第10話 喧嘩と仲直りとプレゼント

 午前の講義が終わって、俺は昼食を取るために学食に向かう。


「おーい、アラタ。こっちだ」

「おう」


 そんな大声で呼ぶなよ。恥ずかしいだろ。

 まぁ、席を確保してもらってたから、あんまり文句は言えないか。


「お疲れさん」

「龍もな」

「はは、俺は1限しか受けてないから、そんなに疲れてないよ」

「そうか」


 俺と龍は、ほとんど同じ講義を受けているけど、選択科目で何個かは違う。


「にしても、珍しいな。アラタが学食なんて」

「まぁな」


 俺は普段、弁当を作って持って来てるから学食を利用することは滅多にない。ただ、今日は弁当を作る気力がなかった。


「てか、どうした? 何か元気ないぞ」

「そう見えるか?」

「なんと言うか、全身から負のオーラが溢れ出ている」

「そっか……」


 なるほど。道理で、体がだるいわけだ。やる気も出ないし集中力も続かない。

 風邪って訳じゃない。熱は平熱だし、頭も痛くなければ、咳も出てない。単純に気分が乗らないだけだ。


「マジでどうした?」

「まぁ……色々あってな」

「俺で良ければ、話くらいは聞くぞ」

「んじゃ、ちょっと聞いてくれ」


 何で自分がこうなっているかの、心当たりはある。むしろ、原因は間違いなくそれだろう。

 龍に話して、解決するとは思えないが、誰かに話せは、多少気持ちが楽になるって言うし、話すだけ話してみるか。


「実はさ、ここ数日ずっと東城の機嫌が悪いんだよ」

「あー東城さん絡みか。んで? いつから機嫌が悪いんだよ?」

「あの日からだ」

「あの日って、あの日か?」

「あぁ……」

「なるほどな……」


 あの日とは、エロ本を分配した日だ。同時に俺達がゴミとなった日でもある。


「因みに、どんな風に機嫌が悪いんだ?」

「もう全てだな。口は聞いてくれないし、飯を作っても食ってくれない。それどころか、朝早くに出ていったと思ったら、夜遅くまで帰って来ないし……完全に避けられている」

「うわぁ……それは散々だな……」

「本当だよ……」


 別に俺らは付き合っている訳じゃないけど、同じ家に住んでいるのに、こうも露骨に避けられると流石にしんどい。家にいるのに、ものすごく居心地が悪いんだよなぁ。

 それに今まで、それなりに仲良くやってきた分、とにかくダメージがデカい。


「やっぱ、まだ怒ってるのかな?」

「まぁ、多分そうだと思うぞ。あの後、ちゃんと謝ったのか?」

「謝ったよ。でも東城は、怒ってないの一点張りだ」

「うわ、出たよ。女のめんどくさいやつ」


 あれマジで意味わかんないよな。めっちゃ怒ってるのに、口では怒ってないって言うんだもん。そのくせ、放って置いたらさらに機嫌悪くなるし、かといって謝ればキレるし。ほんとどうしろって言うんだよ。理不尽過ぎ。


「松田さんの方はどうなんだ?」


 あの東城が機嫌悪いんだ。松田さんも同じ状態になっていても、おかしくはないと思うんだが。


「あー……そのな? こんな時に言うのは、少し申し訳ないんだが」

「ん?」

「あの後、璃亜ちゃんと初めてヤッたんだよ」

「ヤッたて、あれか?」

「おう、あれだ」


 つまり、大人の営みを済ませたってことか? 嘘だろ……龍のやつ大人の階段を登っちゃったの?


「お前らが帰った後に、璃亜ちゃんに言われたんだよ。そんなもの見るくらいなら、私使えばいいじゃんってな」

「マジかよ……」

「マジだ」


 あ、ありえねぇ……

 俺がここ数日、大変な思いをしてたっていうのに、こいつはめっちゃいい思いしてたのかよ。

 おいおい……世の中不平等過ぎだろ。


「どうやら、お前に相談した俺がバカだったな。お幸せに」

「あー待て待て!」

「何だよ? 俺とお前じゃ住んでいる世界が違うんだよ!」

「多分それ、お前のセリフじゃないぞ!?」

「うるせぇ! こんちくしょうが!」


 こんな裏切り者と、同じ席に居たくないから、出ていこうとしたけど、龍に慌てて止められた。


「ほら、みんな見てるから、一旦座れよ」

「ちっ」

「後、舌打ちもやめろ」

「分かったよ」


 確かに、こんな注目が集まってる中、キレながら出ていくのはあれだもんな。


「まぁ何だ。お詫びって訳じゃないけど、1つ耳寄りな情報を教えてやるよ」

「何だよ?」

「今日、9月4日は東城さんの誕生日だぞ」

「え? そうなのか?」

「璃亜ちゃんが言ってたから、間違いないぜ」


 そうだったのか。全然知らなかったな。


「とりあえず、しっかり祝ってやれよ。んで、いい感じのプレゼントでも渡して、ご機嫌とれよ」

「言い方悪くね?」

「まぁそうだけど、チャンスには変わりないだろ」

「そう、だな……」


 確かに絶好の機会であることには、間違いないな。何かやり方がずるい感じがするけど、今は四の五の言っている場合じゃないか。


「分かった。やってみるわ」

「おう。健闘を祈るぜ」


 こーしちゃいられない。今すぐ帰って、準備しないとだな!


「龍、悪い。午後の講義サボるわ」

「はいよ。さっさと行ってこい」

「おう!」


 まずは、晩飯の買い出しからだな。東城の好物を作らないと。その後に誕プレだな。

 いや、その前に東城に連絡して、晩飯を食う約束しないとか。

 俺はスマホを取り出して、東城に電話をかける。メッセージでもいいけど、無視される可能性があるからな。


「てか、出てくれるかな……?」


 2回、3回とコール音がなる。くそ、出ない。頼むよ出てくれ。


『何?』


 5回目のコール音がなり終わるところで、ようやく東城が出てくれた。


「もしもし? 東城?」

『私に電話かけたんだから、当たり前じゃん』

「あ、うん……そう、だね……」


 うわぁ、めっちゃ言葉に棘があるなぁ……。こりゃ、まだ相当怒ってるな。


『で? 何?』

「きょ、今日、早く帰って来いよ、晩飯作って待ってるからさ!」

「……いらない。要件はそれだけ? じゃ切るから」

「ちょ、ちょっと待って!」

『……何?』

「そ、そんなこと言わずにさ、東城の好物作るからさ」

『好物?』

「そう、カレー! 激辛、チーズとマヨネーズマシマシ!」

『……』

「ど、どうだ?」

『……メンマ』

「え?」

『トッピングにメンマも。それだったら食べる』

「分かった! 任せろ!」

『じゃあ19時には帰る』

「おう。待ってる」

『ん。じゃ』


 よ、よかったぁ〜。1回断られた時はどうしようかと思ったけど、何とかなったな。

 よし。最高に上手いカレーを作ってやるぜ。後は、誕プレをどうするかだな。とりあえず、それは買い出ししながら考えるとするか。


 ――――

 ――


「ただいま」

「お帰り、東城。飯出来てるから、すぐに食べる?」

「うん」

「オッケ。座って待っててくれ」

「分かった」


 約束通り、19時に東城は帰って来た。約束していたから大丈夫だと思ってたけど、ちゃんと帰って来てくれてよかった。


「ほい、お待たせ」

「ん。ありがと」

「それじゃ食おうぜ」

「うん」

「「いただきます」」


 俺達は2人で晩飯を食べ始める。こうやって、2人で食べるのは、数日ぶりだけど、何か随分と久しぶりな感じがするな。

 東城と一緒に住み出して、まだ2ヶ月くらいなのに、俺の中ではこれがもう当たり前になってるんだな。


「味はどう?」

「うん。美味しいよ」

「そっか。なら、よかったよ」


 これも久々だな。東城はいつも俺の料理を美味いって、言ってくれる。この一言を言ってくれるだけで、作ったかいがある。


「その……東城?」

「何?」

「この間は、ごめん」

「だから、別に怒ってないってば」

「いや、それでもだよ。本当にごめん」

「……」

「……」


 う……何も言ってくれない……。それに目も合わせてくれない。

 ……どうすればいいんだよ。もう、ずっとこのままなのかよ。


「はぁ……もう。そんな顔しないでよ」

「俺、どんな顔してた……?」


 そんな酷い顔してたのかな? まぁ、それなりには、いや、かなり気持ちは落ち込んでいるけどさ。


「捨てられた子犬みたいな顔。そんな顔されたら、私が悪いみたいじゃん」

「ご、ごめん」

「謝らなくていいよ。分かったよ。許してあげる」

「本当か!?」

「うん」


 よ、よかったぁ〜

 あれ? 安心したら、体の力が抜けてきた。


「もう。そんなに気にしてたの?」

「そりゃしてたよ。だって、ここ数日の東城は、まともに口も聞いてくれないし、目も合わせてくれないしさ。それに、こうやって一緒に飯食うこともなかったからさ」

「そうだったね」


 本当にしんどかった。

 こんなにも、気分が沈んだのは初めてだった。


「にひひっ、少しは懲りた?」

「懲りた。めっちゃ懲りたよ。こんなのは、二度とごめんだよ」

「にひひっ、桜木君。私のこと好き過ぎじゃない?」

「うるさいな。からかうなよ……」

「ごめんごめん」

「ったく……」


 でもまぁ、本当によかった。


「それじゃ、仲直りだね」

「あぁ、仲直りだな」


 そう言って、東城が差し出してきた手を俺は握る。仲直りの握手ってやつだ。


「あ、そうだ。これ」

「ん?」


 俺は、ラッピングされた小さな箱を渡す。


「何これ?」

「今回のお詫びと仲直りの印かな。それと、誕生日おめでと」

「ワオ、色々混ざってるね」

「いいだろ。別に」

「てか、桜木君、私の誕生日知ってたんだ」

「今日、龍から聞いたんだよ」

「なるほどねぇ。ね? 開けてもいい?」

「もちろん」


 東城は、丁寧にラッピングを剥がして、箱を開ける。


「おぉ〜」

「気に入ってくれたかな?」

「うん!」

「そりゃよかった」


 俺が渡したプレゼントは、ペンダントタイプのピック入れだ。東城だったら、音楽関連のがいいと思って、楽器屋で買ってきたものだ。

 因み、これは東城からもらった金では買ってない。俺の貯金から出したものだ。


「ね、桜木君」

「うん?」

「着けてよ」

「俺が?」

「うん。桜木君に着けてほしい」

「分かった」


 俺は1度、ペンダントを受け取って、東城の後ろに周り着けてやる。


「ほい」

「ありがとう。どう? 似合ってるかな?」

「ピックが入ってないから、何とも言えないな」

「むぅ……そこは、嘘でも似合ってるって言ってよ」

「嘘でもいいのかよ……」

「いいの! はい、もう1回ね。似合ってる?」

「はいはい。似合ってるよ」

「にひひ、よく出来ました」


 ったく……どの目線で言ってるんだか。でもまぁ、喜んでくれてるっぽいし、いいか。


「大事にするね」

「そうしてくれると、ありがたいよ」

「にひひっ」

「ほら、冷めないうちに食っちまうぜ」

「うん」


 俺達は、中断していた食事を再開する。やっぱりカレーは、熱いうちに食うのが1番美味いからね。


「次は桜木君の番だね」

「ん? 何が?」

「誕生日だよ。もらったからには、返さないとだよね」

「別に気にしなくていいよ。今まで、まともに祝ってもらったことないし」

「あー、桜木君の誕生日って、12月25日だもんね」

「ちょい待って、何で知ってんの?」


 東城に俺の誕生日を教えたことは、ないはずなんだけどな。誰かから聞いたのかな?


「忘れたの? 私、前に桜木君の免許証見たって言ったじゃん」

「あぁ、なるほど」


 そういや、俺が酔い潰されて寝ている時に、免許証見られたんだったな。すっかり忘れてた。


「そういう訳だから、楽しみにしててね」

「んじゃ、そうさせてもらうよ」

「うん」


 そっか。東城が俺の誕生日を祝ってくれるのか。今からちょっと楽しみになってきたな。


「そういえばさ。さっき、まともに祝ってもらったことないって言ってたけど、親からも祝ってもらえなかったの? それとも、クリスマスとセットにされたかは、あんまり祝ってもらった感がないとか?」

「いや、どっちもなかったよ。家はクリスマスも誕生日も特別視されてなかったから。普通の日として扱われてたんだよね」

「そう、なんだ……」

「うん」


 誕生日だろうが、クリスマスだろうが、関係ないが両親の教育方針だったからな。だから、プレゼントなんてもらったことがない。


「じゃ、今年は盛大にやらないとね。手始めに打ち上げ花火とかどうよ?」

「それは普通に迷惑だから止めてくれ……」

「にひひっ」


 誕生日で打ち上げ花火って、どっかの王様かよ。てか、手始めってことはその後にも何かあるってことですかね? シンプルに怖いんで、マジで止めてね。


「あ、そうだ。話変わるんだけどさ、桜木君って明日お暇かな?」

「うん。明日は大学休みだから、暇だね」

「ならさ、明日は私とお出かけしよ」

「別にいいけど、急だね」

「ま、仲直り記念ってことでさ。デートしよっか」

「で、デート!?」


 え? 待って待って!? お出かけってそういうことなの!?

 俺はてっきり、買い物に付き合ってのやつかと思ったんですけど! 普通にシンプルに荷物持ちだと思ったんですけど!?


「あれれ〜もしかして、桜木君。照れてるのかなぁ?」

「い、いや……て、照れてないし?」

「じゃあ、私とデートするのは嫌?」

「嫌じゃない……嫌な訳ない」

「お、おう……そっか」

「な、何だよ?」

「べ、べっつに〜。にひひっ、なら決まりだね」

「おう……」


 そ、そうか……デートか。東城とデート……。

 いやいや! 普通に遊びに行くだけだって。それにこの間も、デートしたばっかだもんな。ネカフェだったけど……。ま、まぁ……今回もそんな感じだよな。

 だよね……?

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