第32話 食後のコタツ

「そんじゃ、俺らは帰るからな」

「あぁ。今日はありがとな」

「またね。アラタ君、音葉」

「明日は夕方くらいに来るから」

「うん。よろしく頼むよ」

「じゃあねぇ〜。栞菜かんな璃亜りあ


 夜の8時を少し過ぎた辺りで、今日のすき焼きパーティーはお開きとなった。ちなみに片付けは、栞菜ちゃんと璃亜ちゃんがやってくれた。

 いやはや、本当にあの2人には感謝しかないよ。実にありがたい限りだ。手が治ったら、きっちりお礼しないとだな。


「さてと、私たちはどうする?」

「うーん、そうだなぁ。まだ少し腹がきついし、コタツでまったりでもする?」

「おぉ名案」

「んじゃそれで」


 はぁ……やっぱコタツ最高。これの魔力には抗えないわ。死ぬ時はコタツの中か布団のどっちかがいいな。


「ん?」


 何だこの足に当たる柔らかいのは?


「って、お前かよ。ホームズ」

「んにゃあ〜」


 ったく、チュールを食わせてから全く姿が見えないと思ってたら、こんなとこに居たのか。なんですか? 猫はコタツで丸くなる〜ってやつですか?


「ねぇ、アラタ君」

「ん? っと、どうした?」


 急に音葉が俺の隣に座って肩にもたれかかってくる。


「あの、さ」

「うん」

「手、大丈夫?」

「あぁ、もう痛みはないな」

「そっか……うん」


 もしかして、音葉のやつ気にしてんのか?


「ごめんね。本当に」

「気にしなくていいって言っただろ? あれは事故だって」

「でもさ……アラタ君に怪我させちゃうなんてさ。本当にごめん」

「はぁ……ったく。うりゃ」

「あうっ!」


 しょんぼり顔の音葉に元気な右手でデコピンを食らわせてやる。


「な、なにするのさ」

「お前が柄にもなくそんな顔してるからだろ。らしくないぞ」

「うぅー、だからってデコピンすることないじゃん!」

「なんだよ。もう1発ほしいのか?」


 シュ、シュっと素振りをしながら、音葉に言ってやる。自慢じゃないが、俺のデコピンは痛いぞ。子供の頃に風実歌ふみかにやったらガチ泣きされたからな。そして1週間口を聞いてくれなかった……。


「あーやめてやめて! 今のほんとに痛かったんだから!」

「だったら、そのシケたツラやめることだな」

「うぅ〜」

「シュ、シュ」

「あーもう、わかったよ! わかったから素振りしないでっ!」

「うん。よろしいよろしい」

「はぁ〜あ……」


 音葉は大きなため息を着くと、もたれかかっていた頭をずりずりと下ろして、俺の膝の上に置く。いわゆる膝枕ってやつだ。


「アラタ君はさ。ちょっと優しすぎると思うんだよね」

「急になんだよ」

「だってさ、普通は例え事故だったとしてもそんな風には出来ないよ」

「別に誰にでもこうではないよ」

「え?」

「例えば、叩いたのが音葉じゃなくて知らんやつだったら普通にキレてたよ」


 あいにく俺は聖人君子じゃないんでね。誰にでも優しく出来るほど人間できちゃいない。今回は音葉だったから、こうやって笑って許してやれるだけだ。


「ふぅん、そっか」

「そういうこと。だから、いい加減元気出せよ。音葉は能天気にへらへらしてるくらいが丁度いいんだからさ」

「何か言い方がちょっと気になるけど、うん。わかった」

「あぁ」

「なんで撫でるのさ」

「ここに頭があったからかな。嫌か?」

「ううん。続けて」

「あいよ」


 よかったぁ。何となく撫でてみたくなったか、撫でたけど、普通に考えたら嫌がられてもおかしくなかったよな。

 でもまぁ、せっかく許可が出たんだし遠慮なく撫でさせてもらおう。


「はぁ〜あ……」

「今度はどうしたん?」

「いやさ。な〜んか私、空回りしちゃったなって思ってさ」

「空回り?」

「うん。さっきまで栞菜達がいた時は、実は結構無理してたんだよね。アラタ君に怪我させちゃったこと、あんまり気にしてませんよ〜ってね」

「だから、あんなウザイ裁判ごっこやってたの?」

「うん。まぁ、空元気ってやつだよ」

「威力70命中100?」

「いやいや、ポ○モンの技じゃないからね……」

「おぉ、よく分かったな」

「まぁこれでも子供の頃は、ポ○モンマスター目指してたからね」


 そうそう。俺もポ○モンマスター目指して、よく風実歌と一緒に、妄想バトルとかモ○スターボール投げる練習してたな。ちなみにゲームのポ○モンバトルでは、ほとんど勝ったことないんだよねぇ。あいつまじで強すぎなんだよ。このポ○モン廃人め。


「ま、あれだ。音葉は下手に無理とかしない方がいいよ」

「そうかな?」

「あぁ、だって似合わないもん」

「えぇ〜。それどう言う意味?」

「要するに、感情の赴くままに行動しとけってことだよ。音葉はそうしてた方が1番魅力的だ」

「み、魅力的って……」


 あ……やっべ。言葉ミスった。


「ごめん。やっぱ今のなし……忘れてくれ……」

「いや……それは無理だよ……」


 で、ですよねぇ……。あぁもう。俺ってばいきなり何言ってんだよ。馬鹿じゃねぇの?


「ねぇ……アラタ君?」

「な、なんだよ?」

「あの〜……そのね? もしかしてだけど……その、さ。今のってさ、その、口説いてたり、する?」

「……し、知らねぇよ。今のはあれだ。その……思ったことがそのまま口に出たっただけで……」

「思ったこと。ふぅん……」


 あー……やっべぇ。何だこの、気まずいような恥ずかしような、何とも言えない雰囲気の沈黙は。だけど、何故か心地いい感じがする。


「あのさ、アラタ君」

「うん?」

「いい時間だし、お風呂にしよっか」

「あ、あぁそうだな。風呂は栞菜ちゃんが洗ってくれたし、スイッチ押せば直ぐに入れるな」

「うん。だからさ……今日は一緒に入ろっか」

「……は?」

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