ、ご主人様の連れでしょ? 面白い子だね」
「笑ってていいんですか?」
「全然オッケーだよ。だってほら、他のご主人様達も楽しそうじゃん」
「まぁ確かにそうですけど……」
まるでスポーツ観戦でもしてるくらいのノリで、美味しくなる魔法のかかった、オムライスやジュースを飲んで楽しんでいる。
さすが訓練されたご主人様達だ。どんな状況でも100%楽しめる黄金の精神をお持ちのようだ。
「それに、クルミちゃんはクール系メイドとして売ってるからね。あんなにキレ散らかしているのはレアなんだよ。ギャップ萌えってやつだね」
そんなギャップ萌えは聞いたことないなぁ。
「ほらほら〜クルミちゃん。音葉お嬢様にご奉仕しなさいよ〜」
「誰がするか!」
「ちょっと〜、このメイドさん態度悪いで〜す!」
「ちょ! やめてよ!」
「えぇ〜じゃあちゃんとご奉仕して下さ〜い」
うわぁ……音葉性格悪ぅ。
「かしこまりました。お嬢様。では、ご奉仕させて頂きますね」
お? 急に態度が変わった。そして、分かりやすいくらいの営業スマイルだ。
俺の感が言っているぞ。これは絶対になにかあるって。
「わぁ〜楽しみだなぁ。どんなご奉仕をしてくれ――ぐへっ」
ぼ、ボディーブロー!?
「お、おい……だ、大丈夫か……?」
「いやいや……どう見ても大丈夫じゃないでしょ……」
「だ、だよな……」
音葉は、殴られたところを抑えて、その場でうずくまって動けなくなっている。
そりゃそうだ。ノーガードで完全なる不意打ちで、腹筋を固める暇さえなかったんだ。それをモロでもらったら誰だってこうなる。
「いやぁ、クルミちゃんやるなぁ。右脇腹、しかも肝臓付近を的確に撃ち抜いたね。それにしっかりと体重も乗ってたから、あれは相当効いたと見る」
「いや……なに冷静に解説してるんですか。さすがに今のはまずいでしょ」
「うーん。まぁ確かにそうだね」
「そうだねって……」
軽すぎだろ。欠片も焦ってないぞ。
「ちょ、ちょっと
「何言ってるんですか? 私はちゃんとご奉仕したんですよ。ねぇ〜音葉お嬢様〜」
そう言いながら、長谷川さんは、うずくまっている音葉の前にしゃがみこんで、バカにする口調で言った。
「いかがです? おかわりいっときますか? 音葉お嬢様〜」
「胡桃! いい加減にしなさいよ!」
「はて? 何のこっ――」
え、えぇ……うっそだろお前……。
音葉は自分の前でしゃがみこんでいた長谷川さんの髪を掴んで、そのままヘッドバットを叩き込んだ。
「に、にひひ……にひひ……ありがとね。メイドさん。これはお返しだよ」
「う、うわぁ……」
いや、うん。その気持ちすげぇ分かるよ、栞菜ちゃん。
だってお互いの額が割れちゃって、顔面血だらけになってるもんね。格闘技の試合でもそうそう見ないレベルで出ちゃってるもんね。
いったいどんだけ強く叩きつけたらこうなるんだよ。
「お……音葉ー!」
鬼の形相をした長谷川さんが、音葉に向かって殴りかかろうとする。音葉も音葉で、負けじと応戦するように腕を振り上げていた。
あぁ……こりゃもうダメだ。今の1発ずつで、お互い引っ込みがつかないところまで来たって感じだ。
「は〜い。2人ともストップ〜」
「「え?」」
おう……いつの間にか隣にいたメイドさんが、2人の間に割って入っている。
「て、店長……」
「もう。クルミちゃん。少し落ち着いて。お嬢様もね?」
「「は、はい……」」
す、すげぇ。あんなにヒートアップしていた2人が一瞬で落ち着いた。特に何もしてないのに。
てか、あの人店長だったのかよ。だったら、早いとこ止めろよ。
「さてさて、2人とも。ここで1つ提案なんだけど、せっかくだから思いっきりやらない?」
「「は?」」
「「え?」」
何言ってんだ? この人……。
――――
――
「はぁ……本当に意味わからない」
「同感だ」
とりあえず、店長さんの言い分はこうだ。
「何かよく分からないけど、あのままじゃお互いに収まりつかないでしょ? だったら、思いっきりやらせてあげようよ。でも、店員とお客さんのガチの喧嘩はお店的によくないから、お嬢様VSメイドの喧嘩試合っていう、エンターテインメントにしよう!」だってさ。
うん。訳分からん。
んで、フロアのテーブルやイスを端に寄せて、中央を何も無いリングのようにさせている。他のご主人様やお嬢様達は、ステージの下に集まって、これから始まる喧嘩マッチを今か今かと待ち望んでいる。ちなみに俺と栞菜ちゃんは、ステージ上に用意された席に座らされている。どうやら、知り合いだからということで特別席らしい。あと、ついでに解説もやってほしいどのことだ。
無茶苦茶にも程がある。
「さぁさぁ! それでは始めていきましょう! レッツファイト!」
そして、メイド喫茶での喧嘩マッチのゴングが鳴り響いた。
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