第28話 酔っ払いとゲロ

「はい。えぇ、はい。分かりました。では、当日はよろしくお願いします。はい。失礼します」


 ふぅ。思ったより、長電話になっちまったな。でもまぁ、これで何とかなるかな。


「にしても、音葉おとはのやつ遅いな」


 知り合いと飯食ってくるとか言ってたけど、そろそろ日付変わるぞ。


『ピンポーン』


 ん?

 こんな時間に誰だ?

 もしかして、音葉かな? いやでも、あいつは鍵もってるから、チャイムなんて押さないか。

 まぁ、とりあえず出ないとだな。


「はーい。どちらさんですかー? って、おぉ……」

「ははは……ごめんね、桜木君」

「ほら、音葉。着いたよ」

「んん? おぉ〜アラタ君じゃん〜元気〜? 音葉ちゃんは、ハッピーだよ〜。ハッピージャムジャムっ! にっひっひ」


 玄関を開けると、佐々木さんと松田さんに支えられた音葉が居た。


「どうしたんだよ? めちゃくちゃ酔ってんじゃん」

「ちょっと、飲みすぎちゃったみたいでさ」

「にひひ〜、もぉ璃亜りあはおバカさんだなぁ。音葉ちゃんはじぇったいにぃ〜、酔いましぇんっ!」


 嘘こけよ。

 べろんべろんじゃねぇかよ。


「あーはいはい。酔っ払いは黙りましょうね」

「近所迷惑だから静かにしてねぇ」


 あちゃ〜こりゃ、完全に出来上がってるなぁ。佐々木さんと松田さんの反応を見る限り、だいぶ前からこんな感じなんだろうな。


「2人とも代わるよ」

「はい。よろしくお願いします」


 俺は2人から音葉を支えるのを代わって、部屋の中に入れる。


「あ……」

「うん?」

「吐くね」

「嘘だろ……」

「オロオロ〜ゲロゲロ〜」


 ま、まじか……容赦なく吐きやがった。

 このTシャツ今日ユ○クロで買ったばっかりなのに、一瞬でゲロまみれになっちまった。


「え、えっと……片付け手伝おうか?」

「悪いけど頼んでもいいかな……」

「うん。その……どんまい、桜木君」

「は、ははは……」


 こりゃもう笑うしかないな……

 とりあえず、音葉の明日の朝飯はなしだな。Tシャツさんの恨みだ。


 ――――

 ――


「2人共ありがとな」

「ううん。大丈夫だよ」

「はい。音葉が悪いんで」


 とりあえず玄関の片付けは2人に任せて、俺は音葉をトイレで吐かせるだけ吐かせてから、布団に放り込んだ。その後は軽くシャワーを浴びさせてもらった。さすがにゲロ臭かったからな。


「あ、そうだ。はい、桜木君」

「ん? 何これ?」


 佐々木さんから、黒いビニール袋を渡される。しかも、中々の重量感だ。何が入ってんだ?


「あ、Switchじゃん。しかも最新。どうしたのこれ?」

「さぁ? 何かいつの間にか音葉が買ってました」

「なんだそりゃ……」


 酔った勢いで買ったってか? ぶっ飛んでるな。明日の朝財布の中見てビックリするぞ。

 まぁ俺としては、得しかないからどうでもいいけどね。早速明日、気になってたソフトでも買いに行くか。

 っと、そんなことよりも本題に入らないとな。


「んで? なんで音葉はあんなにべろんべろんになってんだ?」


 確か音葉って、かなり酒が強かったはずだよな。何度か2人で飲んだことあるけど、1度も酔ったところなんて見たことない。


「ちょっと、良くない飲み方しちゃってね……」

「いや、絶対にちょっとじゃないでしょ。いったいどんだけ飲んだの?」

「えっと……ビール10杯とハイボール8杯、日本酒とテキーラをそれそれ、ラッパ飲みで1本ですかね……」

「クレイジーだな……」


 てか、よくそんなに飲んで死ななかったな。急性アルコール中毒で逝っちゃってもおかしくないレベルだぞ。


「いや、一応私達も止めたんだよ。だけど、ちょっと色々あってね」

「何か訳ありだったの?」

「まぁ……そうですね……」


 ふむ。

 どうやら、あんまり言いたくないって感じだな。


「悪い。言い難いことなら無理には聞かない」

「あ、いえ。そういう訳じゃないんですけど」

「ねぇ、栞菜かんな。桜木君になら話してもいいんじゃない?」

「うん。そうだね」

「いいのか?」

「はい。どっちにしろ、来月には分かることですからね」

「ん?」


 来月には分かるってどういうことだ? なにか特別なことでもするのか?


「順番に話しますね。まず、音葉があんなになった理由は喧嘩が原因ですね。その勢いでヤケ酒した感じです」

「喧嘩って……音葉のやつ何したんだよ。どうせ、原因は音葉だろ?」

「うわぁ……桜木君、中々辛辣だね」

「あいつは人を、イラつかせたり怒らせることに関しては天才的だからな」

「まぁ、それは間違いではないですね……」


 しかも、タチの悪いことに音葉には一切の悪気がないってのが問題なんだよな。

 だからこっちも、あんまり強く怒れないってのが悩ましいところだ。


「いやぁ……昔はあんなんじゃなかったんだけどねぇ……。一体全体どこで間違っちゃったのかな」

「ん? 昔からあんな感じじゃなかったの?」

「うん。昔はもっと真面目っていうか、絵に書いたような陰キャ女子だったよ」


 えぇ〜、うっそだぁ。


「あ、その顔は信じてないね」

「まぁ」

「ほら、これ。暗黒時代の音葉」


 松田さんのスマホの画面には、分厚い黒縁メガネに、前髪で目元を隠した黒髪おさげをした、陰のオーラを漂わせた自信なさげな少女が写っていた。

 俺の知ってる音葉とは、全くの別人に見えるけど、確かにこいつは音葉だな。


「どう? 信じてくれた?」

「う、うん……」


 流石にこれを見せられたら信じるしかない。

 まさか、音葉にこんな暗黒時代があったなんてな。

 あいつは、生まれながらの陽キャだと思ってたから驚いたな。


「ちょっと璃亜。その写真誰かに見せたの音葉にバレたら怒られるよ」

「あ、やばっ。桜木君、このこと音葉にはひみつね」

「ははは、了解」


 まぁ、誰しも知られたくない過去くらいあるわな。それが自分の暗黒期となると尚更だ。

 ぽろっと口を滑らせないように気をつけておくか。

 にしても……何か見覚えがある気がするな。……いや、他人の空似か。


「っと、ちょっと話が逸れちゃったね。話を戻すと今回は音葉が原因ってわけじゃないだよね」

「そうなのか?」

「はい。喧嘩を吹っかけてきたのは相手なんで」


 あれ? 気のせいかな。何となくだけど、佐々木さん達もイラついている気がする。

 いやまぁ、楽しく酒飲んでたのに喧嘩吹っかけられたらイラつきもするか。


「しかし、なんでまた喧嘩なんて吹っかけられたんだ?」

「相手がね。ちょっと、私達の知り合いだったんだよね」

「その人とは仲悪い感じ?」

「悪いってより……昔揉めてそのままの状態で会ったからかな」


 あぁなるほどなぁ。あるんだよねぇ、そういうこと。

 意外と頭が冷えていても、なんか知んないけど、そのままの喧嘩ムードで接しちゃうんだよね。んで、また喧嘩しちゃう。まさに負のループ。


「えぇと、その喧嘩した相手について聞いてもいいかな?」

長谷川胡桃はせがわ くるみ。デルタってバンドのギターボーカル。んで、私達、AGEの元メンバーだよ」

「え? AGEの元メンバー?」

「はい。元々私達は、胡桃を含めた4人組バンドだったんですよ」


 初耳だ。そんなこと音葉は1度も言ってなかった。いや、言ってなかったんじゃなくて、言わなかったの方が正しいか。訳ありっぽいし、言いたくなかったんだろうな。


「まぁ、胡桃が抜けた理由は、そのうち音葉から聞いてよ。ま……話すか分からないけどね」

「……分かった」


 多分話してくれないだろうなぁ。適当に誤魔化されるか、初めっから嫌だって言われるかのどっちかだな。

 まぁ、込み入ったことだし、無理に聞くつもりはないけどさ。


「んで、今日、音葉と胡桃が喧嘩した原因なんだけど、簡単に言っちゃうとルミナスの解散することになったからなんだよね」

「ルミナスって、確か音葉達の憧れのバンドだっけ?」

「あ、音葉から聞いたんだ。そ、私達の憧れのバンドだよ。それと同時に私達の師匠でもあるね」


 そっか。

 解散しちまうのか。音葉達には、寂しいよな。


「すぐに解散しちゃう感じなの?」

「そうだね。来月末のライブで終わりだって」


 来月末か。早いな。

 ルミナスが月にどのくらいのペースで、ライブしてるか知らないけど、後10回もないのは確実だろうな。


「あ、そうだ。ルミナスのラストライブは桜木君も来てよ。私達もゲスト出演することになったからさ」

「ん。分かった」

「まぁ……そのライブが喧嘩の舞台でもあるんですけどね……」

「ん? どゆこと?」

「えっとね。なんというか……うん。その日に胡桃との決着を着けることになったんだよね」

「ごめん。全く意味が分からんのだが」

「ははは……ですよね。順を追って説明します。とりあえず、今日の打ち上げで行った居酒屋でのことなんですが――」

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