12 報告

 幸いなことに道中で新たな襲撃を受ける事は無く、八尋達は烏丸の事務所へと戻ってきた。


「ところで篠原さんは治癒魔術を使えるのか? もし使えるなら八尋を治療して欲しいのだが」


 八尋をソファに寝かせながら、レイアは移動中に篠原早紀と名乗った女にそう尋ねる。


「一応できない事は無いですが、あまり得意ではありません。魔力が枯渇するまで続けたとしても精々応急処置程度しか……いや、でもやります。やれるだけ」


「いや、ちょっと待ってくれ。別にいい。アンタが俺の事を治療してくれるような味方なんだとしたら、もっと魔力を有効活用してくれねえか。俺に応急処置施して動けるようになっても戦力にはならねえけど、アンタはまだ普通に戦えるだろ」


「いや、しかし……」


「いいから。俺の事は後回しでも良い。死ぬような怪我負ってる訳じゃねえし」


 もし烏丸が帰って来るまでにもう一悶着あった場合、篠原が動ける方がレイアの生存確率が上がる。だとすれば優先すべきは八尋の治療よりも戦力の確保だ。


「いや、良い訳無いだろう。まともに起き上がれない程の大怪我だぞ」


「心配してくれてんのは嬉しいけど、もし敵来たらどうすんだよ。レイアが滅茶苦茶強いのは分かってるけど、相手は記憶無くなる前のレイアを半殺しにしてんだから。戦力はいるだろ」


「それはそうだが……いや、でも……でもなぁ」


「とりあえず俺は大丈夫だ。明日烏丸さんが帰ってきたらなんとかしてもらうよ」


「そ、そうか……だが何か体に異常があれば言うんだぞ! 絶対だぞ」


「了解」


 八尋がそのつもりも無くそう答えたその時だった。事務所に置かれた固定電話が鳴り響く。


「悪いレイア。そこの電話の子機取って貰えるか?」


「ん? ああ」


 レイアに頼んで固定電話の子機を受け取り番号を確認する。

 大体予想はしていたが、この番号は烏丸のスマホだ。

 八尋のスマホは先の戦闘で壊れており、だからこちらに掛けてきたのだろう。

 八尋はそれを確認してから通話ボタンを押す。


「もしもし?」


『八尋君か。単刀直入に聞くけど、そっちは大丈夫かい?』


「ええ。一応現時点では」


『それは言わされている訳ではないんだね?』


「大丈夫です。多分烏丸さんからすれば滅茶苦茶不可解な状況になっているとは思いますけど……一応俺も匿っていた女の子も無事です」


 と、そこまで言った所で篠原から、向こうの事を聞いてくれというような圧を感じた。

 気になって気になって仕方が無いのだろう。八尋も気にはなるので尋ねてみる。


「ところで野暮かもしれませんけど、そっちはどんな感じですか?」


『終わったよ。残っているのは事後処理といったところ。そういうタイミングでキミと匿っていた女の子と、反応が消える前に事務所に入って来た第三者が戻ってきたのを感じた。そちらの都合が良ければ、一旦何が起きたか詳細を教えてくれないかい? そっちの状況は僕が思っている以上に複雑な事になっていそうだ』


「分かりました。あ、でもちょっと待ってください」


 烏丸にそう断って篠原に言う。


「烏丸さん、後は事後処理だけだってよ。つまりアンタの抱えている一件が烏丸さんのと同じなら、俺が言った通り解決してる」


「本当ですか!?」


「烏丸さんがそう言うんだったらそういう事だろ」


 このまま烏丸にこちらの状況を伝え始める前に、その事位は言っておかなければならないと思った。それだけ篠原は気が気ではないという風な様子だったから。

 そしてそれを聞いて少し安堵する表情を浮かべる篠原と、同じように深く安堵する様子を見せたレイアを見ながら、再び烏丸に言う。


「すみません。どうしてもそっちの件の進捗を伝えないといけない相手がいたもので」


『複雑な事になっているとは思ったけど、多分思っている以上なんて生易しい事じゃないらしいね。まあ良い。八尋君のペースで話せる事を話してくれ』


「じゃあ簡潔に」


 そしてここまでの事を簡潔に頭の中で纏めて烏丸に伝える。


「烏丸さんも知っての通り事務所を襲撃されたんですけど、匿っていた記憶喪失の女の子が覚醒して撃退しました。で、撃退してから話を聞いたら、襲撃者はどうも烏丸さんと同じ連中を相手にしていたみたいで……その敵を倒す為の魔術を発動させる為に匿っていた子……ああ、レイアって言うんですけど、その子を殺そうとしていた事が分かりました。なんか致死量の血液が必要だとかどうとか。で、最終的にレイアがその女と一応和解した感じで、今事務所です」


『なるほど、大体理解した……色々と聞きたい事はあるけどね。でも大丈夫なのかい? そんな相手と本当に和解なんてできたのか?』


「……レイアの人を見る目を信用したいと思います」


 八尋だけなら篠原を信用などしていないだろう。できる訳が無い。

 ここまで事が運んでいるのもレイアが信用したからだ。


『危機管理に関して敏感なキミが、会ったばかりの女の子に任せる、か。凄いんだなその子』


「ええ、レイアは凄い奴ですよほんと」


 これまでの事を思い出しながらしみじみそう答えていると、レイアが言う。


「八尋。会話の腰を折るようで悪いが、ちょっとだけ電話変われるか?」


「え、いいけど……あ、烏丸さん、レイアがちょっとだけ変わって欲しいみたいなんで、電話変わっていいですか?」


『ああ、別に構わないよ』


「ありがとうございます。ほら、レイア」


 烏丸にそう断ってレイアに子機を手渡す。一体何を言うつもりなのだろうか?


「もしもし、レイアと言います。会話の腰を折る様な真似をして済まないが、でもどうしても言っておきたい事があって……」


 烏丸さんにもそう断りを入れた後、おそらく烏丸さんからの返答を待ってからレイアは言う。


「さっきの八尋の説明だと私がうまくやって解決したみたいにしか聞こえないと思うのだが、実際は八尋が凄く頑張ってくれた先でちょっとうまくやれただけで……とにかく、私は八尋に助けて貰った。ただそれだけ言っておきたくて」


「お、おい、レイア……お前なんで態々そんな事……」


「だってお前全然自分の事を良く言わないじゃないか!」


「良いんだよ態々言わなくて!」


「言い訳があるか! もうちょっと胸を張れお前は! それだけの事をやってた!」


 そう言ってレイアは八尋に子機を差し出す。


「ほら、私の言いたい事は大体言った。これは返す」


「他に言いたい事とか聞きたい事とか無いのかよ」


「結局の所私は何も分からないからな。私が色々聞くより八尋や篠原さんが話した方がいい」


「……まあそりゃそうかもしれねえけど」


 となれば本当にあんな事を言う為だけに変わった訳だ。正直な話、嬉しくない訳じゃないけど。嬉しくない訳が無いけど……とにかく、レイアから子機を受け取って烏丸との通話に戻る。


「もしもし」


『いやぁ、いい子じゃないか。態々あそこまで言ってくれるなんて。中々無いよそんな事』


「ええ、まあそうですよね」


『それにしてもイチャ付きやがって。青春だねぇ』


「どう聞いたらさっきのがそう聞こえるんですか」


『結構そういう風に聞こえると思うけど。いや、結構というか間違いなくそんな感じだろう』


「……」


 否定しておいてなんだが、何となく分かる気がするしちょっと恥ずかしい。

 そして少し黙ってしまった八尋に対して烏丸が言う。


『さて、ちょっと話を戻そうか。僕からすればまだキミにお疲れ様と言って良いのかどうかも分からない訳だからね……それで、今もそこに居る襲撃者と和解した事で、レイアさんの問題は一先ず解決したのかい?』


「……いや、まだです。ちょっと面倒な事になってまして……」


『面倒な事?』


「事務所襲撃された件と、最初にレイアが死にかけていた件、どうもこれ別件みたいで」


『別件?』


「襲撃者の女は俺達が事務所向かう時に偶然レイアを見付けたから、覚悟決めた後犯行に及んだ感じみたいで。じゃあレイアを半殺しにした犯人は誰か。今どこに居るのかって感じで……」


『手掛かりみたいなものは?』


「無いに等しいですね。一応烏丸さんが戦っていた相手が、邪魔になるレイアを消そうとしたって仮説は俺達の中で立っていたんですけど」


 あの路地裏で、烏丸が戦っていた連中が計画の邪魔になるレイアを消す為に犯行に及んだ可能性を篠原は口にしていたが、それに対する答えは八尋の中でもう出ている。


「それは多分間違ってます。偶然に偶然を重ねた上で、向こうがよっぽどの無能でもない限りは成立しない」


 話が逸れる前に言っていた通り、連中も偶然でなければレイアを見付けられない。

 だが一度会敵してあそこまでの致命傷を負わせられたなら、おそらくそういう血を持つ人間という大雑把な探し方は出来なくても、戦っていたレイアという一個人を探す事はできる筈で。

 だとしたらまだ襲撃が無いのが不自然すぎる。


『そうだね。少なくとも連中は血を媒体にした魔術を主に使う連中だ。キミがレイアちゃんと出会った時、彼女は血塗れだったのだろう? だとすれば向うにも血痕が残っていて、ましてやキミ達の方はそういう術式を阻害する対策も取れていない。だとすれば辿れるさ……辿ってキミ達の元へ到達している。少なくとも連中が犯人という説は薄い』


「だとしたら本当に手掛かりも何も無い状態です」


『そうなるね。本当に別件の可能性が高いという訳だ』


 短期間、ほぼ同時期に全く違う事件に巻き込まれている。

 記憶を失う前のレイアも言っていたが、本当に理不尽だとは思う。


『……だけどさっき電話した時よりは幾分もマシな状況にはなっていると思うよ』


「なっていますかね?」


『なっているさ。キミがその子を保護してから随分時間が経っているが未だ襲撃は無い。つまり無防備なレイアちゃんを見付ける術を持たない程度の連中が相手なのか、見付けても僕の関係者であるキミに保護されている事で手が出せなくなっているのか。そのどちらかの可能性が時間経過と共に上がっていく。まあ今回の様なイレギュラーの可能性も否定できないけどね』


 とにかく、と一拍空けてから烏丸は言う。


『まだ気は抜けないし気が早いかもしれないけど、ひとまず山場を乗り切ったという事でお疲れ様とでも言っておこうかな』


「そんな言葉を掛けて貰えるほど、大した事はやってないですよ」


『やったんだろう。逃げろと言っておいたのに。いい加減認めないと、その子に怒られるぞ』


 言われながらレイアに視線を向けると、少し不機嫌そうにむすっとした表情を浮かべている。


「そうですね。えーっと……少し、頑張りました」


『ああ。その辺りの頑張りの詳細は帰ってからまた聞くよ。だから最後まで気は抜くな』


 そういう烏丸は、何かあったら今度こそ一人で逃げろとはもう言わなかった。

 周りにレイア達が居て聞かれるリスクの事を考えたのか、はたまた別の理由か。それは分からないけれど。


『そうだ。一応そこに居る襲撃者の女とやらとも変われるかい? 本当に僕の関わった一件の関係者なのかという事も含めて、彼女からも聞かなければならない事がある』


「分かりました……烏丸さんがアンタと変わってくれだってさ」


「は、はい!」


 そして篠原が電話を替わる。

 具体的にどういう事を話していたのかは、良く分からない所もあったけど、会話を聞く限り予想通り烏丸の関わっていた一件の関係者である事は間違いなさそうで、そして何を言われているのかは知らないけど、通話する篠原が生まれたての小鹿の様に震えていた事から、多分この人がもう一度こちらの敵に回る事は無いんだろうなと、そう思った。


「なあ、これ止めた方が良くないか?」


「いや、烏丸さんに任せとこう……気持ちは分かるけど」


 レイアの言葉に賛同しそうになる位には怯えまくってる。見ていて可哀想だ。

 そしてしばらく、八尋やレイアには理解できない専門用語を交えながら会話が交わされ、やがて泣きそうな表情の篠原から、震えた声で子機を渡される。


「あの、とりあえずこちらの話は終わりましたんで……」


「えーっと……大丈夫か?」


「だ、大丈夫です……」


 絶対大丈夫ではないと、少し同情しながら烏丸の言葉に耳を傾ける。


『八尋君。とりあえずキミの言う通り、彼女は僕の関わっていた一件の関係者だったよ。それが確定したのは大きい。でなければ僕が関わっていた一件以外に同規模の事件が発生していた事になるからね……そうなれば僕は此処を動けなかった』


「そうですよね」


 可能性があまりにも薄くて考えてはいなかったが、その薄い可能性が現実になってしまった場合、烏丸信二という男はその事件を解決しようとするだろう。

 だからあらゆる意味で、別に大きな事件が起きていなくて良かったと言える。


『ああ、あと彼女にはボクが帰るまでキミ達の事をお願いしておいた。有事の時に頼りになるかどうかは分からないけど、彼女が裏切る事は多分無いだろう……そういう声音をしていた』



「ええ、まあ……そうですね」


 元々味方はしてくれそうな感じだったけど、その上で更に烏丸さんに逃げ道を塞がれたような。そんな感じをレイアに慰められている半泣きの篠原を見て思う。

 ……一体どんなやり取りをしていたのかは、怖くて聞けなかった。


『まあそんな訳だ。キミも無理をするな。それじゃあ』


「はい、お疲れ様です」


 そうして通話は終了する。

 最後まで、今回の烏丸は八尋に逃げろとは言わなかった。

 改めてその事を不思議に思いながら、篠原に言う。


「そんな訳で烏丸さんが戻ってくるまでは此処で籠城って感じになるけど……アンタもそれで良いんだよな」


「良いというか、それ以外の選択肢が無いといいますか……」


「なあ本当に何を言われたんだ。ちょっと怯えすぎだろう。無理しなくて良いからな。この辺地元なのだろう? 実家の方に帰っても良いんだからな? というかほんと……ほんと何言ったらこんな事になるんだ。なあ八尋、これ私が何か言える立場じゃ無いのは重々承知なのだが、烏丸さんに抗議しても良いんじゃないかなぁ!?」


「いえ、悪いのは私なので。あくまで言われて当然の事を言われただけですよ。それに……烏丸さんに何を言われようと、私のやる事は変わりません」


 そう言って涙を拭ってから、軽く拳を握る。


「私は私のやった事の責任を取らなければなりません。それに……こんなに優しい子の命を狙う輩は絶対に倒さなければなりません。絶対に許せない」


「「……」」


「……ッ!」


 途中で自分がとんでもないブーメランを投げている事に気付いてか、両手で顔を覆う。

 実は結構面白い人なのかもしれない。できる事ならもう少しまともな出会い方をしたかった。

 まあ今自分の周囲に居る人間は、誰一人としてまともな出会い方などしていないのだけれど。

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