第22話 11時37分 お礼

「はい。それじゃ……質問を。明日の本番も合図はないと考えていいんですか?」


 ダメだ……

 綻びを突くとなるとこの人を脅し、時には犠牲にする覚悟も必要になるだろう。

 これならばいっそのことプリムだったほうがマシだ。

 プリムあいつなら、好き勝手やらかした報いとばかりに考えることができるが、この人は運営側とは言え、ただの担当だ。しかもかなり親切な。


 この状況に陥っている僕が人の道を説くなんて仏様でも笑いを堪えられないことが分かっていても……

 僕は自分で引いた線引きは必ず守りたい……いや、その線引きこそが僕が僕でいられる最後の境界線なんだ。


「その通りです。緊張感を持たせたいとのことで……さらにいうならホテル内の時計も事前にほぼ撤去されています。残っている時計はフロント背面のアナログ時計と、ロビーのニキシー管時計だけですね。それ以外で確認する場合は薄型情報端末カードで確認する必要があります。明日から武器を持つ以上、手で持っているには不便なのでエントランス以外では時間の確認が困難だと思われますね」


 それであまり時計が見当たらなかったのか……

 この追加情報はささやかなお礼なのだろうか。


「ありがとうございます……じゃあ聞きたいことも聞けたのでもう大丈夫です」


「あ……の……」


「はい、ですよ」


 ここの会話が聞かれているかは定かではないが、あの表情は先ほどのミスを僕が報告するかを心配しているのだろう。

 この状況でも自分の甘さに嫌気が差しても僕は僕でありたい。

 だから大丈夫だ。


 黒直里かしすさんは僕の言葉に立ち上がると、普段以上に深々とお辞儀をして部屋を出ていった。


 どうするか……

 配信はなるべく早くやったほうがいいが、薄型情報端末カードの情報も気になる。

 薄型情報端末カードの中身を確認して配信で思わせぶりなことを一つでも言えれば僕に期待する視聴者も出てくるかもしれない。


 この時点で2個拾えているのは相当運がいい。

 大抵初日では拾えても1個。

 そして運が良ければ2日目に再配置された薄型情報端末カードを見つけるくらいが過去の配信のパターンだったからだ。


 悩み抜いた挙句、まずは薄型情報端末カードの確認を決める。

 軽く見ておくだけで、しっかり見るのは後でいい。



 1個目、非常階段扉に貼り付いていた薄型情報端末カードを擦る。

 本名に繋がるものはなかなかないが、SNSならば口調や当人の性格がわかる。

 SNSはネットワークなのか、薄型情報端末カード側なのか、どう制限したのか不明だが認証は通っていても書き込みなどはできないようだ。

 でも過去の履歴を見ることはできる。

 顔も分かるがここで知っても意味が薄い。


 愛称は『カナッペ』。

 かなり派手に遊んでいる様子だ。メッセージの履歴からよく読み取れる。 

 自撮りを見るに派手なのは遊び方だけでなく、服装もそのようだ。

 露出の高い服装を好んでいるようで、自分の容姿とスタイルへの自信がよく伝わってくる。

 だが、履歴を遡っていくとひどい。

 旦那の浮気をでっち上げようと膨大なやり取りが残っている。

 しかも挙句、失敗した後は働きもせず姉妹の家に転がり込んでいるようだけど、文面や画像からは一切反省が見えない……


 2個目の薄型情報端末カードを擦る。

 こいつは……救いようがない。

 顔を腫らした女性の隣で汚い笑いを浮かべて写るものや、それ以上に嫌悪感を抱くようなものばかり出てくる。


 確認だけでも吐き気を催すような事態になるとは想像もしておらず、薄型情報端末カードの確認を止め、洗面所で顔を洗う。


 人としてあまりに醜い姿を見て、ぐちゃぐちゃだった頭が少しだけ整った気がした。

 カメラに近寄り、電源を入れる。

 

 先に個人配信を済ませてから考えよう。


 そうして僕はカメラの前にソファーへ腰を下ろした。

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