第 11 幕  盗人



呆然。今のルクスの状態を一言で表すのなら、それが一番だろう。

思わず手を離したドアが、キィ、と音を立ててゆっくりと閉まってゆく。

それほど長い時間、ルクスとそれはただ見つめ合っていた。


「え……なに、してるんですか??」

『!!??』


モルスと。

突然鉢合わせになり思考が停止していたのはモルスも同じだったらしい。

ルクスがそう声をかけると、その身体をビクリと震わせた。

モルスがいるのは仮眠室の前。

ルクスはモルスの手元へ視線を移すと、嫌そうに眉をひそめる。


「ドア開ける気だったんですか……?そこ、入られると困ります」


通路でモルスと二人きりになってしまったことからの混乱か、このままではフィーが危険な目にあってしまうことへの焦りか、何故か丁寧にモルスに話しかけながら、ルクスはその場を移動し始める。

モルスの目は今や完全にルクスに釘付けとなり、手はドアノブから離れていた。


(物音を聞きつけてフィーちゃんが出てきたら……危ない、よね)


ルクスは脚を一歩引き、走る姿勢に入る。

モルスが自分を見ていることを確認すると、口の動きで必死に伝えた。


(こっちに、こっちにこい!)


それを皮切りに、モルスとルークスが動き出した。

足で向きを切り替え、踵を返して駆ける。

追いつかれぬよう、ただし離れすぎずあくまで惹きつけることを目的として。

覚えがあるこの状況に、ルークスは走りながら脳内で叫んだ。


(なんで……なんでいつもこの役割!?)


恐れ知らずの際はなんとか切り抜けることができたが、今回はどうだろう。


(……いや、きっと大丈夫だ。今回は手ぶらじゃない。いざとなればあれを使って……)


兎に角、フェリシテのいる仮眠室からモルスを引き離す。

ルクスは覚悟を決めたように表情を引き締めると、通路を右に曲がった、が。


「…えぇ!?」


その瞬間目の前に広がったのは、花瓶が一つおいてあるだけの壁であった。

方向転換して引き返そうとするが、意外と足が速いモルスだったのだろうか。

既にモルスはルクスの眼前にまで迫っていた。

黒く大きな体躯はどこか恐れ知らずをルクスに連想させるが、このモルスの表情は気弱だ。

何も頼るものがなく、敵だらけになった世界で、何も分からないまま怯えているかのように見える。


(……この、モルス)


モルスの腕が、ルークスの首を掴む。

その強さにルクスはうめき声を漏らすが、その瞳はしっかりと開き、モルスを捉えていた。

片手でモルスの腕に触れ、右手をその顔へと伸ばしていく。


「大丈夫、怖がることないですよ……っ、今、なんとかしてあげます、から」

『…………!?』


そう言って優しげに微笑むルクスをみて、モルスはその力をそっと弱めた。

まだかなり知能が残っているのか、口元だけで「たすけて」とつぶやき続けているようにも見える。

首を開放されたルクスは何度かその場で咳き込むと、再び視線を上げ、モルスの頬を撫でるかのようにゆっくりと触れた。

どろりと溶けたその皮膚は、ルクスの手に黒い粘り気のあるものを付着させたが、それに顔を顰めることもなく、彼の手はあやすようにモルスの肌を滑ってゆく。

旗から見れば、震えるほどに異様な光景。

黒くとろけた化け物としっかり視線を合わせながら、ルクスは段々とその距離を詰めていく。

モルスにはもう不安や恐怖などはないのだろう。

真っ直ぐに見つめてくるルクスに見惚れてでもいるように、ぼうっとした表情でされるがままになっていた。


「大丈夫、俺に任せて。貴方みたいな人を、放ってなんかおけません」


ルクスの手が、モルスの口に近づく。

開いたままのその口に、白い粉がねじ込まれた。


『?』


突然口に入れられた粉末の意味を理解できずに呆然としたモルスから、ゆっくり距離を取りながら、ルクスはなおも微笑を浮かべている。

憑依時とは少し違う、優しく慈しむような表情。

しかしその目に宿る光には、モルスの背筋が冷えていくような攻撃性があった。


「……青酸カリってかなりの致死性があるらしいですね」


ゆっくりと、その言葉の意味を噛みしめるように、彼がそうモルスに言う。


「良かったですね。これで終われますよ」


それを聞いた瞬間、何かを理解したモルスの身体が跳ねた。

黒い身体が痙攣しだし、ここから逃げ出そうと背を向けて走り出すが、途中でめまいを起こしたのかその場に倒れ込んでしまう。


(調べておいたことが役に立ったかな)


ルクスは倒れて痙攣しているモルスに近づくと、その上に馬乗りになった。

目を見開いたモルスの額に、ひやっと冷たいものが押し付けられる。


「苦しませてしまいましたね、でも、これなら一瞬で終わり」


安らかに。

そうルクスが言ってすぐ。

ドン、と衝撃音がその場にこだました。



銃口から煙を出す拳銃を隣に置き、既に動かなくなったモルスの瞼を優しい手付きで下ろしてから、ルクスはほっと息をつく。


(モルスの体はもう死んでいる。だけど精神が残っているから、上手いハッタリなら……本当だったんだな。よかった)


手についた黒と青酸カリの粉を払い、立ち上がりながらルクスはそう思った。

青酸カリは強力だが、空気中で長く放置してしまえば無毒な物質へと変化する。

これはルクスが前から知っていたことだ。

薬剤倉庫に置いてあった青酸カリは、保存状態が悪く、密封とはいい難い状態だった。

それでも念の為と、モルスの遺体にラベル付きの瓶をはめ込み、自分も手を洗いに洗い場を探し始める。

一つ一つドアを開けて、ようやく見つかった手洗い場で丁寧に両手をゆすぐ。


「…………しっかり、綺麗に……」


過剰なほどの洗浄を終えると、ルークスは少し疲労の浮かぶ表情で部屋を出てきた。


(早くフィーちゃんのところに……でも)


胸をじわじわと埋め尽くす奇妙な感情に、ルークスは苦しげに長い息を吐く。

なんと形容するべきかも分からない。

ただ、心地よいものでないことは確かだった。

いつの間にか、ルクスの足はフェリシテがいる方向とは正反対に歩きだしている。

急ぎ足で行き先もなく廊下を進んでいくが、それと同じくらいに目まぐるしく、ルクスはこの感情と自身の行動の意味を考え続けていた。


(行きたくない、フィーちゃんの前に。どうして?なんで、こんなに息が詰まって……)


ふと、ルクスの足が止まる。

細く、小さく他の誰も聞き取れないような声が、ルークスの口から漏れ出した。


「そっ……か……フィーちゃんは、奇麗すぎるから」


怖いんだ、と。

それ以上ルクスは何も言わない。

再び歩きだすこともなくただその場に立ち尽くしていた。


…………………ン

…………ドンッ……


「……なんの音?」


暫くの間続いていた静寂に、何かがぶつかり合うような音が響き出した。

耳をすましてやっと聞こえるような音。

その音が一体なんなのか、不思議に思ったルクスが、自然とその音に集中する。

目を閉じ、耳をすませて……


(あ、またデジャヴだ)


ふわり、と質量を持たない黒が、ルクスの頭を野性的に飾った。

興味の対象を見つけて楽しい気分になったのか、ふわふわと狼の尻尾が揺れている。

開いた赤い瞳が、愉快そうに細められた。


「さっきのは毒を使っちゃったし……ちょっと行ってこようかなっ」


音の方向をひと嗅ぎしてから、ルクスはそう言って走り出した。




「えっ……ポプリ……マウイ!?」

「おっ、マーシャか。無事か?」

「そっちは怪我してるじゃない!」


座り込んでいる二人を見つけたマーシャの声が、廊下にキーンと響く。

ポプリはうるさそうに顔を顰め、マウイは苦笑いで返した。

マウイとマーシャがわぁわぁと話している間に、マーシャに追いついたロンドがどこからか包帯とガーゼを取り出し、マウイに手渡す。

どうやらこれで手当てしろということらしい。

どうにもルクスとの扱いに差がありすぎる

ような気がするが、いつものことなのでとマウイは軽く礼を言って受け取った。

ポプリは眠そうにしながらも、マウイの手当てを手伝い始める。


「マウイ、ポプリさん。貴方達が処刑したモルスの報告をお願いします」


既に形が崩れ始めている遺体に目を落とし、ロンドは手記とペンを取り出した。

手当てで精一杯そうなポプリのかわりに、マウイがモルスの情報を整理する。


「大きさは小型から中型、鋭うて大きか爪あり。そこん壁ん傷もそん跡や。主な感覚器官は多分目。表皮はほぼ素肌と硬か部分にムラがあった。身体能力は……やや高め、ばい」

「感謝します」


マウイが言った特徴を素早く記録し終えると、ロンドは再び手記をしまい、マーシャの方を向いた。

いつの間にか真剣な顔で報告を聞いていたらしいマーシャが、顎に手を当てて何やら考え込み始める。

そのままマーシャがマウイたちから離れ、ゆっくり歩き始めたとき。


「マウイーーー!!」


彼女とすれ違うようにして、猛スピードで走るテオが、マウイたちのもとに突っ込んだ。

マウイと衝突しそうなところをポプリがマウイをそっと引き寄せて回避する。

止まりどころを失ったテオは、そこから5m程通り過ぎてからようやくブレーキをかけた。


「……っとと、マウイ!大丈夫か?」

「あ、あぁ……」


よほどのスピードだったのだろう。テオによって生み出された風が、まだマウイの髪を

揺らしている。

ぶつかったら大変なことになっていたかもしれない。


「マウイけがしてるから、きをつけて」


ポプリも改めてそう感じたのか、この無邪気な超人から彼を守らねば、とマウイをひしと

抱き寄せる。


「ごめん!心配で、つい!」

「テオ〜っ!」


テオが手を合わせて謝ると同時に、後ろから息を切らしたアリアが駆け寄ってきた。

相当走り回ったのだろう、普段はぴっしりと整えられているぱっつん髪も乱れている。


「ごめんなさっ……またテオ、が……突っ走っっっ……!」


肩で息をしているのか頭を下げているのか微妙な体制でアリアはそう言う……

が、言えていない。


「よ、よかってよかって!それよりもアリアちゃんが休んで?」


いつもこうやってテオのサポートをしているのだろう。

人並み外れた体力を持つテオの跡を必死に追っているのだと思うと、相当に健気な子だなぁとマウイたちは思った。


「そうだ!アーニーやフェリシテを見なかったか?」


心配そうな表情のまま、テオが尋ねる。


「みてない」

「すまん、僕んみてなか……」

「そっか……」


首を横にふる二人を見てがっくりと肩を落とすテオ。

どうやらベネヌムもラメティシイも

散り散りになってしまったらしい、と二人は理解した。


「一緒に探したかとこだばってん、流石にこれ以上僕が動くとはらかかれそうだ……ごめん。テオも、ルークスやエラば見つけたら教えてくれんね?」


その言葉にテオはうなずくと、アリアと何かわいわいと話し出す。

その微笑ましい光景にマウイは頬を緩めてから、また心配の色を顔に浮かべた。


(ルクス……怪我しとらなよかっちゃけど)




廊下に吹き込む夜風が、ルクスの頬を撫でる。

音と匂いを辿って走り続けていたが、どうやらモルスは外の近くにいるらしい。

風とともに、モルス特有のうっすらとした死臭が運ばれてきた。

おそらくピーズアニマを使っていなければ嗅ぎ分けられないその臭いに、ルクスは僅かに顔を顰める。


(うわ……この臭い苦手なんだよね。食べるときはまぁ、美味しそうになるしいいけど)


標的は近い。

近くの壁を蹴り、さらに速度を上げて走り続けた。

いくつも行く手を阻むドアを開け放ち、とうとう目の前に夜の闇が顔を出す。

ひらけたバルコニー。

星1つ見えない空と同化するかのように、先程のよりも少し大柄なモルスが暴れていた。

さっさと終わらせてしまおうとルクスが近づいたその時。


「_____っ!!」


突如目の前を掠めた斬撃を、ルクスは後ろに下がる形で回避する。

モルスに気づかれたのかと警戒するが、肝心のモルスはルクスのことなど見ていなく、挙動不審に辺りを見渡している。

ルクスも不可解な状況に、不安を覚え始めていた。


(何……?今の攻撃、何処から)



「ちょっとキミぃ、邪魔だよ〜」


頭上から、そんな声が聞こえてくるまでは。


「は……!?」


ルクスが、勢いよく声のしたほうを見上げる。

キラリ、と星が光ったように見えたが、よく

目を凝らして見るとそれは金色の瞳だということが分かった。

暗がりに潜むことを目的としたような、黒いローブ。

それを被った人影が、屋根の上から

ルクスを見下ろしていた。


「これはボクが先に見つけたの〜。どっかいって〜?」


ニヤニヤと笑ってそう言う人影。

声はどこか中性的で、背格好からも性別は分からない。

加えてローブで影ができているため、露出している片目の色と、僅かに光る白い歯ほどしかここからは確認できなかった。

ただ、その笑顔が妙に気に障る。

ルクスはそう思いながらも、いつものように笑顔を崩さなかった。

向こうもルクスの顔を見たのだろう。

一瞬驚いたように目を見開いてから、目をにゅっと細めて口を開いた。

…………ルクスと同時に。


「「気持ち悪っ」」


二人の声が重なる。


「は?」

「あ゛?」


お互いに同じ罵倒を吐いたにもかかわらず、二人してバチリと殺気を身にまとった。

一気に険悪となった空気の中、ルクスが口を開く。


「どっかいってって……モルスはできるだけ早く、力を合わせて殺すべきじゃないの?

それとも……ひとりじゃないといけない理由でも?」


苛立ちを薄く滲ませたルクスの問いに、黒ローブは可笑しそうに笑うと、一語一語強調

するかのように返した。


「あれれ?どうしてそう思うのかな〜?……それ、キミがやましいからそう思うんじゃ

なぁい……?」


沈黙。

黒ローブからの返しに答えることもなく、両者が睨み合う。

ルクスのように自分の手にピーズアニマの爪をつけた黒ローブが、それを少し動かした頃。

その沈黙は、モルスが逃げるように壁に衝突した音で破られた。


「モルスが……!」


逃すまいとルクスと黒ローブがモルスの元へ駆け出す。

追いついたルクスが爪を振るおうとするが、振りかぶったところでモルスの体が彼の方へと移動してきた。

驚き、反射的に横に避けてしまう。

モルスの倒れてきた方向に目を向けると、鋭い爪にモルスの体液を付けた黒ローブが立っていた。


(速い……先を越された!)

「一丁上がり♬」


そう愉快そうに笑いながらピーズアニマを解く黒ローブは、こうして見るとルークスと

かなり身長が近い。

そして先程よりも鮮明に、大きく、目尻がやや上がった目がしっかりと確認できた。


「さて、後のことはボクがやっておくからキミはもういいよ?」


猫の目が、ルクスを見つめる。

ルクスはその場で暫く黙っていたが、黒ローブにされたように、一語一句刻みつけるかの

ように言葉を紡ぎ出した。 


「……俺はここに来たばかりで、ギロティナにどんな人がいるのかもよく知らない。だけど、手を出すな、ならともかく、明らかに臨戦態勢だった俺を執拗に追い返そうとする」


黒ローブの目が細められる。


「俺が君を知るためにも、ここで返すわけにはいかないな。ベネヌムの人が来るまでここで一緒に居よう」

「え〜?なにそれ〜告白?」


黒ローブは口元だけでそう笑うが、ルクスは先程から少しも表情を変えない。

茶化せていないことは明らかだった。

初めて、黒ローブの口元がつまらなそうに下がる。

その指先に、再び黒い爪が現れた。


「確証も何もないのにね……大人しく逃げとけば良かったのに」


それを言い終わると同時に、黒ローブがルクスの眼前に迫る。

相手の攻撃を下がって避けようとするが、最初に飛んできた斬撃を思い出し、ルクスは瞬時に体を傾けた。

黒ローブの攻撃は遠くまで飛ぶ斬撃となり、先程のルクスと一直線上となる壁に黒い爪痕を残す。

パラッ、と壁の破片が落ちる音。当たっていれば大怪我となっていただろう。


(まだ向こうが何者なのかも分からない……でも、攻撃してきたのなら!)


ルクスは足に力を込めて飛びつき、黒ローブが振りかぶった腕をガッチリと掴んだ。


「痛っ……!」


黒ローブが腕を引き抜こうと動くが、ピーズアニマに覆われた彼の手はびくともしない。

暴れた拍子にローブのフード部分が脱げ、黒ローブの黒いショートボブと、猫の耳のようなピーズアニマが顕になった。


「!」

「……あ〜あ、見られちゃった。ボクのお顔!」


ルクスの動揺から生まれた隙を突き、黒ローブはそれこそ猫のように身体を曲げ、ルクスの首を足に引っ掛ける。

あっ、とルクスが声を上げる間もなく彼の頭が床に叩きつけられた。

その拍子に緩んだ力から逃れると、今度は黒ローブが馬乗りになる形でルクスを捕らえる。

手も押さえつけられ、ルクスは小さく唸りながら睨みを効かせたが、黒ローブはそれも面白そうに笑顔で見つめていた。


「困るんだよね〜、いくら世間知らずのワンちゃん相手でも……誰にもこのこと言わないって誓うんなら、ちょっと痛めつけるだけで許してあげるけど……どう?」


的確に力を込められているのか、歯を食いしばってもこの拘束から逃れることが出来ない。

ルクスの視線が、ゆっくりと移動する。


「ちょっと聞いてる?キミの腕震えてるよ〜。このことを誰にも……」

「……モルス」

「ん?」


饒舌にまくし立てる黒ローブの言葉を遮り、発せられた低く張った声。

ルクスの視線は

あるものに集中し続けていた。


「トドメになってなかったみたいだ」


その瞬間、勢いよくモルスの身体が持ち上がった。


「嘘っ!?」


立ち上がった黒ローブに、モルスが殴りかかる。

受けるわけにもいかず、跳躍してその場を移動した黒ローブから、ルクスが解放された。

ピーズアニマを憑依させ、モルスから一定の距離をとる。

モルスに執拗に攻撃され、黒ローブは余裕が無いようだった。


(そろそろ……あっ)


ルクスの耳に、人の足音が聞こえてくる。

どうやらこちらへ向かって来ているらしい。

そろそろ良い頃合いだろうと、ルクスがモルスの背中へ移動する。

黒ローブに夢中になりこちらには目も向けていなかったモルスには、簡単に回り込むことができた。

ルクスの爪が大きく振りかぶられる。

皮膚を裂き、肉と血が溢れる不快な音がルクスの耳を覆い尽くした。


『ギャアアァァァアァァァッッ!!!』


断末魔の悲鳴をあげ、モルスが脱力する。

床に倒れたモルスに、黒ローブとルクスが同時に手を伸ばした。


「……この死体をどうする気なの」

「キミこそ」

「俺はロンドさん達に届けるだけ。でも君は?」


そんな問答をしていると、先ほどからあった足音がいよいよ近づいて来る。


「残念だけど……ま、いっか」


それを聞きつけてか、黒ローブがモルスの腕に爪をたて、一瞬にして切りとった。


「な、お前何をっ!」

「これだけ持って行こーっと」


慌てるルクスに構うことなくモルスから離れると、奪い取ったモルスの片腕をひらひらと

させて、黒ローブは屋敷の屋根に飛び乗り口を開く。


「そうだ、キミさっきボクのこと知りたがってたよね?折角だから教えてあげる……」


うって変わって​愉快そうに、既にルークスに背を向けた状態で黒ローブは言った。


「ボクは “ フェレス “、闇夜に紛れ、主人に尽くす……ミシェレの黒猫さ!」


ミシェレ。

その何処かで聞き覚えのある言葉に、ルクスは頭を巡らせる。


(そうだ、確か前に、フィーちゃんが……!)


ギロティナ・ミシェレ。

政府非公認のギロティナで、怪しい噂があるというもの。


(確かに、これは嫌な感じ……)


額に汗を浮かべたルクスを見て、フェレスはまたもや面白そうに笑った。

ピーズアニマの尻尾がピンと伸びている。

そのとき、バタバタと音がして一人の青年がバルコニーに駆け込んできた。

淡い色の短髪と、不機嫌そうなツリ目。


「……ったく、なんだよもう……は!?」

「ウィリアムさん!?」


屋根の上でしゃがむフェレスを見たウィリアムの目が、大きく見開かれる。

フェレスはその瞳をぱちくりさせると、するりと何処かへと消えていった。


「あっ……!ウィリアムさん、あの人モルスの腕持っていきました!」


憑依を解き、しっかりと焦った表情に変わったルクスが屋根の方を指差すが、いくら目を

凝らしても盗人の姿はみあたらない。

ウィリアムもフェレスの姿を見たのだろう。

小声で何かつぶやきながら固まっている。


「……んで、あぁ……もう!」


やがてウィルが自分の髪をかき乱し始めた。状況についていけなくなったのだろう。

苛ついたように語気を荒らげ、足元の破片を蹴り飛ばした。


「おい、お前あの女になんかされたか!?」


ウィルがため息をついた後、激しくルクスにそう問う。

その大声にルクスは一瞬怯むが、直ぐに切り替えて平常の音量で返した。


「ちょっと組み伏せられただけです……え、女?」


あの暗がりで見てどうして女と言い切れるのだろうかとルクスは首を傾げるが、ウィリアムは何を言っているんだとでも言うような視線を向けてくる。


「普通に女の骨格だろ。お前目悪いのか……?」


ルクスには、遠目からのフェレスは殆ど黒塗りのように見えていたが、ウィリアムには案外はっきりと彼女の姿が見えていたようだ。


(そういえば俺、暗いところあんまり……)


自分の弱点と、無謀にも突っ走ってしまったことを思い出す。


「……?おい、顔赤いぞ」

「いや……はは、穴があったら入りたいなと」


羞恥に赤くなった顔を覆うルクスを、ウィリアムは訝しげに見ていた。




「……それで、君は力を使い果たしてこうなっていると」


仮眠室でぐったりとベッドに突っ伏すルクスを見て、駆けつけたエラがそう確認する。


「はぃ……すみません……」


くぐもった声で答えるルクスに、その横であくびをするウィリアム。

フィーは先程エラがあげた菓子を黙々と食べ進めていた。

膨大な情報量に頭痛がしたのか、エラが額に手を当てる。


「ミシェレのメンバーを名乗るものによる、遺体略奪……か。モルスの身体が奪われる

事例は以前にもあってね……ミシェレの名が出てくるのも初めてじゃない。ルクス君、その……フェレスという女性がどんな姿だったか教えてくれ」


ルクスはゆっくりと顔をあげると、行儀よくベッドに座り直してエラの方を向いた。

思い出しながら、一つ一つ特徴をあげていく。


「肩につかないくらいの黒髪で、目にかかる前髪……?」


「スラッとした身体に全身黒い服だったな」


ルクスが詰まるとウィリアムが横から補足し、少しずつフェレスのイメージがエラの中で出来上がっていく。


「中性的な感じで、猫みたいな……ちょっと嫌な雰囲気」

「最後ルクス君の感想入ってないかい?」


最後にぼそっと感想を交えたルクスに苦笑しながらも、エラの頭にイメージと近い人物が

浮かびかける。が、


「あ、あと、目が金色でした」

(違うか……)


追加された特徴にそれは違うと考えを改めた。

この世に似た特徴を持つ者はごまんといる。

冤罪を防ぐためにも、慎重にならなくてはいけない。


「いずれにせよ、警戒しなければいけないね。ありがとう二人とも」


ルクスモードでエラが凛々しく微笑むと、傍に居たウィリアムが引き気味に口角を下げた。


「きもっ……ちょ、いででででっ!?」

「ウィル君〜?今すっごく失礼な言葉が聞こえた気がするな〜?」


なかなかに本気の力でエラがウィルの頬をつねっていると、ててててっとフィーがルクスの元へ駆け寄り、何か話し始めた。

エラはそれに気づくと耳を済ませようとするが、ウィルの声にかき消されてしまっている。

仕方がないのでウィルを解放すると、ようやく口を閉じて赤くなった頬をさすり始めた。

小さいぼやきがいくつかエラには聞こえたが、まぁ良い。


「大丈夫だとは思うけど、やっぱり心配……だよね」

「うん、私達が探しに行くべきなのか分からなくて」


やがて、ルクスはエラが見ていることに気がついたのか、フィーとの話を終わらせ、再びエラに向き直る。


「あの……エラさんはロンドさんに会いましたか……?」


不安げにそう聞いてくるルクスと、隣でじっと彼を見ているフィー。


(ルクス君というより……フェリシテちゃんが注目している……?)


食い入るようにルクスを見つめる彼女にエラは少し注意しながら、答え始めた。


「いや、見ていない。マウイやポプリ達もだ……ウィル君たちとはあったけれど、テオ君やアリアちゃんは分からない」


ウィリアムの名前が出たところで、フィーがエラの方を向く。

落ち着かなさそうな視線が2つ。

ルクスもフィーも、仲間の安否が分からないこの状況に戸惑っているようだった。

そんな二人を前にして、なんだかいたたまれなくなったエラは、できるだけ優しい声音で

二人を励ます。


「心配なんていらないよ。マウイやポプリは戦闘員だし、ロンドはいつもマーシャについていて、銃の腕も確かだ。テオ君も凄く運動神経が良いんだろう?」


フィーがコクリとうなずくと、その場の空気も和らいだ。


「あれ……メイソンさんは」

「メイソンは今回のパーティーにいないの。ラメティシイギロティナの留守を守ってる」


いくら重要な催しがあるとはいえ、ギロティナ館は重要な施設だ。

誰かしら居なければいけないのだろう。

恐れ知らずの件でベネヌムが襲われたことは、なかなかの大事件だ。


「……俺たちはここにいるべきですか?」


そっとルクスがそう聞く。

エラは肯定の意で頷いた。


「動いているモルスがいないか確認してくるよ。僕がいない間はウィル君にいてもらおう」

「は……まぁ、いいか」


エラの決定にウィリアムは不満げな声を出しかけるが、ここでぼーっとしていられることに気がついたのか、結局了承する。


(またあくびをしているけど、大丈夫なのかな)


ここに残されるルクスにとっては不安なことこの上ないが、エラは安堵の表情であった。

エラが部屋を出ていくとほぼ同時に、フィーは目を擦るとベッドにゆっくりと横になる。

それを見たルークスは、少し驚きながらも彼女にそっと布団をかけてやった。


「フィーちゃん、疲れた?」


ルクスが聞くと、フィーは眠たげな声で返す。


「ん……最近、寝付きが悪いから……見るんだ」

「見る?」


この流れだと悪夢だろうか、とルクスは心配になるが、フィーはうっすら笑みを浮かべる。


「私のピーズアニマで、人の心を癒すお手伝いをすると……少し入ってくるんだ。だから

それから数日、その人の心が夢で見える」


でも悪くない、最後にはちゃんと笑ってくれるから。

そう最後に付け足して、フィーは目を閉じた。

まどろむ彼女を見ていて自分も眠気を感じたのか、ルクスも頭をベッドにつける。

ウィリアムも、横目でちらっとそれを見ただけで何も言わなかった。

先程までモルスだけではなく、他のモンストルムと戦っていたことが嘘のような、穏やかな静寂。

やがて、ルクスも眠りに落ちていった。




パーティー会場とは対照的に、薄暗く質素な空間。

そこに一つ不自然に用意された豪奢な椅子に腰掛けた人間は、周りを見下すような、しかし満足したような、そんな不遜な表情で、目の前に立つ男____ロンドの父親を見ていた。


「いい実験になったな。実用化にはほど遠いが、化け物の弱点をまた一つ掴むことが出来た。よくやったほうだろう」


ロンドの父は何も言わない。ただ黙って深々と頭を下げている。


「……さて、私は多忙なものでな。あまり長居するわけにはいかないのだよ。直ぐに馬車を出せ」

「……あっ、あの!」


そこで、ようやくロンドの父が顔を上げる。焦ったような声音に、人間は不機嫌な表情で

睨みつけた。


「なんだ」

「ま、まだモルスの掃討完了が確認されておりません、今ここから脱出されるのはあまり

にも危険で」

「私が合わせろというのか?」

遮るように発せられる、圧を込めた声。

ロンドの父はビクリと身体を震わせると、情けなくも口籠る。


「後処理も迅速に出来なくて何がモンストルムだ!この私を死守することこそお前の

存在意義だろうが!」


このままヒートアップさせるわけにはいかない。

必死に頭を下げ、人間への感謝の意と尊敬の念、自分たちの低俗さ無能さを伝え続ける。仕方がない。

こうするしかないのだ。

ロンドの父は光のない目を影で見開きながら自分に言い聞かせた。

ウォルテクスの平和のためにも、犠牲は必要なのだと。




「…………」

「ここに居たんですね、ロンド」


会話しているマーシャたちを遠くから見つめていたロンドに、エラが声をかける。

その声に、ロンドは我に返ったように振り返った。


「何か考え込んでいたようですが、私も一緒に考えましょうか?」


気遣うようなエラの言葉に、ロンドは一瞬迷う素振りをみせたが、何かを振り払うように

首を横に振る。


「いえ……大丈夫です。この状況に少し、気が滅入ってしまったのかもしれません」


そう言って再び視線をマーシャ達に向けるが、ロンドは頭の中で先日聞いた会話を思い

出していた。


(「あとで話すことがある。用意をしておくように」……あの日、人間が父さんに言っていたこと……)


よろめき、人間に見られぬよう気をつけながら壁にもたれかかり聞いた会話。


(「アレは出来上がっているな?しっかりと成果を出してもらわねばな」)


どうとでもとれるその言葉が、妙に恐ろしい。


(パーティーの開催と重なっている、そもそもこのパーティーはなんのために……?)


これ以上疑念が膨らめば今までどおりにやっていけないような気がして、ロンドは深く息をつく。


(考えすぎ……ですよね?)





暗い路地を、黒猫が歩く。

美しく整備された通りからいくつか奥に進めば、そこにはもう薄暗く汚れた場所が広がっていた。

右にも左にも、こちらを見つめるギラついた瞳が並んでいるが、それらを意に介さずただ

真っ直ぐ__とはいかず、踊るようにあちこちに寄り道をしながら、ときには知り合いらしき者にひらひらと手を振りながら目的地へと向かって行く。

その片手は、人の腕ほどの大きさの袋を、しっかりと握りしめていた。

やがて、彼女は一つの建物の前で立ち止まる。

掠れた貧相な文字で【病院】と書かれた看板に笑みを浮かべ、【閉】の立て札がかかった扉を3回・4回・3回のリズムで叩いた。

5秒

10秒

15秒……


「……フィン〜!ボクだよフェーレースーっ!!合図忘れたのー!?」

「んな早く開けられるかっ!!」


バンッ、と錆びついたドアが勢いよく開け放たれる。

そうして現れた青年はフェレスを睨みつけるが、当人の童顔と低身長もあり、全くといっていいほど怖さはなかった。


「えー?でも15秒以上待ったよ?」

「こっちはもう少しでノアが寝てくれるところだったんだ!夜中に大声を……だすな」


フィンと呼ばれた青年はガミガミとフェレスに文句を言い続けていたが、途中自分まで

うるさくなっていることに気がついたのか、そっと音量を落とした。

フェレスの腕を引っ張るようにして中へ引き入れると、小さな声で話し始める。


「どうしてこんなに遅くなったんだよ。また寄り道でもしてたのか?」

「堅苦しい会場への潜入後だよ〜?ちょっとくらいいいじゃん」

「だからって遅すぎる!もう……お前が大声で合図とか言ったから変えなきゃじゃん……」


フィンがきれい好きなこともあり、汚れきった外とは違い室内は清潔だ。

だからこそ、モルスの体液がついたままのローブが気に障るらしく、先程からちらちらとフィンの視線が彼女の身体へと向けられる。

それを待っていたかのようにフェレスの口元が弧を描くと、わざとらしい口調でフィンに

からみ始めた。


「あれあれ〜なにボクの身体ジロジロ見ちゃって〜……もしかして、今夜はボクで……?」

「あーあーあー!来てそうそうふざけるなって!ノアの教育に悪いだろ!」


フェレスが本格的に過激なネタをふってくるまえに大声で遮る。

さっきフェレスを注意していたにも関わらずうるさくするフィンに、フェレスは吹き出すのを必死に堪えていた。

そこに、兄と同じ淡い金髪を揺らした、小さな少女がドアから顔を覗かせる。

赤いワンピースを纏い、髪を2つに結った愛らしい姿の彼女は、フェレスとフィンにてこてこと近づくと、小さな胸をえっへんと張って口を開いた。


「お兄様もフェレスもうるさいわよ!あたくしの眠りをとめ……じゃ、ま……さ…さ…」

「妨げて?」

「さまたげた!のだから、フェレスでなければうちくびだったの!」


途中、足りない語彙をフィンに補足されながらも言い切ると、更に彼女は胸を張った。

足元で、彼女のしもべであるうさぎの縫いぐるみがぴょこぴょこと跳ねている。


「そうそう、フェレス本当にうるさ……あれ、俺は?」

「お兄様は無罪なのだ!」

「の、ノア〜!」


笑顔で兄にそういう妹___ノアを、フィンはたまらずと言った様子で抱きしめた。

なんせ五歳下の、たった一人の妹だ。

それに懐かれたのなら幸せいっぱいだろう。

すっかりシスコンモードに入ってしまったフィンを放っておいて、フェレスは廊下を曲がり一つのドアの前まで移動した。

【診療所】と書かれたプレート。

”彼”ばこの時間もカルテなどと向き合っている。

もう少し休むべきではないのか、とフェレスだけでなくフィンやノアも思っているが、彼が変わることはないのだろう。


「戻ってきたよ〜」


声をかけ、ノックをしてからドアを開ける。消毒液や薬品の匂いがツンとフェレスの鼻を

刺激した。

でも、いつもよりかは薄いそれに、開け放たれた窓が目に入る。


「…………収穫は?」


机の前、椅子に座りカルテを見ていた男がフェレスの方へ視線を向けた。カトン、と煙管を置く音が響く。

フェレスは煙草が好きなわけではないが、彼は人といるときは吸わないし、必ず窓を開けるので然程嫌なわけではない。

そして、そんな気遣いができる彼にはやはり好感がもてた。


「ちゃんと持ってきたよ、ホラっ♬」


モルスの腕が入った袋を差し出せば、彼の細い指がそれをしっかりと受け取る。

そして中身を確認すると、目だけを動かしてフェレスに聞いた。


「予定よりも大分少ないな」

「うっ」


真っ当な指摘に、フェレスの表情が引き攣る。冷や汗を垂らしながらも苦笑いで手を合わせ、謝罪の念を軽く伝えた。


「…………まぁ、今回はいい」


彼はちらりとフェレスの赤くなった腕を見ると、袋を置きガーゼと消毒液を取り出す。

されるがままに手当てを受けながらフェレスは今日あったことを語りだした。


「”予想通り”今日のパーティーはモルスが大量発生したよ。ピーズアニマを出したまま

あの光を浴びた人は全員、ね。そのうちの一つがその腕のモルス。ちょっと邪魔されちゃったから直ぐに逃げるしかなかったケド」


くるくると包帯が巻かれていく腕をどこか嬉しそうに見つめながら、フェレスは思い出したように言い出した。


「……あっ、そうだ!」


勢いよく顔をあげた拍子に、フェレスの前髪が乱れる。

片目を覆っていた髪が中途半端にずれ、左目が一部見えるようになった。

青と金のオッドアイを大きく開き、フェレスは続ける。


「キミを探してる人がいたんだよ!聞こえづらかったけど、確かにキミの名前を呟いてた!エラ・ベイリーって人だったんだけど知ってる?思わず声かけちゃった」


ねぇ、アロ。

とフェレスが呼びかければ、緑がかった黒髪の頭がゆっくりとあげられた。

やや三白眼の大きな目、どこか妖艶な顔立ち。

普段は殆ど変わることがないその無表情に、しっかりと驚きが浮かんでいた。


「……………………………エラ?」

「うん。髪の長い女の人……」


めったに見ない反応にやや戸惑いながらも、フェレスはしっかりと答える。

アロは暫く考え込んでいたが、やがて自然な動作でフェレスの頭を優しく撫で始めた。

今回のご褒美。

それをフェレスはいつものように堪能する。


(ふふ……でも、これだけかぁ。まぁ、失敗しちゃったもんね)


「その女性とはあまり接触しないほうが良い。俺のことも漏らすな」


笑顔を浮かべるフェレスにそう言うと、アロはそっと手を離した。


「ねぇ、アロ。次成功したときのご褒美だけど……」


手が離れたことに少し頬を膨らませながら、フェレスがアロに顔を近づける。

まつげが触れそうなほどまで接近しても、眉一つ動かさない彼の唇にそっと、指を乗せた。


「ちゅーさせてくれないかな?」


僅かな沈黙。アロはまたか、というようにフェレスの指を掴むと、自分の唇から離させる。


「手だったら許してやる。口を狙うのなら……励むんだな」


相変わらず平坦な声。

突き放すような、煽るようなそんなセリフを吐いて、アロはゆっくりと立ち上がった。

再び袋を手に取ると、それを保管庫へと運んでいく。

フェレスも、もうここにいても邪魔になるということが分かったのか、ドアを開けて部屋を出ていった。

フィンが待機していたのか、診療所に二人の話し声が聞こえてくる。


「フェレスさ……あんまりアロを困らせるようなこと言うなよ……」

「え?アロ困ってた?」

「困ってただろどう見ても聞いても」

「そっかぁ……よし!次は首元から狙って」

「デコピンされてしまえ変態」


遠ざかっていく会話を背にして、アロは様々な実験器具に囲まれた箱にモルスの腕を入れる。

その際に付けていた手袋を外し、自分の手をじっと見つめた。

ほんの一瞬、握ってくる小さかったエラの手が重なったように見え、アロは目を瞑る。

しかし逆にエラの姿が浮かんでしまい、仕方がなく開きっぱなしのカルテに再び視線を

落とした。


(もう、会うことなんてないはずだ。あっていいわけがない。もう、いい)


大嫌いな彼女とは。

思考を打ち切るようにして、パタリとカルテが閉じられた。




○ミシェレギロティナ モチーフ 小説 +(ブレーメンの音楽隊)

貧困街に立つ病院を拠点とする、政府非公認のギロティナ。本人たちはギロティナである

とはあまり思っていない。メンバーは少なく、謎に包まれている。貧しいため決して

贅沢はしていないが、何故か安定した生活を送れるだけの収入はあるらしい。

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