2.世界の桜

「皆集まったから始めるぞ!!!!!G7サミットだーーー!!!!!」

 衝撃で前髪がオールバックになるかと思うくらい元気な声が部屋中に響き渡る。

「うぅ…耳が痛い…」

「おい、うるさいぞ」

「全く…こんなくだらない事に私のティータイムを奪われるなんてな」

「ほんとよ!私、今日発売の新作コスメ買いに行こうと思ってたのよ!」

「今日のぶんのパンケーキ…ぼくまだ食べてないよぉ…」

「ねぇねぇ、デリバリーでピッツァ頼んでもいいー?」

 皆が口々に嫌々と言うので、アメリカンヒーローは珍しくムッとしたようだ。

「そんなに嫌なら来なきゃいいじゃんかよ!!!!!どうして来たんだい!?!!?」

「あんたに泣かれたら面倒だからでしょ」

「そうだ、君が泣くと先生達が黙っていないからな」

「ねぇ、ピッツァ頼んでもいーい?」

「な、な…な!!!!!ヒーローが泣くだと!?!!?そんなのあり得ない!!!!!」

 と、アメリカンヒーローは半泣きで答える。もうそろそろ彼の声量で前髪が千切れそうなので、私が仲裁に入る。

「あの…せっかく集まったのですし楽しくお話ししませんか」

 半泣きの彼の1000分の1程の声量で話しかける。するとその声をドイツ出身のエミール先輩が拾ってくださったようで、

「そうだ、お前達後輩の前で恥ずかしいとは思わないのか」

と落ち着いた声で調停する姿は、ここにいる誰よりも大人っぽく、私が思い描いていた「先輩」の姿そのものだった。ルミちゃんやネイくんの前にいる時の私とは大違いで、自分の幼さを痛感してしまった。

「君…先輩に『お前』というのはやめなさい。君のご家庭は親を『お前』と呼ぶのがマナーだったのか?」

 口ゲンカに参加していたイギリスのジャック先輩は急にエミール先輩の目の前に座り、真剣な面持ちでそう指摘した。4年生らしく、生徒会長らしい。ここだけ見ればジャック先輩も憧れの先輩なのだが、フランスのリアナ先輩と喧嘩している姿は、正直憧れとは言えない。

「そうだ!!!!!先輩にお前とは!!!!!失礼なやつだ!!!!!」

「あんたはエミールと同い年でしょ」

「ねーえ、もうピッツァ頼んじゃうよ?」

 サミットと言いながら、全く会議なんてしない、ただこの7ヶ国出身の7人が遊んで過ごすだけのこの時間。面倒だとは思いながらも、私にとっては大切な青春のうちの1つだった。

「ねえ桜花ちゃ〜ん、桜花ちゃんって日本にいたとき、なんか習い事とかしてた?てか髪きれいだね!」

 不意に髪をさらさら〜っと触られたので驚いて振り向くと、この中で唯一の同い年で、1年生からはシニョーラ・ピッツァと呼ばれているジュリアちゃんだった。

「あ…な、習い事ですか?」

「うん。なんか、楽器とかやってそうだなーって思ってさ」

「あー、それ私も思ったわ。日本ならコトとか習ってたの?意外と柔道とか?」

 いつの間にかアメリカンヒーロー…いや、オーエン先輩との言い争いを終えていたリアナ先輩も話に入ってきた。

 ここに来てみたらわかるけれど、やはり偏見はどこにでもあるみたいで、必ずお琴できる?とか、柔道できそう!とか言われる。実際、ここに来る前に小学校でちょっとだけお琴は触ったことがあるけど弾けないし、柔道どころか運動は大体苦手だ。

「あの、えっと…実は、どちらも習ったことはなくて…ピアノと書道…それと英語なら習っていました」

 日本の子供がする習い事ランキング5位以内には入っているであろう2つだった。この学校では日本の代表みたいな存在だし、日本人として普通でもいいよね…と思いながら2人の顔を見ると、リアナ先輩もジュリアちゃんも目を丸くしていた。

「ごめん…私、正直日本の習い事はコトとかサドウとかだけだと思ってたわ…」

「お琴も茶道も、正直習っている人は少ないと思います…人気なのはスイミングや英語だと思いますし」

それを聞くとジュリアちゃんはさらに目を見開いた。

「ちょ、ちょっと待って!びっくりすることが多すぎて着いていけないよ!まず2つも習い事してたらすっごくお金かからない!?桜花ってお金持ち!?」

「ジュリアは習い事してなかったの?そんなにお金かかるものでもいいと思うけど」

「えぇ…?すっごくお金かかるから、習い事じゃなくてネットの通信講座?みたいなの使いなさいって言われたんだけどなぁ…」

 私は小学生の頃、ピアノも書道も英語もやっていたが、お金の事情で親に止められたことはない。うちはそんなにお金持ちじゃないし、そこまで費用はかからなかったと思う。

「あ、でもイタリアは習い事をするのにお金がかかるとかなんとか、ケリーが言ってた気がするわ」

 ケリー…モナコから来たお嬢様の名前だ。いつも側近がついていて、私は近寄りがたいのだが、リアナ先輩は部活の後輩として、とても可愛がっているらしい。

「そうなんですね…フランスやモナコではどうなんでしょう?」

「フランスは安いわよ。安いというか、ほぼ無料の所もある。私はアートや外国語を習っていたけれど、どれも無料だったわ」

 無料…その言葉に驚いた。もし日本でも習い事が無料だったら、お金がない子どもたちも自分の趣味を見つけやすくなるのかな…。

「日本も無料なの?」

「いえ…お金はかかると思いますよ。お恥ずかしながら、親に頼りきりだったので、どのくらいかかっていたかはよく分からなくて…」

 話していると、突然肩をバンッと叩かれ、ビクッとしてしまった。

「HAHAHA!!!!!そんなもんだろー!!!!!俺は習い事してなかったけどな!!!!!HAHAHA!!!!!」

 あまりの声の大きさに、一瞬キーンという耳鳴りが聞こえた。

「桜花は英語習ってたのか!!!!!嬉しいぜ!!!!!英語のとしてな!!!!!」

 正直もう耳が壊れそうだったので、てきとうに話を聞き流していると、ジャック先輩が憎しみのこもった笑顔で近づいてきた。わ、私何かまずいことやらかした…!?

「桜花さん…英語はだが…まさかアメリカのおかしな英語を学んでいたわけではないよね?」

 笑顔で圧をかけてくる。私は自分が学んでいる英語の種類など気にしたことはなかったのだが、多分アメリカ英語だろう…。まずい、こんなことを先輩に言ったらどうなるか…。

「おかしな英語?HAHA!!!!!笑わせてくれるな!!!!!イギリスの英語は真面目すぎて堅苦しいよ!!!!!」

 あぁ…またケンカが始まってしまった。彼らからすると大問題なのだろうけれど、私からすると正直どっちでもいい。

「もともとはドイツの言葉だけどな」

「「そんなことは今どうでもいい!!!」」

「そうか」

 エミール先輩は少しのネタのつもりだったのだろうけれど、言い終わるうちに言い返されてしまい、完全に呆れた様子だった。

「いつもならこんな一言嫌味ったらしく返してくるんだけどな」

 普段なら最もジョークが大好きな今の2人には冗談が通じないようだ。

「桜花、こういうのに巻き込まれてもテキトーに流しとけばいいんだからな」

「は、はい…」

 以前ネイくんとリオネル先輩が言い争っていたのに巻き込まれていたときも同じことを誰かに言われた覚えがある。でも、やっぱりケンカを見ると焦ってしまう。

「桜花ちゃんはケンカ苦手だからなかなか言い返せないんだよね〜」

と、ジュリアちゃんはイタズラに笑った。その通りでこれこそ何も言い返せない。これは日本人の性なのか、面と向かって人に何かものを言うのに慣れていないのだ。だから、ここに来る前は誰とも目を合わさずに生きてきたし、人と話すことも少なかった。でも、この学校では沢山の人が私の目を見て話してくれるので、やっとちゃんと目を合わせられるようになった。

 グループ7の皆はそれぞれ影が濃くて、私と仲良くしてくれる。良い人たちだ。


「みんな影がこくていいなぁ…ぼくもみんなみたいになりたいのになぁ…」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

The world school ねこみゅ @nukonokonekocha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ