Mission10 ツンデレ大作戦

 そういうわけでわたくしは、重大な協力者を得ることに成功しましたわ。役に立つかは謎ですが、まあ無いよりはマシでしょう。


 メイドの計らいにより、音宮先輩は紅茶を被ってしまいました。着替えから戻った音宮先輩を出迎え、わたくしは深々と頭を下げました。


「音宮先輩、先程は我が家のメイドが失礼を働いたこと……深くお詫び申し上げます。そしてお怪我がなかったようで何よりですわ」

「うん、大丈夫だよ。ありがとう、丁寧に……」

「そこで提案なのですが、更に我が家で過ごされてはいかがですか? 幸い今日、明日は休日……休息を取るには絶好です」

「え!? い、いいよそんな……気にしないで!?」

「お母様から許可はいただいておりますわ」

「母さん……」


 額を抑え、項垂れる音宮先輩。それを厭わずわたくしは満面の笑みを浮かべ。


「決まりですわね!」


 そう、手を叩きました。





 メイドたちが言うには。


「お嬢様は、素材はいいです!」

「そうです! 旦那様譲りの切れ長の瞳! お母様譲りのライトブラウンの御髪みぐし! とてもお美しい!」

「昔から食事管理もきちんとされていますので、スタイルもモデル並み!」

「しかし性格に難ありですからね……」

「仕方のないことではありますけどね……私も、推しのライブに行った後はそのままテンションでオールしちゃって、寝不足でイライラして……」

「それが毎日ですもの、苛立つのも分かりますわ」

「ですがそれを考慮した上でも性格がだいぶキツイですからね~……」

「事情を知らない方からすれば、ただの短気な人ですよね……」


「貴方たち、何だか随分遠慮なく言うようになりましたわね????」

「「「「これも全てお嬢様のためです!!!!」」」」


 シンクロしないでくださいます? 怖いですわ。


「でも私たちは分かっているのです! お嬢様はただ短気でプライドが高くて変に高飛車なだけで、本当はとてもお優しいかたであると!」

「悪口が多かったのは気のせいですの?」

「私たちは知っています。お嬢様が実は、廊下ですれ違った方が落としたハンカチを返そうとしたら逃げられてしまったため、お相手の席を調べ、そこにそっと置いて帰ったことを!」

「なっ!?」

「そして少し涙ぐみながら帰ったということも!」


 どうしてそんなこと知ってますの……氷室は恐ろしいですわ……。

 い、いえ、涙ぐんでなんていません! 全然いませんわ!


「というわけでお嬢様、そこを狙いましょう」

「そ、そこ? どこですの?」

「それはいわゆる……『ギャップ萌え』!!!!」


 ぎゃ、ギャップ萌え? とは……?


「類義語として『ツンデレ』、『雨の中捨てられた子犬に傘を差しだすヤンキー』などが挙げられますね」

「後半具体的ですわね」


 というかそこまで来たら、家に連れ帰った方が早いのではなくて?


「そしてお嬢様は、『ツンデレ』をするにはピッタリ! そのギャップで、彼のハートをずっきゅん致しちゃいましょう!!」


 そう言いつつ、両手でハートマークを作るメイドたち。こう……シンクロされた行動をされると、とても怖いのですが……。

 ……まあ、メイドたちが楽しそうで何よりですわ。




 わたくしは家の中を案内するという名目で、音宮先輩と庭にやって来ましたわ。ここでは数多の植物が育てられており、季節によって様々な花が咲くようになっています。我が家が雇っている庭師の腕が良いのですわ。


「氷室さん、この花はなんて言うの?」

「それはギンヨウアカシアですわ。ミモザアカシアとも呼ばれていまして……」


 わたくしは聞かれるがまま、質問に答えていきます。音宮先輩は興味津々、と言いたげな表情で頷いてくださるので、話している方にも精が出ます。


「花言葉はいくつかあるんですけれど、『エレガンス』や『堅実』など……恐らくそういった花言葉は、1年中美しい葉を付けることから来ているのでしょう」

「へぇ……氷室さんみたいだね」

「……それは、どういう思惑で?」

「あ、気に障ったならごめんね! ……氷室さんって言動が洗練されてるし、今色々教えてくれてるのでも分かる通り博識だし……それって、昔から堅実に努力してきたんだろうなって」


 わたくしの声色が冷たくなってしまっていたのでしょうか。音宮先輩が慌てたように早口で教えてくださいました。わたくしはそれを聞き……頬に熱が溜まるのを、感じました。


 ……違います!! 良く言われて照れているとか、そういうものではありません!! 少し外が熱いだけです!!


「ひ、氷室の人間ですので、当然の事です! それにわたくしのこの知識は……異能力によるものですから」

「異能力?」

「はい。ですから、知識に関してはわたくしのものでは……」


 そこまで言いかけたところで、「お嬢様!」と後ろから声が飛んで参りました。振り返るとそこには、作戦立案者のメイドの姿が。……わたくしたちは視線を交わし、小さく頷きました。

 さぁ……作戦開始です!


「お嬢様、申し訳ありません! 先程、お嬢様の大事にしていらしたティーカップを、不注意で割ってしまい……!」

「まあ……なんですって!?」


 作戦はこうですわ。メイドがわたくしを怒らせるようなことを報告します。そして怒り心頭に発したわたくしがそれを叱る。それはもう、! ……そう笑顔で言われたことは、少々引っ掛かりますが……。

 ですがその叱責を済ませた後、何か優しい一言を掛ける。きっとギャップでキュンとなること間違いなし! ……というのが、メイドの言い分ですわ。


 そういうのは直接やらなくても効果がありますの? と問うと、「『雨の中捨てられた子犬に傘を差しだすヤンキー』と同じです」と言われました。


「むしろ、間接的に見るからこそ感じる萌えもあります!」


 ……とのこと。

 まあ真偽は不明ですが……わたくしはいつも通りやるだけですわ。


「また貴方という方は……あれは他のどの食器よりも丁重に扱うよう、良く言い聞かせていたではありませんか! 今朝の失敗に引き続き、性懲りもありませんわね!」

「はい……本当に、申し訳ありません……」

「謝罪くらいなら誰でも出来ますわ! 貴方には誠意が見えませんの! ……それとも貴方は、わたくしに何か害を成したいとお考えで?」


 そう言っている内に、心の中に燃え上がるものがありました。……それは、怒りです。本気の。

 ああ、これは作戦ですのに。わたくしの中の冷静な部分がそう告げます。しかし一度点いてしまった炎は、簡単には消えません。声を出す内、段々本気で苛ついてきて、わたくしは思いつくままに口を動かします。


「まあ恐ろしい! 確かに氷室家は貴方みたいな庶民の方が考えられないくらいの財を所持していますわ。それを狙うなど、卑しいにも程がありますわ! ……本当はティーカップを割ったなど嘘で、割ったことにして隠し持っているのではなくて?」

「……お、お嬢様、流石に言いすぎ……」


 メイドがわたくしだけに聞こえる小声でそう言ってきます。……ですがそれさえも、わたくしの怒りに薪をくべるだけでした。


わたくしは当然のことを言っているまで……」


 そこまで言いかけたところで。



「~~~~……♪」



 歌声が、聞こえました。


 それと同時、わたくしの中で燃え上っていた怒りが……スーッと、消えていく感覚がします。……それと同時、指先から冷えていく感覚。

 ああ、わたくし、またやってしまいましたわ。


「氷室さん」


 わたくしの背後から、声が聞こえました。……今まで聞いた中で、一番温度を失った声が。

 恐る恐る振り返ると、音宮先輩が、わたくしのことを、真剣な表情で見つめていて。


「……言いすぎだよ」

「……あ……」


 わたくしは、何も返せませんでした。


 音宮先輩はわたくしの横を通り抜け、大丈夫? とメイドに尋ねます。ああ、どうしよう。こんなの。


 ──こんなの、嫌われるだけではありませんか。

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