宝くじ買って777億円当たったら殺し屋が家に来た話

神崎 ひなた

やったぜ。(やってない)

 死神だの疫病神だの、散々な言われようをしてきた人生にもようやく転機が訪れた。なんと気まぐれに買った宝くじが一等に当選し、777億円も手に入ったのだ。やったぜ! これで一生遊んで暮らせる! と思ったのも束の間、うっかり泥酔してSNSで全く同じセリフを呟いてしまい、元同級生、元同僚、元カノ、両親、色んな人間から「金くれ」と言われる日々が始まった。


「ハァハァハァハァ、どうしてこんなことに……」


 俺は泣きながらSNSをやめた。電話番号も変えた。これでようやく安寧の日々が訪れるとホッと胸を撫でおろしながらグッスリと眠った次の朝。俺はチャイムの嵐によって叩き起こされた。時計を見るとまだ7時である。もう仕事を辞めたというのに、こんな早朝から叩き起こされる筋合いはない。文句の一つでも言ってやろうと寝巻のまま玄関に出た俺を迎えたのは、いやに背の高い中年男性だった。身長はざっと二メートルあるだろう。全身を覆い隠す黒いコートや中折れ帽はすっかりくたびれている。一度見たら二度と忘れないであろう、不吉な人相をした男だった。


「初めまして、トリガー7と申します」


 丁寧な自己紹介だったので、俺は反射的に「はぁ、どうも。こんな朝っぱらから一体なんの用でしょう」と模範的に返答してしまう。男は答えた。


「こんな早朝からお邪魔したのは……貴殿の命と777億円に用事がありましてねェェェェェェッッッ!! ヒヒィーーーーーッッッ!!」


「クソッ、油断した! 金目当ての殺し屋か!」


 殺し屋は既にリボルバーらしき二丁拳銃を構えており臨戦態勢! 銃口はすでに俺の胴体へ向けられていた!


「させるか!! 金的直撃キック!!」


「オゴッハァーーーーーッッッ!!!!????」


「よし今のうちだぜ」


 俺は非常用のカバンを背負って(こんなこともあろうかと通帳や印鑑も入れている)、急いで玄関から飛び出した。殺し屋と遭遇した場合に取るべき行動として何が正解かイマイチよく分からないが、とにかく今は逃げることだけを考えよう。まぁ、なんとかなるさ。


「ハァハァハァハァハァハァハァハァ、一体どうしてこんなことに……」


 早朝の街を駆け抜けながら、俺は泣いた。一体どうしてこんなことになってしまったのか? きっかけはSNSだ。全部SNSが悪い。もしこれを見ている人がいるのなら俺が言いたいことは一つ。今すぐにSNSをやめよう。それだけだ。


「逃げても無駄ですよォォォォォォォッッッ!!」


「げっ、もう追いつかれた!?」


「殺し屋のフィジカルを舐めてもらっちゃ困りますねェェェェェェ!」


 俺は強引に首根っこを掴まれ、そのまま地面へ勢いよく叩き付けられた!


「ガハーーーッッ!!??」


 全身に感じたことのない衝撃! 視界が真っ白に染まり意識が混濁する……!

 次に目を覚ましたとき、俺は人気のない倉庫らしきところで椅子に縛り付けられていた!


「クッ、絶体絶命だぜ」


「ようやくお目覚めですか。では、手短に済ませましょう」


 殺し屋は俺の通帳を見せながら、リボルバーの銃口を突き付けて言った。


「暗証番号を教えてください」


「嫌だと言ったら?」


「気が変わるまでお付き合いしますよォォォォォォォ!!」


「ガハーーーッッ!!??」


 リボルバーを握ったままの手で思いっきり腹を殴られる! 痛い! 俺は五メートルくらい吹っ飛ばされて地面に転がった! 


「貴殿の気が変わるまで、少し昔話でもしましょうか」


「すいません気が変わりました、喋ります」


「例えばなぜそれがしがトリガー7と呼ばれる殺し屋になったのか、その理由を……」


「おい人の話を聞け。降参だって言ってるの」


「リボルバーの装填数は世界的に6発と決まっていることをご存じですか? しかしそれがしの愛銃は7発、装填できるように改造してあります。何故だと思います?」


「あぁ……(諦め)。縁起がいいからとか?」


「イグザクトリィィィィィィィ!!」


「ガハーーーッッ!!??」


 今度は腹を蹴っ飛ばされ、五メートルくらい転がる! 顔面が擦り切れて痛い! このままじゃ顔面に傷の付いた、なんか意味深なキャラになってしまう! 案外悪くないかもな……(厨二病)。


「7は美しい数字です! 幸運の数字です! だから可能な限り7という数字の加護にあやかりたい! 財布に入れる金額は常に7の倍数! 仕事を開始する時間はいつも7時から! もちろん仕事も7にまつわるものしか受け付けません!」


「クソッ、だから今回俺が標的になったのか!」


「そういうことです! さぁお喋りの時間は終わりだ! 口座の暗証番号を教えなさい! 次はこのリボルバーが火を吹きますよォォォォーー!!」


「だから最初から降参だって言ってんだろ!! 暗証番号は……」


 4ケタの暗証番号を口述すると殺し屋は意地汚い笑みを浮かべた。念のためスマホで電子口座にもアクセスされ、完全に合っていることまで確認される。


「これで用は済みました。貴殿ともお別れです」


 殺し屋は再度リボルバーを俺に向けた。


「なにか言い残すことは?」


「……言い残すことというより、これは単純に疑問なんだが」


「なんでしょう」


「アンタ、本当に俺を殺せるとでも思っているのか?」


「…………はぁ?」


 殺し屋は心の底からなにを言っているのか分からない、という表情を浮かべたが、数秒後には盛大に笑い始めた。


「ダッハハハハハ!! なにを言い出すかと思えば! 死を直前にして気でもおかしくなりましたか!? 死ぬに決まってますよ! 椅子にガッチリと縛られ! 二丁のリボルバーに標準を合わされたこの状況で! ただの一般人に過ぎない貴殿が! 逆にここからどうやって生き残ろうというのです!?」


「ただの一般人が、本当に777億円とかいうバカみたいな当選率の宝くじを当てられると本気で思ってるのか?」


「あ?」


「俺は、昔から運がよかった。運だけはよかった。ライブのチケットや抽選には外れたことが無いし、入試も勉強したところしか出なかったし、就職先だってなんの苦労もせずに一流企業に一発で内定が決まった。電車の遅延にも生まれてこの方遭遇したことがない。修学旅行で京都に行ったときも、バスが派手に事故ったんだが、俺だけ無傷で生還した、ってエピソードもある。とにかく俺はなんの苦労もせずに、運の良さだけで今まで生きてきたんだよ」


 でも逆にさ、と俺は言う。


――、ってことなんだよな。俺が拾った小銭は、誰かの小銭。俺が手に入れたチケットは、誰かの手に渡るはずだったチケット。そして俺が生きている今日は、本当は誰かが生きるはずだった今日――みたいなね。だから、死神とか疫病神なんて言われたりもする」


「……ブラフでしょう、どうせ。この期に及んで、それがしを――」


「嘘だと思うならやってみな。幸運の数字に取り憑かれた哀れな殺し屋さんよ。格の違いってヤツを見せてやるよ。アンタの幸運と俺の超・幸運――どっちが強いか勝負しようぜ」


「……いいでしょう。どうせ最初から殺すつもりでしたし。つまらない誘いにも乗ってあげましょう。ですが」


 殺し屋がコートのボタンを外すと、ナイフや手榴弾、プラスチック爆弾や小型火炎瓶など――内側に収納されていた様々な殺傷兵器が姿を現した。


「たとえリボルバーを攻略できたとしても、それがしは様々な手段を用意しているということをお忘れなく」


「上等だよ。さっさとやりな」


「…………」


 殺し屋は内心、困惑していた。

 この自信は一体どこから来る? ブラフにしてはあまりにも強い確信に満ちた口調。殺し屋の勘が警告を発しているが、その正体は分からない。

 いっそ、この場を放棄して逃げるという選択肢もある。しかし、ここまで事が運んでしまった以上、コイツを生かしておくリスクは大きい。奪った金の洗浄ロンダリングが終わる前に警察に駆けこまれても厄介だ。

 ならばやはり――不確かな勘に身を委ねるよりも、殺す方がよっぽど確実だ。

 トリガー7はそのような結論に至った。


「では、お望みどおり。さようなら」


 トリガー7は、リボルバーのトリガーを躊躇なく引いた。

 結論から言えば、それは間違いだった。


 改造銃。

 そもそも銃という危険な代物を、素人が改造すること自体に問題があるのだ。

 例えば、元々の装填数が6発しかない銃を、7発まで増やす――なんて。

 火薬の量が増える分、取り扱いに危険が生じるのはどう考えたって当たり前だ。

 だから、出来る限り慎重に扱わなければいけないにも関わらず――――



 そして。

 、その衝撃が、コートの内側に収納された爆発物に引火する可能性も――


 


「オゴッハァーーーーーッッッ!!!!????」


 断末魔が響くと同時に、その全身は爆炎に包まれた。熱波と爆風が押し寄せてくるが、トリガー7はどうやら相当俺を警戒していたらしく、かなり遠くで発砲していた。そのおかげで、俺はまったく爆発の被害を受けずに済んだ。


「やったぜ」


 まぁ、俺はなにやっていないのだが。相手が勝手に自爆しただけである。

 7という数字に拘って無茶な獲物を使ったのが、トリガー7の不幸はいいんだった。


 やれやれ。俺は小さくため息を吐いた。未だにイスに縛られたままだが、それでも解放感はひとしおだった。


 今回運よく生き残れた。通帳はトリガー7と一緒に燃えてしまったが、まぁ、銀行に行けば再発行してもらえるだろう(多分)。


「それよりも心配なのは、また殺し屋が来るかもしれないってことだよなぁ」


 アイツは言っていた。『もちろん仕事も7にまつわるものしか受け付けません!』と――つまり逆に言えば、彼に仕事を依頼した誰かがいるということだ。


「どうせ元同級生か、元同僚か、元カノか、両親の誰かなんだろうけど――はぁ」


 全く、運が良すぎるのも考えものだと、つくづく思った。

 それでもまぁ、今後もどうにかなるだろうと思いながら。


 当面の間は椅子に縛られつつ、いつかは運よく助けてくれるであろう人の到着を待つことしか出来ないのだった。

 


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宝くじ買って777億円当たったら殺し屋が家に来た話 神崎 ひなた @kannzakihinata

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