第29話 居酒屋での一幕

 ―栞菜かんな視点―


「解散ってどういうこと!?」


 人目もはばからず、音葉おとはが大声をあげる。その声に驚いて、私達が今いる居酒屋の他のお客さん達が、何事かと私達の方を見る。


「音葉。他のお客さんに迷惑だよ」

「で、でも!」

「いいから、座りなさい。ちゃんと説明してあげるから」

「……わかったよ」


 絢香さんに言われて、渋々って感じで音葉は座る。

 まぁ音葉の気持ちは分からなくない。私も、もう少しで同じことをしていたところだ。恐らく、璃亜もそうだろう。

 そのくらい、絢香さんが言ったことは私達には衝撃的だった。


「ま、簡単に言っちゃっうとね。私、結婚するんだ」

「「「……はいぃー!?」」」

「んで、再来月にはダンナ様と海外に引っ越すの。だから解散。はい、説明終わり」


 いやいや! 足りない足りない、説明全く足りてないってば!

 いくらなんでも、ざっくりし過ぎだからね!


「ちょ、マジですか……?」

「うん。マジマジ大マジだよ。マージ・マジ・マジーロだよ」

「いや、それだと変身しちゃいますって……」

「嘘だッ! 師匠みたいな人が結婚出来るわけないよ。師匠、モテないからって妄想と現実に区別はつけるべきだよ」

「あっれっれ〜音葉ちゃ〜ん。喧嘩売ってるのかなぁ〜? 殺すぞぉ〜」

「痛い痛い! 師匠、痛いってば!」


 うわぁ……絢香さんのアイアンクロー食らってる。痛そう〜。まぁ実際めっちゃ痛いんだよね、あれ。絢香さんって握力60キロあるから。

 いや、そんなことは今はどうでもいいか。とりあえず話を戻そう。


「えっと絢香さん。とりあえず、結婚は本当なんですよね?」

「うん。本当」

「なるほど」


 そっか。絢香さん結婚するのか。

 まぁ絢香さんもそろそろ20代後半だし、結婚してもおかしくない年齢だよね。


「おめでとうございます。絢香さん」

「おめでとうございます」

「うん。ありがとね。で? 音葉はお祝いの言葉ないのかな?」

「爆発して下さい」

「そうかそうかぁ〜。んじゃ、私が爆発する前に音葉ちゃんの頭を握り潰してあげよう」

「ぎゃー! 痛い痛いー!」


 はぁ……ったく、何やってんだか。


「それで、アーリャさんと夏鈴かりんさんはどうするんですか?」

「あぁ、私とアーリャは2人で店を開くことにした」

「へぇ、何をやるんですか?」

「ふふ〜ん。プラモデル屋さんだよ」


 おっと、これは予想の斜め上の答えがきたね。ってきり、喫茶店とかの類かと思ったんだけどな。


「いや、実はさ。夏鈴とプラモデル作りにハマっててね。んで、ルミナスも解散することになったから、2人で店を開こうってことにしたの」


 うーん。ちょっと意味わからないですね。あれかな? みんな揃って説明が下手くそなのかな?

 とりあえず、国語の勉強してきてもらっていいですかね。若干イライラしてきたので。


「ま、そんな訳でさ。別に喧嘩したとか、いざこざがあった訳じゃないよ」

「それを聞けて安心しました」


 無くなるのは悲しいけど、ルミナスが決めたことだ。だから、私達がどうこう言えることじゃないしね。


「それで何だけどさ。私達のラストライブの時、よかったら演奏してほしいんだけど、いいかな?」

「それはもちろんです。音葉も璃亜もいいよね?」

「うん。むしろこっちからお願いしたいくらいだね」

「まぁ私達が演奏しちゃったら、師匠達が霞んじゃうけどねぇ」

「こら、音葉〜。生意気だぞ〜」

「そうだぞ、このクソガキめ。まだまだお前らには負けねぇよ」

「あはは〜、その伸びきった鼻と自信をへし折ってあげるよ〜」

「うにゃ〜ちょっと! 3人がかりは卑怯だってば〜」


 あーぁ……4人して騒ぎ出しちゃったよ……。ここ個室じゃないんだから、勘弁して欲しいんだけどなぁ。

 ほら、周りのお客さんから、うるせぇなぁって見られてんじゃん。あ〜やだやだ恥ずかしい。


「相も変わらず、周りの迷惑を考えないバカうるさい人達ね」

「え……?」

「く、胡桃……」

「なに? そんなに驚いちゃってさ。それが元バンドメンバーに対する態度なの?」


 この嫌味ったらしい言い方、昔っから全然変わってないなぁ。


「久しぶりね、胡桃。元気してた?」

「まぁね。栞菜はまだ2人のお守りをしてるみたいね」

「別にお守りなんてしてないよ。私は好きで2人といるだけ」

「あっそ。私には理解出来ないかな。まぁどうでもいいけどね」


 はぁ……ほんとにもう。何でこういう言い方しか出来ないかなぁ。

 そんなんだからいつも――


「ちょっと! さっきからなんなの!」


 ほらね。


「別に。本当のことを言っただけじゃない」

「はぁ!?」


 怒った音葉が、胡桃に詰め寄ろうとしたところを璃亜りあが宥める。


「やめなよ。音葉」

「何で璃亜はそんなに落ち着いてるのさ!」

「別に私のことは言われてないからねぇ。それにまぁ、胡桃の言ってることはあながち間違ってないし」

「ちょ! どっちの味方なの!?」

「うーん。少なくとも、音葉の味方ではかな」

「あ、それは私も」

「2人して酷くない!?」


 許せ音葉。これが現実なのよ。

 いやはや、日頃の行いって大事だね。やっぱり人は多少猫かぶってるくらいが、ちょうどいいのかもしれないね。

 さて冗談はこの辺にしといて。


「それで? 胡桃は私達に何の用なのかな? まさか、うるさいから話しかけてきたって訳じゃないでしょ」


 これでも胡桃とは、そこそこ付き合いが長い。だから胡桃が、今の私達をその辺で見かけようが居酒屋でうるさくしてても、よほどの用がない限り話しかけてこないことは分かってる。


「単刀直入に言うわ。絢香さん達の引退ライブに出ないでくれないかな」

「ふぅん」


 ま、今の話の流れからだとそうなるよね。


「ねぇ胡桃。それどういう意味?」


 私や璃亜が口を出す前に、音葉が胡桃に問いかけた。その口調は、さっきまでのおちゃらけた雰囲気は綺麗になくなっていた。

 ちょっとこれはやばいかも。音葉、少し怒ってる。

 璃亜もそれを察したみたいで、どうしたものかなって顔してる。


「音葉、ちょっと落ち着きなよ」

「栞菜。今、胡桃と話してるの。分かるよね」

「……」


 まっずい。まずいまずい。これは非常にまずいことになった。

 ちょっとどころの話じゃない。本気のブチ切れだ。こうなった音葉には、口出し出来ない。もちろん璃亜もだ。


「ねぇ、答えてくれない?」

「単純にあんた達と同じステージに立ちたくないのよ」

「は? どういうこと?」

「絢香さん達の引退ライブに私達も出るのよ」


 あぁなるほどね。そういうことか。

 よくよく考えれば、私達に声がかかってるんだから、胡桃にも同じ話がいっていてもおかしくないよね。


「ちょっと待って。何で胡桃も出るのよ」

「何でって……本気で言ってるの?」

「は?」

「ねぇ音葉。普段、胡桃がタービンズでライブしてるって知ってる?」

「そうなの? 全然知らない」


 はぁ……やっぱりね。

 何となく、会話の流れ的にそうなんじゃないかなぁ〜って思ってたけど、こうハッキリ言われちゃうと胡桃が可哀想に思えてくるよ。いや、実際めちゃくちゃ可哀想なんだけどね……。


「私、一応今日ライブしたんだけど……」

「あーごめん胡桃。今日、音葉が遅れてきたせいで絢香さん達のライブしか見てないんだ」

「あ、あぁ……なるほど……」


 うんうん。分かるよ、胡桃。こいつ、またやりやがったなぁってなるよね。本当に音葉の遅刻癖は治らないんだよねぇ。


「まぁいいわ。とにかく、私と同じステージには出ないで」

「そんなの知ったこっちゃないよ。だったら、胡桃が出なければいいじゃん。それとも何? 私達が出たら、存在が霞んじゃうと思ってビビってんの?」

「舐めないで。私が音葉なんかに負けるわけないでしょ」

「はいはい。強がり乙〜」

「はぁ!?」


 ううん。これ以上は流石にやばいね。そろそろどうにして止めないとな。でも、私や璃亜じゃもう止められないし。

 てか、さっきから絢香さん達は一向に口を出さないけど何してるの?

 って……えぇ……?

 うっそでしょ? 我関せずって感じで、普通に飲んでるんだけど。一応、原因の1部はあなた達にあるんですよ? その辺分かってますか?


「ん? どうした栞菜?」

「いや、どうしたじゃないですよ……。絢香さん達も止めるの手伝って下さいよ」

「えぇ……めんどくさい」

「好きなだけやらせとけって」

「そうそう。喧嘩するほど仲がいいって言うしね」


 こ、この人達は……。


「あーもう。分かった分かったよ。そんな目で見ないでよ」

「誰のせいだと思ってるんですか」

「ワタシだぁ〜」

「じゃあ責任取って、あれ何とかしてください」

「えぇ……今のスルーしちゃうの〜」

「はい。もうめんどくさいので」

「うわ、辛辣ゥ〜」

「いいから、早くして下さいよ。あの2人、そろそろ取っ組み合いの喧嘩始めそうですよ」


 お互いの額を付き合わせて睨み合っている。さながらブレイキ〇グダウンだね。


「ありゃりゃ。確かにこれは止めた方がよさそうだね」


 絢香さんはそう言って、2人の首根っこを掴んだ。


「うにゃ」

「わにゃ」


 いや、2人してどんな声出してんのよ……確かに猫の首を掴んでるみたいだけどさ。


「その辺にしときなぁ。お店に迷惑だぞぉ」

「だって胡桃がぁ」

「音葉がぁ」

「うるさい、言い訳しない。分かった?」

「はーい……」

「分かりました……」

「よろしい」


 おぉ、流石絢香さんだ。あっという間に大人しくしちゃった。

 2人とはそれなりに付き合い長いけど、未だに真似出来ない芸当だなぁ。


「とりあえず、音葉達にはライブに出てもらう。これは決定事項だから」

「何でですか!」

「私が決めたからよ。なに? 文句あるの?」

「っ……」

「でもまぁ、うち人気ナンバーワンにただで我慢させるってのも可哀想だからね。1つ、いい話を提供してあげようかな」

「いい話?」

「そ。胡桃、音葉達と対バンするってのはどう?」

「それって、ガチのやつと受け取ってもいいんですか?」

「もちろん」


 対バンには色々と意味があるけど、ガチのやつってことは、私達AGEと胡桃のデルタの演奏合戦だ。


「ちょうどいい機会だし、ここらで決着つけるのもアリなんじゃない?」

「へぇ……面白そうじゃん」

「お? 音葉はやる気みたいだね」

「当然だよ。いつかはやりたいって思ってたからね」


 あー……これは私が何を言っても聞きそうにないなぁ。

 チラッと璃亜の方を見てみたけど、璃亜も同じ考えに至ったっぽくて、諦めた感じでやれやれとしている。

 まぁ、私としてもガチの対バンをするのは、嫌ってわけじゃないから別にいいんだけどね。

 さて、胡桃は乗ってくるかな?


「で? 胡桃はどうする?」

「いいですよ。それ、乗りますよ」

「決まりだね」


 ま、やっぱり乗ってくるよね。


「負けるの怖くて逃げないでよ。胡桃」

「それはこっちのセリフだから」

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