Mission18 貴方の隣で

 ……その後も会話を重ね、わたくしはふと気づきます。いつもより長く話しているな、と。


「音宮先輩……その、本日、お仕事の方は……?」

「あ、言ってなかったっけ。……今日はお休みを貰ってるんだ」

「まあ、そうでしたの? ……でしたら、今日は直帰された方が宜しいのでは……?」

「……俺が、氷室さんと話したかった……んだけど……」


 不思議に思い、わたくしが問いかけると、音宮先輩がたどたどしく、そう答える。そのまま俯いてしまうので、思わず覗き込もうとしますと……。


 ……その頬も、耳も、真っ赤に染まっていらっしゃっているのが、見えましたわ。それを見た時、わたくしの胸は、まるで掴まれてしまったような気分になり……。


 ……は、初めての感覚っ……!! ですわ……!!


「駄目……ですかね……」

「い、いえっ!! 決してそんなことは!! ……むしろ、嬉しい、です……」

「そっか……」


 きっと今、わたくしまで赤くなってしまっているでしょう。頬も、耳も。心臓は大きく鳴り響いていて……ああ、恥ずかしいですわ……。


 恥ずかしい、ですけれど!! 折角「話したい」と申してくださったのです!! この機は逃したりしません!!


「でしたら先輩、沢山お話ししましょう! ……わたくしも先輩と、お話したいです……!!」

「うん……そうだね」


 わたくしが告げると、音宮先輩はゆっくり顔を上げてくださいます。赤くなった頬に、どこか控えめな笑顔。……ああ、幸せな気分ですわ……。


「でも今日は、もう寝ておく? 今から寝たら、帰る時間に丁度いいと思うんだけど……」

「ああ……もうそんな時間ですの? ……先輩といると、時間が経つのが早いですわ……」


 そう告げると、何故か先輩が額を抑え始めました。一度治まっていた耳の赤さも、再び戻っており……。


「……音宮先輩、どうしましたの?」

「……氷室さん、それ、わざと……?」

「……? よく分かりませんが、いいえ」


 先程のパウンドケーキはわざとですわ。

 素直に答える(パウンドケーキは言っていませんわ)と、そっか……と返されました。一体何なのでしょう。


「あー、それで……嫌なら断ってくれていいんだけど……」

「はい」

「今日は俺も、一緒に寝てみても……いい?」

「……はい?」


 思わず聞き返してしまいます。……すかさず脳内図書館ビッグデータを展開。男女が一緒に寝る、その真意は……。


「わ、わたくし、まだ心の準備が!?」

「たぶん絶対その意味じゃなくて!! 普通に!! 単純に!! Sleepの意味です!! すみません紛らわしい言い方して!!」

「あ、あら、そうでしたの……しかし、何故、急にそんな……」

「いや……えっと……」


 わたくしの素朴な疑問に、先輩は少しだけ言い淀んでから、ゆっくり話してくださいました。


「その、いつも……氷室さんが眠るのを見届けてから仕事に行くんだけど、その時に見る氷室さんの寝顔が……あまりにも、気持ち良さそうで……実は、いつも思ってたんだ。俺も寝たいなぁって……」


 ……ああ、なるほど……要するに、感化された、ということですわね? 寝顔を見られているのは、少し、いえ、かなり恥ずかしいですが……。


「……ごめん、なんか変態みたいだね、俺」

「いえ! そんなことは! ……分かりましたわ。でしたら、ご一緒に……寝ましょうか……?」


 何でしょう。これ。何もやましいことなどないはずですのに、口にすると恥ずかしいですわ。

 音宮先輩とて、それは同じなのでしょう。露骨に目を逸らされていますわ。


「……あの、やめておきます……か……?」

「い、いや、大丈夫。……これは、俺のためでもあるし……」


 音宮先輩のため? その言葉の真意を測りかねていますと……音宮先輩は意を決した様にこちらを見つめ、手でソファを叩きました。


「えっと……こっち、おいで?」

「……!!」


 こ、これは、まさか……!?


 わたくしは心臓を激しく打ち鳴らしつつ、言われるがまま、先輩の横に参ります。座って、と言われると、大人しく座りました。……先輩の隣に。


 ……ああ、こうして並んで座ることなど、初めてですわ……!! いえ、正確に言うと、乗車していた時は座りましたが。あれとはワケが違いますわ!!


「……ほら、一応……仮でも、付き合ってるわけだし……その、こうして近づくとか、触れ合う……? とか、そういうのに、慣れたくて……」

「な、なるほど……」

「だから……えっと、氷室さんさえ良ければ! なんだけど……俺に寄りかかって寝るとか……しても良いよ」

「よ、宜しいのですか!?」

「……うん」


 これは……激しいまでの進展です! ああ、このまま死んでもいいですわ……いえ、嫌ですが!


「では……失礼します……!!」


 深呼吸をしてから、わたくしはそう告げます。まずは彼の手首辺りに手を当て、そこに軽く体重を掛け、そのまま……。


 ……音宮先輩の肩に、頭を寄せます。


 ……。


「えっと……氷室さん……どう? 硬くない……?」

「あ、えっと……大丈夫、ですわ……」


 な、なんですの!? この全身を包みかねない多幸感は……!! 冗談ではなく、ずっとこうしていたいと……そう、願ってしまいますわ。


「……落ち着きます。とても」

「……そっか」


 音宮先輩が微笑むのが、その息使いで分かります。そして。


「……~♪」


 歌います。音宮先輩が。決して大きくもない、しかし小さくもない。ですがわたくし1人だけに届ける……そんな歌声です。


 ……ああ、そういえばこの歌、初めて先輩に会った時と、同じ歌です。

 ──目が覚めたら、何と言う曲名なのか、聞いてみましょうか。


 そんなことを思いつつ、わたくしは目を閉じます。



 貴方の歌で眠りたい。そう思いました。

 それが貴方の隣で、こんなに近くで、叶っている。

 幸せですわ。とっても。


 ……貴方もそう思ってくれていれば、いいな……──。



.。.:*・゚☽



「……おやすみ」


 文那が眠りについたのを、その呼吸音で確認した鳴子は1人、そう呟いた。


 やはり彼女の寝顔は、こちらが羨んでしまうほど穏やかな表情で。そしてその表情は今、自分のすぐ隣にいて。肩から伝わる温もりが、重さが、彼女の全てを教えてくれている。


 この部屋には、鳴子と文那しかいない。しかし鳴子は、人の目を確かめるように一度、辺りを見回した。そして再び文那の方を見る。彼女がきちんと眠っているのを確認してから。


「……いい夢見てね」


 そう呟いた後。


「──文那」


 微かな声で、しかしはっきりと、その名を呼ぶ。



 ……しばらく鳴子は1人、顔を赤くして悶えていた。しかしすぐに、それを振り払うように軽く、文那を起こさない程度に、首を横に振る。

 そして、ゆっくりと目を閉じた。





 2人はまだ、目覚めない。

 そして2人の恋はまだ、始まったばかりである。





【終】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る