10 戦いの後

 それから暫くして、レイアは襲撃者の女を担いで戻ってきた。

 その様子を見れば勝敗を理解するのは容易い。レイアが勝ったのだ。


「大丈夫かレイア……怪我とかは……?」


「私が向かった時にはこの人はもう意識を失っていた。そこから怪我などしようがないよ」


「……そっか」


「八尋は……大丈夫そうじゃないな」


「大丈夫……って言っても絶対バレるから認めるわ。全然大丈夫じゃねえ」


「すまん、戦えるようになった勢いで治癒魔術も使えるようになっていれば良かったのだが」


「レイアが謝るような事じゃねえだろ。とにかく死んでねえからセーフだ」


 大怪我ではあるが大量出血のように早急に適切な処置をしなければ死に至るような状態ではおそらくない。だからこの話はこれで一旦終わりにするべきで、それより話すべき事がある。


「それでソイツは……生きてるんだよな?」


 自分の体の事なんかより、それが気掛かりだった。

 この女にも色々と事情があるだろうからといった理由ではなく、もっと別の理由で。

 そしてレイアは担いでいた女を地面に下ろしてから言う。


「私もこんな馬鹿みたいな力で思いっきり殴ったからもしかしたらって正直冷汗をかいてしまったのだが、大丈夫。意識を失っているだけだ」


「そっか」

 ほっとしてそう呟くとレイアは微かに笑みを浮かべて言う。


「なんだ。そんなにボロボロにされたのにこの人の心配をしていたのか?」


「いや、そういう訳じゃねえ」


 レイアの前で綺麗事を語った所で見抜かれてしまう気がしたから素直に答えておく。


「俺にはそこまで配慮できねえ。理由はどうあれお前の命は狙われて俺もこんな有様だからな。相手にそこまで配慮はできねえよ……だけどお前は違うだろ。ちゃんと何かを抱えているこの人が死んでいなかった事に安堵してる。俺はただ……レイアみたいな奴がそういう人を殺していなかった事に安堵してるんだ」


「それでも結局人の事で安堵している事には変わりはない。やっぱり凄いよお前は」


「んな事ねえって。他人相手じゃここまで考えられねえ。お前の事だから自分の事と同じかそれ以上に考えられた。ただそれだけだよ」


「そ、そうか……」


「ああ」


「……八尋、お前中々恥ずかしい事を言っている自覚はあるか?」


「え、いや…………うわぁ」


 深く考えずに話していたが、言われてみれば本人前にして言うには結構恥ずかしい事を口にしている気がして、思わず視線を反らす。


 だけどこうなるに至った理由を辿ればレイアが掛けてくれた言葉に辿り着く訳で。


「……お、お前も人の事言えなくね?」


 あんなに真剣にかっこ良かったとか言ってくれた訳で。


「ん? 私は特に…………うわぁ」


 記憶を辿り自分の発言を思い出したのか、顔を赤らめて視線を反らすレイア。

 そしてお互いが視線を反らし続けた所で、静かな空気に耐えきれなくなり八尋が切り出す。


「とりあえず……これからどうするか、少し考えるか」


「……そうだな。そうしよう」


 そうして互いに気持ちを切り替え、これからの事に思考を巡らせる。


「まずはこの人をどうするかだな」


「理想を言えば魔術や魔具で拘束するべきなんだけど、知っての通り俺は強化魔術しか使えないし、烏丸さんに用意して貰った札にもそういう効果の奴はねえ。レイアはどうだ?」


「私か?」


「俺の見立てが正しければお前は素人じゃねえ。多分元から魔術師だった筈だ。だったら戦い方とかを思い出したついでにそういう魔術も使えるようになってねえかなって思って」


「残念ながらそううまくはいかんさ。別に何かを思い出した訳ではない。あくまで今新しく覚えた魔術を直感でうまく使えているだけだ。うまく戦えたのも体が覚えているだけって感じで。だから知識としては八尋から教わった事以上の物は持ち合わせていない」


「そうか……まあそうだろうな」


 ダメ元。あくまで思い出していたらいいなと思っただけだ。

 と、そこでレイアが何か思い付いたように手の平に拳をポンと打ち付ける。


「そうだ。さっきまで居た事務所になら拘束する為の魔具とやらもあるのではないか? そしたらほら、今の私は魔術を使えるから起動できるだろ」


「あるにはあるだろうけど、どの魔具がそういう効力を持ってるかなんてのは烏丸さんじゃないと分からねえからな。適当に触って大爆発でもしたら大変な事になる」


「ならその案は却下だな……じゃあ原始的な手段ではあるが、どこかでロープでも調達してきて手足を縛ってみるか?」


「……その程度なら私程度の魔術師の強化魔術でも引きちぎれると思うので、今後同じような機会があってもその選択はしない方がいいですよ」


「「ッ!?」」


 突然襲撃者の女の声が聞こえて二人して声にならない声を挙げた直後、レイアは一瞬で八尋の体を抱えて女から距離を取り、対する女はゆっくりと立ち上がり……そして両手を挙げた。


「……警戒しなくても大丈夫、なんて言うのは無理があるのは分かってます。だけど……信じてもらえるかは分かりませんけど、私はもうあなた達と戦うつもりはありません」


「……どういう心代わりだよ。アンタの言葉を信用すんなら、そっちにも引けねえ理由があるんじゃねえのか? なのに今更戦うつもりが無いって……」


 自分を押し殺すようにこういう行動に乗り出している以上、そこには強い覚悟があった筈で。

 それ故にこれ以上何もしないという言葉を信じるのは難しくて。

 おそらく実力で上回れたレイアの隙を作るために嘘を言っている可能性が高いように思える。


 だけど警戒する八尋にレイアは言う。


「大丈夫だ八尋。この人は嘘をついてなんかいない」


「一応聞くけど根拠は?」


「直感だよ。この人は嘘を吐いてなんかいない。戦う気はもう失せている。そう思うんだ」


「直感って……まあ、お前がそう言うなら……それでいいか」


 一瞬躊躇いはしたが、レイアの直感に乗る事にした。

 冷静に考えれば間違った選択肢のように思えるけれど、レイアがそう言ったのならあまり強く止める事は出来ない。できる限り尊重しなければならないと思う。

 自分でも気づけなかった志条八尋という人間の一面を、レイアは見付け出してくれた。

 それだけで判断するにはサンプルが少ないのは百も承知だが、それでもレイアには自分よりも圧倒的な程に人を見る力が養われているのではないかと思ったから。

 レイアの意見を差し置いて自分の我を通す気は湧いてこなかった。


「ただ一応警戒は解くなよ」


「分かってる。そこまで馬鹿じゃないさ」


 そう言ったレイアは一拍空けてから女に問いかける。


「そういう訳で一応信用させて貰う訳だが……どうして止まってくれたんだ?」


「単純に私程度じゃあなたに勝てませんし……それに、そうじゃなくても私にはあなたを殺せないって思いましたから」


 確かにレイアが戦えるようになった後も、結局襲撃者の女は鞘で殴るという戦い方を選んだ。

 つまり言葉の通り、殺すような攻撃を放つ勇気が最後まで出なかったのだろう。


「そうか……確かに攻撃そのものに強い迷いを感じたし、何より事務所で刀を抜いていた時も一向に切りかかってこなかったからな。まあ納得の理由だ」


 そしてそれを聞けて納得できれば、次に聞くのは当然この事になる。


「それで早速本題なのだが、なんであなたは私を殺そうとしたんだ」


「……止めなければならない計画があったんです」


「計画?」


「はい。このままだと何百万という罪の無い人々の命が脅かされる、そういう計画です」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る