第9話 エロは時に破滅を呼ぶ

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「アラタ! そっちは危険だぞ!」

「ち、回り込まれたか……」

「どうするよ? 逃げ場か無くなってきたぞ」

「それでも、逃げるしかないだろ」

「んなこと、言われなくても分かってるよ。とにかく、別の道を探そう」

「だな。あっちの裏道だったら、まだ大丈夫なはずだ」

「分かった」


 いよいよ8月も明日で終わりの今日。俺と龍は、カンカンと照りつける太陽の下、全力で街を駆け抜けていた。

 捕まる=人生終了の命懸けの逃走だ。鬼は俺と龍以外の全人類。無理ゲーにも程があるが、やるしかない。じゃないと、冗談抜きでやばいのだ。


「やばい、誰かこっちに来るぞ!」

「仕方ない。そこのゴミ箱の中に隠れるぞ」

「くっそ……何でこんな目に」

「文句言うなよ。今は、意地もプライドも人としての尊厳も捨てちまえ」

「分かってるよ!」


 俺と龍は、蓋の付いた大きめのゴミ箱の中に飛び込んで、人が通り過ぎるまでやり過ごす。


「行ったか?」

「多分」


 そーっと、蓋を開けて辺りを確認をする。


「大丈夫だ。誰も居ない」

「助かった……」


 俺達はゴミ箱から出て、その場にへたり込む。

 はぁ……とりあえずゴミ箱の中身が、紙ゴミで助かったな。これが、生ゴミとかだったら最悪だった。


「なぁ、アラタ。1つ提案があるんだ」

「何だよ?」

「囮になってくれ」

「おいおい……冗談はよしてくれよ、親友」

「はははっ、こんな時に冗談何て言うわけないだろ? 親友」

「……」

「……」

「おい、ふざけんなよ!」

「ふざけてねぇよ! このままじゃ、2人共終わりだ! だったら、どっちかが犠牲になるしかないだろ!」

「なら、お前が犠牲になれよ!」

「嫌だよ! 俺は生き残りたい!」

「俺だって生き残りたいわ! そもそも、こうなった原因はお前にあるんだからな!」

「はぁ! それ今言うのかよ!」

「今だから言うんだよ! 原因はお前にあるんだ! だからお前が犠牲になれ!」

「ふっざけんな!」


 俺達は掴みあって、そのまま取っ組み合いの喧嘩に発展する。


「2人共、何してるんですか?」

「「え?」」


 突然、後ろから声をかけられ、俺達は恐る恐る振り返る。するとそこには、ゴミを見るような目をした、佐々木さんが立っていた。


「とりあえず通報するので、その場を動かないで下さい」


 佐々木さんはそう言うと、カバンからスマホを取り出した。


「「待って!!」」

「近寄るなっ、変態!」


 俺と龍は慌てて、佐々木さんが通報するのを止めようとしたら、顔面に蹴りを入れられる。


「た、頼みます……待って下さい……」

「こ、これには……深い事情があるんです……」


 顔面の痛みに耐えながら、土下座で佐々木さんに頼み込む。みっともないとか、かっこ悪い何て、もはやどうでもいい。とりあえず今は、通報されるのだけは、何としても阻止しないといけないのだ。


「深い事情ですか。へぇ……」


 や、やばい……佐々木さんから向けられる視線に温度がない。冷たいを通り越して、絶対零度の域に達しているよ。


「まぁいいです。じゃあ、その事情とやらを聞かせてもらいましょうか。そんな、変態の極みのような格好をしているんですから、余程の事情があるんですよね? 通報はその後にします」

「い、いや……通報は勘弁して欲しいんですけど……」

「何か?」

「いえ、何でもないです……」


 ダメだ。もう逆らえない。いや、そもそも逆らう権利すらないか。

 にしても、変態の極みか……うん、間違ってはないね。

 だって俺達の今の格好は、ほぼ全裸だ。身に付けているのは女物の下着のみ。上にブラで下はパンティーだ。控えめに言って、気色悪い。おかげで、ポリスメンと本気の鬼ごっこをすることになった。

 こんな格好をした成人男性2人が、ギャーギャー喚き散らしながら、取っ組み合いの喧嘩をしているとか、マジで地獄絵図。最低だ。

 そりゃ通報するよな。俺でもするもん。


「それじゃ、早く話して下さい」

「はい。実は――」


 ――――

 ――


「よう。待ってたぜ」

「んで? 見せたい物って何だよ?」

「慌てるなよ。とりあえず、入れよ」


 龍から見せたい物があるからと、俺は呼び出された。そんな訳で、このクソ暑い中わざわざ龍の家までやって来た。

 ったく、くだらなかったら速攻で帰ってやるからな。


「前に来た時よりも、片付いてるな」

「まぁな。汚すと璃亜りあちゃんに怒られるからな」

「なるほど。そりゃ大変だな」


 龍は意外と片付けが苦手だ。だから、基本的に部屋は物が散乱していて汚い。前に来た時なんて、足の踏み場もなかったんだよな。


「さて、今日アラタを呼んだのは、これを見せるためだ」

「ダンボール?」


 龍の部屋に入ると、そこには大量のダンボールが積まれていた。10箱はあるな。


「開けてみな」

「分かった」


 俺はとりあえず、1番上に積まれたダンボールを開けてみる。


「こ、これは……」

「驚いたか?」

「あぁ……」


 ダンボールの中には、本とDVDがぎっしりと詰まっていた。しかも、どれもこれもR18に指定されている物だけだ。


「おいおい……これ、どうしたんだよ? お宝の山じゃないか。まさか、他もか?」

「あぁ、ここに置いてあるの全部だ」

「マジかよ……」


 なんてこった……これ全部だと?

 それが本当なら、ひとつなぎの大秘宝よりも価値があるぞ。


「この間、実家に帰った時に兄貴から譲り受けたんだよ」

「ちょっと待て。てことは、獅雄れおさんのコレクションだって言うのかよ」

「その通りだ」

「それは……やっばいな……」

「あぁ、超やっばい」


 龍の兄貴である、獅雄さんは俺の尊敬する人物の1人だ。俺らにエロとは何たるかを、教えてくれた師匠だ。

 その人が集めたコレクションが、目の前にあるだと?


「譲り受けたって言ってたけど、何があったんだよ? 獅雄さんが自らのコレクションを手放す何てありえないだろ」

「いやさ、どうやら兄貴結婚するんだと。んで、流石に嫁さんに見つかるとやばいだろ。だから、処分しようと思ってたらしいんだけど、出来なかったみたいなんだ」


 確かに、このお宝を捨てるのは、あまりにも勿体ない。


「だから、兄貴が俺に譲ってくれたんだ」

「なるほどな」

「兄貴は、俺とアラタで分けて良いって言ってくれた」

「獅雄さん……」


 やばい。嬉しすぎて涙が出てきた。ありがとうございます! 師匠!


「てなわけだ。仲良く、お宝の分配をしようぜ」

「おうよ!」


 俺と龍は、ダンボールを開けてお宝の数々を取り出す。


「流石、師匠だ。どれもこれも入手困難なレア物ばかりだ」

「おい、見ろよ。ヘブンズ・おっぱいがあるぞ!」

「こっちは、色欲の桃源郷だ!」


 なんてこった……世に数本しか出回ってない、プレミアの中のプレミアばかりじゃないか。一体どうやって手に入れたんだよ?


「おぉ! やべぇぞアラタ!」

「どうした?」

「フレッシュマンゴーちゃんのデビュー作まであるぞ!」

「なん……だと……」


 フレッシュマンゴーちゃん。活動期間はたったの1年でありながら、世の男性を昇天させた伝説のAV女優だ。その両胸に宿った、吸い付きたくなるおっぱいの前では、正気を保ってられないと言われている。まさに神からの贈り物と言っても過言ではない。


「ちょっと待て。おいおい……冗談だろ?」

「どうした? アラタ?」

「裸体ソムリエシリーズまであるぞ」

「嘘だろマジじゃねぇか。しかも、幻の0巻まである」


 師匠。あんたマジですご過ぎるぜ。


「あ、これは俺が貰うぞ」

「相変わらず龍は、それ系好きだよな」

「当たりめぇだろ。触手系にハズレはない」

「でもさ、触手系って基本的に内容がどれも同じになるだろ」

「同じじゃねぇよ。対魔忍とか女騎士とか、バリエーション豊富だろ」

「最終的には、感度3000倍でイッちゃうのは変わらないじゃん」

「そこが売りだからな」


 うーん。やっぱ俺にはその良さが分からんな。


「にしても、感度3000倍ってどんな感じなんだろうな?」

「そりゃ、触られただけで簡単にイクんじゃね?」

「いや、そんなのは内容見れば分かるよ。俺が言いたいのは、どんな感じでイクかだよ」

「それこそ、内容のまんまになるだろ」

「やっぱ凄いのかな?」

「そりゃ凄いだろ。なんせ感度3000倍だぜ?」

「だよな」

「おう」


 ……うん。


「俺も触手系1本貰うわ」

「そう来なくちゃ。どれがいい?」

「そうだなぁ」


 王道の対魔忍に女騎士にするか? それともお姫様か巫女。いやエルフや魔法少女もアリだな。

 ふむ。これは悩みどころだぜ。


「これがいいな」

「お? いいところチョイスするな」

「キャラに一目惚れした」

「確かにアラタ好みのキャラデザしてるな」


 俺が選んだのは、ドSの女看守長が囚人達に反撃されるやつだ。


「てかさ」

「ん?」

「このキャラ、どことなく東城さんに似てね?」

「あー、言われて見ればそうかも」


 違っているのは、メガネをしてないのと髪が金髪ってくらいだな。


「もしかして、東城さんって結構タイプだったりするのか?」

「まぁ、容姿はかなりどストライクだ」

「……」

「……」

「今夜は捗りそうだな」

「言うなよ。バカ」


 やれやれ……今日は長い夜になりそうだぜ。


「てか、お前のそれも、松田さんにそっくりだろ」

「やっぱ気付いた?」

「そりゃあな」


 龍が真っ先に取った、パッケージに描かれているキャラは、松田さんとほぼ同じだ。髪色髪型から顔までそっくりだ。松田さんをモデルにしたって言われても、普通に信じられるレベルだ。


「ふふふ……」

「ははは……」


 これはいかんな。笑いが止まらなくなってきたぜ。俺の妄想が暴走しちゃうぜ。まさに妄想族ってやつですな。


「よっしゃ! 他の分配もやろうぜ!」

「おうよ!」

「へぇ……随分と楽しそうだね。2人共」

「「え……?」」


 俺らがまだ開けてない、ダンボールに手をつけようとした時、後ろから声が聞こえた。

 ぎこちない動きで、ゆっくりと首を後ろに向けると、そこには恐ろしいほど冷たい視線を俺達に向け、腕組みしながら立っている松田さんがいた。


「り、璃亜りあちゃん……? な、何でここに……?」

「彼女が彼氏の家に来るとこに、何か問題でもあるの?」

「い、いや……特に問題ないです……」

「だよね。それよりもさ、私が入って来ても気が付かないくらい、盛り上がってみたいだけど、何してるのかな?」

「そ、それは……」


 おい、やめろ。こっちを見るな。俺に助けを求めるんじゃない。


「ちょっと、失礼」

「あ……」


 松田さんは、龍が持っていたDVDを手に取って、まじまじと見る。

 DVDを見ている松田さんの周りから、どんどんと温度が落ちていくのは、きっと気のせいではないだろう。真夏なのに何故か震えが止まらない。


「ふーん」

「あ、あの……璃亜ちゃん?」

「ちょっと黙ってて」

「はい……」


 松田さんはそう言うと、ポケットからスマホを取り出した。


「あ、もしもし? 音葉おとは? うん、私。悪いんだけどさ、今すぐ来てくれない。うん、早急に」


 あ……これはやばいかも……


「あ、あぁ……俺はそろそろ帰ろうかな……」

「桜木君」

「は、はい」

「大人しく、そこに座って」

「了解しました……」


 ですよねぇ……

 逃げられないですよねぇ……


 ――――

 ――


「へぇ……」


 程なくして龍の家にやって来た東城は、松田さんから、ある程度の事情を説明されてから、問題の品を渡された。それを見た東城は、松田さんと同じように、冷たい視線を向けられていた。


「ねぇ音葉。どうしよっか?」

「そうだねぇ」


 これが判決を待つ罪人の気持ちなんだろう。生きた心地がしない。


「とりあえず、1回死んでみる?」

「そんなとりあえずで、死にたくないっす!」


 笑顔で怖いこと言わないでくれよ。つか、1回死んだら、もうそこで終わりだからね。ド○ゴンボールみたいに、簡単に生き返ったりしないから。


「うーん。死にたくないって。どうする、璃亜?」

「我儘だなぁ」

「だよねぇ」


 死ぬのを拒否したら、我儘になるっておかしいくないか?

 え? てか、本気で死なせようとしていたの?


「じゃあせめて、死ぬのと同じくらいの罰が必要だね」

「何かいい案あるの?」

「にひひっ、いいこと思い付いたんだよねぇ」

「何それ。聞かせてよ」

「こういうのはどうかな?」


 ニヤリと不敵に笑った東城は、松田さんにゴニョニョと耳打ちする。


「なるほど。それは名案だね」

「だよね」

「でも、肝心のあれはどうするの?」

「あぁ、それは大丈夫だよ。こういうのには、大抵一緒に付いているもんだから」


 東城はそう言いながら、ダンボールの中をゴソゴソと漁る。

 何を探しているんだ?


「ほら、あったよ」

「ふーん。本当にあるんだね」

「んじゃ、早速やる?」

「もちろん」


 どうやら、判決が出たようだ。

 一体、俺達は何をやらされるんだろう?


「な、なぁ……アラタ?」

「何だよ?」

「俺達、大丈夫かな?」

「分からん……」


 少なくても、物理的に死ぬことは無いはずだ……多分……


「さて、桜木君に吉田君。一旦、寝てもらっていいかな?」

「お、おい……ちょっと待ってくれ東城。その手に持ってるのは何だ……?」

「スタンガンだけど」

「何でそんな物騒なもの持ってる!?」

「護身用護身用」


 護身用でスタンガン持ってるやつなんて、聞いたことないよ! しかもそれ、結構しっかりしてるやつじゃん!


「んじゃ、おやすみ〜」

「や、やめろ! うぎゃぁぁぁー!」


 ――――

 ――


「と、まぁ……そんなことがあったんですよ」


 東城にスタンガンで気絶させられた後、俺達が目を覚ますと、女物の下着のみ着せられて、公園の土管の中に捨てられていた。

 当然サイフやスマホ何かは無く、あったのは1枚のメモだけだった。そこに書かれていたのは、『その状態で帰って来れたら許してあげる』という、泣きたくなるくらい残酷な内容だった。


「なるほど。だいたい分かりました。とりあえず、一言だけいいですか?」

「どうぞ」

「最初っから最後まで、クズですね」


 返す言葉もございません。おっしゃる通りです。

 自分で話していて思ったけど、マジで俺らクズ過ぎる。とても、成人男性がする会話じゃない。


「はぁ……まぁともかく、一旦事実確認をするので、音葉に電話しますね」

「もしかして、信じてないの?」

「逆に聞きますが、あなたが私と同じ立場だったら信じますか?」

「無理ですね……」

「そういうことです」


 佐々木さんはそう言うと、スマホを取り出して電話をかける。


「あ、音葉? ちょっと、目の前にいるゴミについて聞きたいんだけど」


 うわ、今ゴミって言われた。しかも、ゴミのところをめっちゃ強調してたよ。

 あれ? おかしいな。涙だが出てきた……


「うん、分かった。んじゃ、また」


 通話を終えた佐々木さんは、俺達へ向き直る。相変わらず、視線は冷たいままだ。


「どうやら、嘘は言ってないみたいですね」

「はい。ありのままを話したので」

「ありのまま過ぎて、軽蔑しましたけどね」


 すいません! 本当にすいません!


「とりあえず、音葉も璃亜も許してくれるらしいです」

「本当ですか?」

「はい」

「よ、よかったぁ」

「助かった……」


 これで、この地獄から解放されるのか。本当に辛かった。人生で1番辛かった。

 ん? いや、待てよ。結局のところ、俺達のこの格好はどうすればいいんだ?


「あ、あの……佐々木さん」

「あぁ大丈夫です。分かってますから。服ですよね?」

「はい」

「私が今から、適当に着るもの買ってきます。その間2人は、誰にも見つからないように、そこのゴミ箱にでも入っていて下さい」


 そこのゴミ箱って、ついさっき俺らが入ってたやつだよな。

 え? 何で? 何でまたゴミ箱に入らないといけないの?


「えっと……」

「何ですか? ゴミはゴミらしく、ゴミ箱に入って下さい」

「そんなゴミゴミ言わなくても、よくないっすか?」

「そうっすよ」

「黙りなさい。今のあなた達は、産業廃棄物より下です」


 あぁ……そっか。俺らってもう、人間ですらないのか……


「では、行ってきますので、早くゴミ箱へ」

「「……はい」」


 俺達は大人しくゴミ箱の中へと入り、佐々木さんの帰りを待った。

 その後、佐々木さんが買ってきてくれたジャージに着替え、龍の家に帰った。

 因みお宝は、1つ残らず処分することになった。エロ本はシュレッダーにかけられ、DVDは1枚1枚へし折られた。最後には、無惨にもボロボロになったお宝は、まとめて火にかけられて灰になった。

 さらば……俺達のお宝よ。一瞬でもお前たちに出会えてよかったよ。

 どうかあの世で、男達を楽しませてくれ。

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