Mission16 幸せへの道は、自分で切り開くもの!

 音宮先輩は机の上に散らばっていた書類を全てまとめ、端に置いてくださいました。会議室にはお茶と茶菓子があるらしく、それも出していただきました。


「えっと……先日の申し出って、俺の異能力のこと……だよね?」

「ええ……そうですわ」


 熱いくらいのお茶を啜り、わたくしは机の上に湯呑を戻します。


「……ですが、その話の前に、1つ……謝罪をさせてください」

「……謝罪?」


 音宮先輩は心底不思議そうに首を傾げました。……知らないのも無理はありません。わたくしが勝手にやっていたことですから。


「……わたくしたちが初めて出会った日の事……覚えていらっしゃいますでしょうか」

「うん、もちろん」

わたくしはあの日、久しぶりに安眠を得ることが出来……とても嬉しかったのです。そしてわたくしは先輩との再会を果たし、こう考えました。……『先輩に、わたくしと四六時中一緒にいたいと思わせれば、あの歌声はわたくしのものに、安眠を手に入れられることが出来る』、と……」

「……」


 音宮先輩は黙ります。当たり前でしょう。……わたくしが音宮先輩の立場でしたら、気持ち悪いと突っぱねるところですし。


わたくしは、貴方に好きになってもらえれば、自分の利益になると。……そんな打算的な思いで貴方に近づき、お気持ちを弄ぼうとしました。……本当に、申し訳ありません」


 わたくしは立ち上がり、深々と頭を下げました。


 許してほしいとは、思っていません。どう思ってくださっても構いません。……いえ、本当は、嫌われるのが、すごく、怖い……。


 ……ですが、もう、仕方のないことなのです。


「副会長からお聞きしました。先輩には、次期放送委員会委員長の打診が掛かっていると。……そして明け星学園で重役に就く方は、通常の生徒の比ではないくらい、忙しくなると……」



『この学校って、他の学校に比べると、すごい異例なんだよね。完全な生徒主体で回ってるから、イベント運営とか全部生徒が1からやらないといけないし。……生徒会とか、委員会とか、部活とか、そういう重役に就く生徒は、否応なしに忙しくなるんだ。場合によっては、先生より忙しくなっちゃう生徒もいる』



 副会長が、そう、教えてくださいました。



『この1週間、音宮くん、かなり忙しかったじゃん。それって、次期委員長の打診が来てるからなんだ。……委員長になったら、もっと忙しくなっちゃうのは目に見えてる。今よりもっと音宮くんは、君に構ってくれなくなるよ。それでも、平気? それが心配』



 ……もとよりわたくしたちは、出会うはずのない2人だったのです。

 だからいいです、なんて、言えませんけど。


「……そうなる前に、言っておきたいことがあったのです」


 顔を上げます。そして音宮先輩を見つめて。……出来る限りの、笑顔で。貴方が素敵だと言ってくれた、そんな笑顔で。



「お慕いしております」



 顔に熱が集まるのが分かります。彼から顔を背けたくて、仕方ありません。この場から逃げ出したくて、仕方ありません。


 ですがわたくしは、真摯にこの気持ちに向き合います。


 そこに打算などは、もうありません。あるのは、わたくしの正直な思いです。


「打算が、憧れになりました。憧れが、恋慕になりました。……こんな気持ちは迷惑だと、分かっています……ですが……好きです、先輩、大好きです……!!」

「……!!」


 感情が昂ぶり、涙が溢れだしました。それを合図に、固まっていた音宮先輩は、時間を取り戻します。一気に顔を赤くし、それから、ポケットからティッシュを取り出してくださいました。


「え、えっと、これで拭いて……」

「ッ、すみませっ……」

「あー、えっと、その……別にいいよ、打算とか、そういう……むしろ、俺のこんな地味な異能力の使い道見つけてくれて、ありがとうー……というか……」

「……はい?」


 ティッシュを受け取り、涙を拭っていましたが、彼の有り得ない発言に、思わず聞き返してしまいました。


「いや、だから、こんな異能力が欲しいなら、全然貸すし。それで氷室さんの助けになるのなら……」

「おっ……音宮先輩は人が良すぎますわ!!!! この現代社会、生きていけないのではなくて!?」

「そ、そこまで言われちゃうか~……」


 また言い過ぎてしまいました、と思い、口を噤みます。次に、慎重になりながら口を開いて。


「全然……地味なんかでは、ありません。わたくしにとっては、本当に……まさに、救いの手と言える異能力で……それに、人のことを癒せるなど、このストレスの多い現代社会で役に立つはずです! あまりそう卑下しないでくださいまし!」

「あ、ありがとう……」


 わたくしが語尾を強めつつ申しますと、彼は少し気圧されたご様子でした。……ですが、これでいいのです。


「それで……えー、えーっと……氷室さんは、俺のことが、好き、で……?」

「えっ!? あっ、はい、そう、ですわ……」

「あ、そう……なんだ……へぇ……」


 恥ずかしくなってきてしまい、今度こそ俯きました。しかし反応が気になるので、少し顔を上げると……。


 ……笑っていました。というより、「笑顔を嚙み殺そうとしている」というご様子でした。


「そ、その表情は一体、どういうお気持ちですの!?」

「あっ、ごめんね!? ちょっと、氷室さんみたいな素敵な子に……そんな風に思って貰っていたのが……嬉しかったと言いますか……」

「す、素敵!?」


 聞き返す声が裏返ってしまいます。そう褒められるのは……全く慣れません!


「いや、だって、俺みたいな……こんな平凡な男で釣り合うのかっていうの気になるし……体力はないしそこまで頭も良くないし……本当、氷室さんに好意を寄せてもらえるような者では……」

「そっ、そんなことはありませんわ!! 音宮先輩こそ、とても素敵です!! わたくしのような人間に愛想を尽かさず、親身になって話を聞いてくださる優しさや、わたくしのことを思って異能力を使ってくださろうとするお人好しなところも、先輩の落ち着いた雰囲気も、わたくしわたくしっ……とっても大好きですのっ!!」

「ちょっと待って!? ごめん、死んじゃう!!」

「死なないでくださいまし!?」


 お互い、「落ち着こう」という結果になりましたわ。気づけば双方立ち上がっていたため、椅子に座り直し、お茶を啜ります。……落ち着いてきましたわ……そして、更なる恥ずかしさが襲ってきましたわ……。


「ええっと……勢いで喋ってしまったところはありますが、言ったことは全て……本当です……」

「……うん……」

「ですが、この気持ちを受け入れてもらおうとは、考えておらず……願っていないと言えば、嘘にはなりますが……わたくしは、打算を持って接した自分を、許してはおりません……。ですから、音宮先輩に、わたくしをどうするか……決めてほしいのです」

「……そっか……」


 ズルい言い回しですわ。わたくしはそんなことを思います。

 だって、分かっていますもの。彼に答えを委ねれば、どんな答えが返ってくるかくらい……。


「さっきも言った通り、俺は全然、気にしてないし……怒ってもないし……氷室さんのためなら、いくらでも異能力、使うから」

「……ありがとう、ございます……」


 やっぱり。こう返ってくるに決まっていますわ。この方は、優しいから。……分かっていたことです。

 ここでわたくしが「許さないで」と言ったところで、きっと彼は、許すと言ってくださいますから。


 ……ああ、泣きたくなるほど甘い、優しさです。


「それで……その、告白のことに関しては……俺、氷室さんのことをそういう風に考えたこと、無かったし……でも、その、嬉しいから。すごい。だから、俺も真剣に考えたいし、えーっと……氷室さんさえ良ければ、お付き合いしてみたいんだけど……」

「……はい!?」


 前言撤回します。わたくしはこの方のことが全く分かりませんわ。


 わたくしが聞き返すと、音宮先輩にも「え!?」と聞き返されてしまいました。


「あ……そ、そっか、やっぱ仮とか、そういうのは、氷室さん的には駄目かな……?」

「そっ、そういうわけではありませんわ! そうではなく……えっと……」


 許してくださるところまでは想定内でしたわ。しかし、まさか告白を受けてもらえるとは……予想外でしたわ。想定外のことに、わたくしは慌てふためいてしまいましたの。


 視線を逸らし、考えます。……安眠を手に入れられる上に、交際の申し込みまで受けてもらえる……? そんな……そんなことがあって、いいのでしょうか……。

 ……わたくしがこんなに、幸せになってしまっても……。


 ……いえ、違います。これは、チャンスですわ。


 音宮先輩はわたくしに対し、恋愛感情はない。わたくしの気持ちを考慮し、そう言ってくださっただけですわ。


 もしここで仮でもお付き合いをすれば、好きな彼ともっと一緒に居ることが出来ます。今まで彼を騙していた……その贖罪も出来ますし、何り……好きになってもらう努力を、横ですることが出来ますわ!


 前向きに考えますのよ、氷室文那! そして幸せへの道は、誰かに提供してもらうものではない。自分で切り開くものでしてよ!


「……分かりましたわ、先輩。仮とはなりますが、交際の申し出、ありがたく受けさせていただきます!!」

「あっ、うん、ありがとう……?」

「……仮とはいえ、わたくしと付き合うのですから、今から言うことを念頭に置いてください」

「……?」


 不思議そうに首を傾げる音宮先輩に対し、わたくしは意気揚々と告げましたわ。



わたくしがあらゆる手段を以って、音宮先輩を絶対に惚れさせてみせますわ!!」



 だから、覚悟してくださいまし!!



 そしてわたくしは笑います。きっと今、わたくしの人生史上、一番の笑みを浮かべている事でしょう。





 わたくしの初めての恋は……まだ始まったばかりですわ!

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