1. 世界の桜
「桜花ー!一緒に帰ろうぜー!」
「あぁ…ごめんなさい…。私はこの後美化の活動があるので…」
「えー?じゃあ俺ら先帰るぜー?」
「ええ…すみません」
ああ…嫌われてしまったかもしれない…。いや、彼らはそんなことで私を嫌わない…そう…私が思いたいだけなのかもしれないけど…。
「じゃーなー!美化活動がんばれよ!」
うっ…笑顔が眩しい。私はこの学校唯一の日本出身の生徒、桜花。そして、笑顔で手を振ってくれたのが、1年生にしてサッカークラブのレジェンド、ネイくんだ。
「さーくらっ、私もそれ手伝っていいー?」
ネイくんの近くにいた女の子が、可愛らしい笑顔で私に話しかける。彼女はペルーから来たマリア。中学生の頃にネットで知り合って、偶然高校が一緒になった子だ。そしてネイくんもそれは同じ。今思えば、本当に奇跡以外の何ものでもないと思う。
「あ…いいですよ。お気になさらず…」
「ちょ、その『いい』ってどっち!?」
どうやら、やはり海外の人にはこの微妙なニュアンスの違いが伝わらないようだ。
「あ…えっと…大丈夫です」
「だからその『大丈夫』ってどっち!?」
「えっと……。手伝わなくてもいいですよ」
「あー、そういうことね!」
やっと伝わったようだ。これが伝わった日本って、凄かったんだなぁと改めて感じた。
「違うってばー!私が手伝いたいの!ね!だめ?」
「あ、はい、わ、わかりました。ありがとうございます」
「よっしゃー!じゃあネイー、私のカバン寮に持って帰っといてー」
そう言ってマリアはネイくんに自分のカバンをかなり乱暴に投げ渡した。ネイくんは焦りながらも見事にキャッチしたが、迷惑そうな顔をしていた。
「おい…いっつも俺がお前の持って帰ってるじゃねーか!たまにはお前も自分で持って帰れよ!」
「何よ、別にいーでしょ!アンタは私たちと違って美化活動ないんだから!」
「はー!?こっちだってクラブ入ってるんですけどー!それに後輩に任せるとかありえねーわ!」
「学校の活動とクラブは違うでしょ!?それにアンタ今日クラブないんだからいいじゃない!」
いや、別に学校の活動と言っても私たちが勝手にやってるだけなんだけど…そう思いながらも、2人の言い争いをボーッと見守っていた。
何分経ったか分からないが、上の空になっていたうちに教室が静まり返っていることにハッと気がついた。
「…あれ…誰もいない…じゃあもうそろそろ行きましょう、マリア」
「え!?うわ!もうこんな時間!?じゃあネイ、それお願いねー!」
「はぁ…わーったよ…」
ネイくんは面倒そうに片手で2つの荷物を持つと、「頑張れよ!」と明るい笑顔で手を振ってくれた。かわいい。
美化活動というのは、私…というよりも、私の先代さんが始めた活動らしい。この学校は、代々各国の卒業生と入学生が入れ替わりで入ってくる。例えば、前の代の日本から来た先輩は一昨年卒業したので、私は去年入学してきた。自分が何期生かは分からないが、初代となればかなり昔になると思う。その初代の先輩が始めたのが美化活動で、昔に比べれば、参加してくれる人がかなり多くなったらしい。
SDGsとかが言われ始めたからかな?なんて考えながらいつも通り学校中の掃除をしていると、見たことのない女の子に話しかけられた。
「Hauska tavata! 日本の人?私あなたとずっと喋りたかったの!」
どこの挨拶かもわからないのが少し悔しかったけど、すごく色白でロングのブロンドヘアーがよく似合う綺麗な子だった。
「えっと、こんにちは…。どちらの方ですか?」
「この子フィンランドの子じゃない!?ほら、めっちゃかわいいって話題になってたじゃん!」
不意に後ろから大声を出されてびくっとしてしまった。なんだ…マリアか…。
「私がかわいい?またまたぁ〜、絶対ふたりの方がかわいいよ!」
と言ってにこっと笑った。笑顔が眩しいほどに美しかった。太陽のような暖かさではなく、風鈴がチリンと鳴ったときのような、涼しさが周囲を包んでいくような感覚。
「改めてはじめまして!1年生のルミです!フィンランドからきました!ねぇ、マンガとか好き?おすすめのマンガとか教えてよ!」
突然の質問に、頭が真っ白になって何も考えられなくなってきた。いくら後輩とは言えど、やはり初めての人との会話はコミュ症には辛い。そういうときは、大体マリアがサポートしてくれる。
「桜花あれ好きって言ってたじゃん!あの…真珠の星ってやつ?」
「ああ!はい!真珠の星はアニメにもなっていて、映像も綺麗なんですよ!内容もコメディとシリアスが調和していて、シリアスシーンを見た後にコメディシーンを見ると泣けてくることもある超感動作なんです!」
「へぇ〜知らなかった、面白そうだね〜!電子書籍になってたりしない?」
「なってますよ!人気作なので検索すればすぐに出てくると思います!」
「桜花ったら、こういうことになると急に喋り出すんだから」
マリアの声にハッとさせられた。また私はヲタ全開で喋ってしまった…。この学校はヲタクに寛容な人が多いからまだ良いけど、これを日本の学校でやってたら多分絶対引かれていた。
そういえば、なんで日本ではヲタクは悪い意味なんだ?とネイくんに聞かれたことがあったっけ。確かに、マンガやアニメの発祥は日本であるはずなのに、なぜアニメやマンガが好きな人は敬遠されがちなのか?そんなこと、日本にいて考えることなんてなかった。
「すみません……」
そんなことを考えていると、自然に謝罪の言葉が出てきた。
「あはは、なんで謝るの?私は知らなかったこと知れて嬉しいよ〜」
「そうよ、私だってアニメオタクなんだから!桜花だけじゃないって!」
この学校の人たちは、皆そう言ってくれるので安心する。この場所が、今の私にとって一番居心地がいい。
「話し相手になってくれてありがと〜それじゃあこれからよろしくね〜桜花センパイ」
セ、センパイ!?今まで先輩だなんてゲームの中でしか言われたことがなかったので、もしかしたら顔が赤くなっていたかもしれない。ルミちゃんはそんなこと気にすることもなくルンルンとどこかに行ってしまったけれど…。
活動が終わると、私とマリアは道端に咲いている色とりどりの花々を横目に、寮まで2人で帰った。
「私、まだ地元にいた時にお父さんがよく日本旅行の写真見せてくれてたんだけど、日本って桜が綺麗だよね。地元ではあんまり見れないから、いつか日本に行ってこの目で見たいな」
「桜ですか?桜なら韓国や中国にも綺麗なものが…」
「韓国や中国の桜ももちろんすごく綺麗だけど、私キョウトの桜が見たくて…」
「京都ですか…私も修学旅行で一度行ったくらいですが、本当に綺麗な所でしたよ」
京都での体験を話していると、なんだか日本が恋しくなってきた。アメリカもいいところだけど、やっぱり祖国が恋しくなってしまう。もう4月だから、地元では桜が沢山咲いているのかな…。
「そういえば、桜花って出身は?どこなの?」
「東京です。東京と言ってもかなり田舎の方ですが…」
「日本って田舎があるの!?」
日本人にもびっくりされるし、外国人にもびっくりされるけど、東京にだって田舎はあるし山もある…。けど、日本に田舎があることにびっくりされたのは初めてだ。
「日本はむしろ、都会より田舎の方が多いと思いますよ」
「日本の田舎ってどんな感じなの?」
「そうですね…山があるところは山、海があるところは海って感じです。本当にそれだけなんですけど…私は山育ちなので山の田舎しか知らないです」
「山かぁ…大変よね、寒いし」
「ほんとですよ…バスだって1時間に1本しか来ませんし」
しばらく沈黙が続き、たぶんそれぞれの発言に「ん?」とお互い感じたのだろうけど、その違和感を打ち消すくらいに強烈なインパクトのものが見えてしまった。
「…………………」
「何あれ」
寮に着いたと思ったら、1つの部屋のドアに、画用紙に赤のクレヨンで『G7summit』と書いてあった。言っちゃ悪いがアホっぽい字面だったのですぐに誰かわかった。
「ああ…桜花あれ行かなきゃいけないやつよね…頑張れ」
「はい…」
今日は部屋で一日中漫画読み漁ろうと思ったのに…とか思いながら、大人しく荷物を置いてその部屋に行くことにした…。
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