第29話 13時37分 遭遇

 覗き込んだ先。僕の視界に移ったのはデフォルメされた血に塗れた侍アバターだ。

 床に倒れているが何枚かタオルケットが掛けられている。


 そして視線を奥に移すともう1人の姿を確認することができた。

 赤黒のラバースーツ。個々足ここあしガレットだ。

 ――と、僕が認識した瞬間、ガレットが右手に持っていたサブマシンガンを扉に向けた。


 僕は咄嗟に扉の影から通路側へ飛び退くと数発の弾丸が扉を貫通し、通路の壁にめり込んでいた。


 こいつ……サブマシンガン持ちって……これだけ投げ銭をもらえるって本物ってこと……?


 壁に沿うようにハンドガンを構えたまま息を潜めた。

 さすがにこの壁を貫通はさすがに無理なことは僕でも分かる。


 息苦しい……


 でも、この通路を走って戻っても直線である以上、危険度が高すぎる。

 それならば僕の腕前、かつハンドガンでも応戦できる距離を保っておくべきだ。


 お互いが一切の音を立てずに静寂の時間が過ぎていく。

 分が悪いのは僕だ。


 マッサージルームの出入り口はここしかない。

 相手が追い詰められているようにも見えるが今の状況ではそうではない。


 もし今誰かが通路を通ってきたらバッティングするのは僕だ。

 マッサージルーム内に飛び込むも、通路を走るも恰好の的となることは間違いない。


 そんな考えを巡らせていると、


「ねえ……きみは私に用があるの……?」


「あんたが誰か分からないのに用があるか判断できるわけないだろ」


 沈黙を破った言葉は想像以上に的を得ない質問だ。

 なりきりプレイのつもりなら見事なもんだ。


「私は個々足ここあしガレットって言うVTuber……」


「それはアバターの話だろ? 僕は中身の話をしてる」


 このローテンションな会話トークは見事だけど、なんで信用が得られると思ってんだ。


「うん。だから……中身も一緒……」


「なりきりプレイなら好きにすればいいよ。でも……本当のファンならこんな殺し合いゲームに推しのアバターなんて使わないだろ? まぁ僕個人の意見だけどね」


 僕の意見が突き刺さったのか。

 会話のキャッチボールがピタリと止まる。

 ボールを受け取ったまま、次の一手を考えているのか。


「私はルネ姉が好きだから……自分のファンじゃない……きみはルネ姉知らなかったから私のことも知らないのはしょうがない……」


 こいつ何言ってるんだ? どこまでも徹底してなりきるつもりなのか?

 いや、それよりも僕がルネ姉を知らないだって……?


 何を……何を知ったような口を利いてるんだよ――ッ!!


 ハンドガンを握る手が、白みがかるほどに力が籠る。


「何を勝手に決めつけてるんだよ!!」


「だって……きみルネ姉の配信見た時にそう言った……」


 ――え?

 僕の薄型情報端末カードは白スーツが持っていた。

 だから――いや、違う……薄型情報端末カードうんぬんじゃない。

 一緒に配信を見た……?


「僕がきみと配信を見たって言ってる?」


「うん……ロビーのモニターで見てる時……言った」


 こいつ……この子……あの黒髪ストレートの子か……?

 いやいやいや……なんで自分から正体明かしてるんだよ――

 この子の目的が読めない。


「あんたは黒髪の子……? だとするならあの日の服装は?」


「白のブラウスに青のリボン……リボンとかスカーフ好きで……そういうのばっかだし……」


 確定だ。

 ガレットかはともかくあの日の子ということは確実だ。

 

「そんな話をして何が言いたい? それこそ顔見知りでもないし、接点もない」


「うん……だからちょうどいい」


 回りくどい!! 時間を稼いでるのか?

 無駄な会話でボロを出すのを狙ってる?

 だんだんと目的の見えない会話にイラつきを覚える。


「何がちょうどいいんだよ。僕には何も伝わらない」


「だから……クリアのための共犯者になってほしい」


 僕の茹った思考も真っ白となった瞬間だった。

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