11 犯行動機

「……ッ!?」


 それを聞いて声にならない声を上げたレイアは、ぎこちなく八尋に視線を向けて呟く。


「や、八尋……もしかして記憶が消える前の私、とんでもない事をやってたんじゃ……」


「いや違います! あなたはその計画とは無関係です!」


「え、私無関係なのか!? 良かったぁッ!」


「いや待て待て! 確かに無関係なら一安心だけど、だったらなんでレイアの事襲ってんだよ。意味分かんねえじゃねえか」


「確かに……その計画の関係者じゃないならなんで私は狙われたのだ?」


「……単刀直入に言えば、あなたは特殊な体質をしている。そしてその計画を止める為にはあなたの致死量相当の血液が必要だった。これがあなたを襲った理由です」


「致死量の血液……確かに私の体は色々とおかしいが、そんなものでどうやって……」


「ああ、そういう事か」


 レイアはイマイチピンと来ていないようだが、最低限の知識と経験がある八尋は察せた。


「八尋は分かったのか?」


「魔術の中には発動させるのに決まった何かが必要になってくる物もある。今回の場合、それがレイアの特異体質特有の血液だったっていう事だろ」


「成程、流石八尋」


「誉めるような事じゃねえよ別に……で、大体こんな感じか?」


「ええ、まさにその通りです」


「ではつまりこういう事か」


 レイアがこの話から辿り着いた一つの憶測を口にする。


「あなたは私の血が必要で深手を負わせた際、何かの魔術を使って私は逃げた。で、逃げた先が八尋の家で……それで殺人現場みたいになっていたという訳だ。それであの男から助けた時に、私がピンピンしている事に対して気が動転して逃げた。そういう事だな」


 レイアは自身有り気に言うが、女はそれに頷かない。

 代わりに女は口元に手を添え何かを考えるように黙り込み、やがて静かに言う。


「申し訳ないですが、それは違います」


「ち、違うのか?」


「ええ、残念ながら。もしそれをやったのが私なら、先の戦いの決着も変わっていたでしょう」


「……確かに」


 少なくともレイアを虫の息に追い込む事ができるような人間だったら、きっとレイアを連れ出す時間も路地裏で会話をする時間も生まれず、八尋も容赦なく殺されていただろう。

 それに恐らく今よりも強いであろう記憶が消える前のレイアが、目の前の女に負ける可能性もとても低いように思えてくる。


 そう考えれば目の前の女が殺人未遂の犯人という可能性は大きく下がる筈だ……だとすれば。


「じゃあ……一体誰があんな事を──」


「考えたくはありませんが、私が相手にしている魔術結社の連中かもしれません」


 深刻そうな表情と声音でそう言う女に八尋は問い掛ける。


「それは計画を止められないようにする為って事か?」


「もし犯人が連中だとすればそうでしょう。実行するのが私でなくても、レイアさんさえ確保できれば形勢は逆転できる……だとしたらその芽は潰しておくべきだと思いますから。まあ色々と疑問は残りますが」


「疑問?」


「どうして連中がレイアさんを見付けられたのかという話です」


「それは、あなたが私を見付けたのと同じようなやり方ではないのか?」


「私の場合は本当に偶然なんです」


「偶然?」


「この辺、私の地元なんです。連中の計画を止められないと悟った私は、せめて実家の両親だけでも遠くへ逃がそうとこの町に戻ってきました。そしたら……偶然レイアさんと出会った」


「……成程、それであなたはあそこまでやつれていたのか」


 女の話を全て信じるなら、何かしらの計画を止める為に戦っていた訳で、そうした一件に関わっている事やそこから逃げ出すような精神的負荷を考えれば色々と納得できる。


「とにかく、私がレイアさんを見付けられたのは本当にただの偶然なんです。そして連中にもほぼ同程度の手段しか取れない筈」


「何でそう言えるんだよ」


「既に探して見付けられなかったから、とでも言っておきましょうか」


「事前に芽を摘もうと動いていたって事か」


 人間一人の命で簡単に計画が覆ってしまうのなら、計画が大きければ大きい程リスクヘッジには念を入れるだろうし、それが百万人単位の人間に影響を与える程の物なら尚更だ。

 だが女は八尋の言葉を根本から否定する。


「いえ。連中が使っている魔術を使うのに本来レイアさんに流れているような血液が必要なんです。だから何度も血眼になって探していた筈」


「私の血はそんなに色々な事に使えるのか……なんか物騒で嫌だな」


「そうでも無いですよ。私が発動させたかった魔術も連中の物と同じなんです……言ってしまえば化物には化物をぶつけろとでも言えば良いんでしょうか。そんな感じです」


「……ああ、そういう事か」


 女がやろうとしていた事を察してそう呟いた所で、大きな疑問点が湧き上がってくる。


「いや、そもそも向うの魔術結社がレイアを見付けられなかったんなら、その時点で計画は破綻しているんじゃないのかよ」


「確かに。そして血眼になって私を探していたが見付けられなかったという事は、私と同じような条件の誰かも見付けられなかったのだろう?」


「だから連中は特殊な血を求める事を止め、プランBに乗り出しました。そっちは条件が緩くて……ある程度決まった血液を持つ人間を数百人程度用意すれば事が済みます。そして連中はそれを済ませ、そうならない為に動いていた私は失敗して逃げ出した」


「「……ッ!?」」


 そう言われてレイアと共に声にならない声を上げた。

 女は軽くそんな事を言うが、それは既に数百人単位で死人が出ているという事になる。

 そしてそれを聞いて、やや震えた声でレイアは言う。


「そんなに大勢の人の命を犠牲にして……その魔術結社は何をしようとしているのだ?」


「世界征服。そんな冗談の様な事を連中は企んでいます」


「……マジかよ」


 そして冗談に思えるような事も、案外実現は不可能ではない。

 それこそ特定の条件の人間数百人を生贄にして発動させるような超大規模の魔術だ。

 それ相応の大きな力を得られるだろう。

 そしてそれ程の力が既に、そういう思想の連中の手にある。

 既に……現在進行形で。


(……いや、ちょっと待て。これって)


 女からは現状本当に断片的な情報しか聞けていないが、それでも自分は同じ条件のレイアよりも深くこの一件について把握しているような気がする。

 そして一方のレイアは慌てたように女に言う。


「だ、だったらあなたは諦めて良かったのか!?」


「さっき言った通りです。実力的にも精神的にも、私にはあなたを殺す事が出来なかった」


 改めてそう語る女に、レイアは荒い呼吸を整えるように間を空けてから言った。


「でも……わ、わた……私一人の命で……大勢の人が助かるなら……」


「いや、ちょっと待てレイア!」


 とんでもない事を言い始めたので止めに入る。レイアなら本当にやりかねない。


「で、でも八尋!」


「でもじゃねえよ馬鹿、絶対にさせねえぞそんな事」


 そう言って止めた上で……レイアが止まっても良くなるように言葉を紡ぐ。


「それに……多分お前が犠牲にならなくても、その計画は止まる筈だ」


「ど、どういう事だ八尋!?」


「く、詳しく教えて貰っても良いですか!?」


 八尋の言葉にレイアと一緒に食い付いた女に対して問いかける。


「まず一つ質問に答えてくれ……その連中の根城は何処だ」


「……大阪です」


 ビンゴだ。それを聞けてこの一件が最低限綺麗な決着が付きそうで安堵する。


「多分その根城に今、アンタがカチコんできた事務所の主がカチコんでる」


 少なく見積もって国家転覆、最悪世界征服もあり得る程の案件などそうある物では無く、ましてやそれが同時期に同じ場所でなんて事は考えにくい。

 そして元より烏丸は行方不明になった人を探していてあの一件に辿り着いたらしいのだから。


 つまりはその人が何百人の内の一人だったのだろう。

 とにかく、女の言う魔術結社は烏丸の追っている一件と類似性が高い。

 そして八尋の言葉を聞いて、女が血相を変えて言う。


「ちょっと待ってください! 烏丸さんが動いているんですか!?」


「……すげえなアンタ。やっぱあそこがどういう場所か分かっててカチコんで来たのかよ」


「同業者なら知らない人なんていませんよ。伝説中の伝説ですし……ですが」


 それでも女は依頼人としてではなく、襲撃者として現れた。


「烏丸さんの力を持ってしても連中にはきっと敵わない。だから私はあの事務所に押し入ったんです。烏丸さんは多分レイアさんを犠牲にするなんて選択は取らないでしょうから」


 その行動は烏丸でもその魔術結社に太刀打ちできないという仮定を前提としている。

 それだけ、きっと自分が思っている以上に強力な魔術を連中が使うのだろう。

 だとしても。具体的な根拠は出せなくても。


「まあ大丈夫だよ烏丸さんなら」


「大丈夫じゃない! 今すぐ呼び戻して! あの人は無駄死にして良いような人じゃ──」


「大丈夫。あの人は最強だから」


 改めてそう言い切ると、それ以上食い下がってくる事は無かった。

 流石に諦めたのか、それともこちらの意思が伝わってくれたのかは分からないけれど。

 とにかく、大本の問題を烏丸が潰してくれる事が分かった今、自分達がやるべき事は一つだ。


「……とにかく、一回事務所に帰ろう。大本の問題は解決したも同然だけど、レイアを半殺しにした犯人については何の対策も取れていないんだ。だったらこういう話をするにしても事務所でやった方が良いと思う」


 目の前の女が犯人では無かった以上、これまでの推測が当たっているか否かに関わらず、今も何処かに犯人は潜んでいる訳で。

 だとすれば対策は講じなければならない。


「その方が多少なりとも安全な筈だ」


 女の様なイレギュラーの前では無力だったし、そもそも既に烏丸と争っている勢力が相手なら効力は薄いかもしれないが、それでも烏丸の事務所が今の自分達が身を置く場所として選択できる中で最も安全であるという事に変わりはない。


 それに事務所に戻る事で、烏丸にこちらの無事を伝える事もできる。

 先程烏丸は八尋がレイアを連れて事務所に戻ってきたことを感知していた。つまりあの場に女が強襲してきて三人の反応が無くなっている事も伝わっている筈だ。多分心配を掛けている。


 だから今自分達が事務所に戻る事によって、八尋と八尋が連れてきた女の子が無事であるという情報が烏丸へと伝わる筈だ。

 何故か襲撃者の反応までが復活しているという混乱も生まれるかもしれないけれど、とにかく伝えられるなら自分達の安否は伝えておくべきだ。


「そうだな。ではそうしようか」


「意図している事は大体理解できました。私が言うと信憑性が落ちる気はしますが、確かにその方が良いのかもしれません」


「決まりだな。なら善は急げだ。さっさと戻ろう」


 そんなやり取りを交わして、八尋達は一旦話を打ち切り事務所へと戻ることにした。

 移動中に新たな襲撃に合わないようにと願いながら。

 ついでに八尋個人の話で言えば、今のレイアに抱えられたままという少々情けない状態を誰かに見られませんようにと祈りながら。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る