Mission9 部下を有効的に活用する

 その後は彼には、ごゆるりとお休みになっていただきましたわ。わたくしは、眠れませんので……自室で読書にふけっていましたが。読書は良いものですわ。面白ければ面白いほど、時間を忘れることが出来ますから。


 そしてそうしている時、たまに気絶が出来る日があります。どうやら今日はそんな日だったようです。……ふとわたくしが顔を上げた時、時刻はもうすぐ8時、というところを指していました。


 そろそろメイドが呼びに来る頃ではありますが、自らの意志で部屋を出ます。そして食事場に顔を出すと同時……。



 バシャッと音が響きました。



 目の前の光景に、わたくしは絶句します。


 転んでいるメイド。一足先に朝食を摂られていたのでしょう、席に座る音宮先輩……その服には、紅茶で出来た大きなシミが……。


「もっ、申し訳ありませんっ!!」


 メイドが慌てたように体を起こし、青ざめた顔で謝罪をします。音宮先輩も驚いているようでしたが、メイドに顔を向け、優しく微笑みました。


「大丈夫ですっ、顔を上げてください……それより、怪我はありませんか?」


 ……あんな無礼を働いたメイドにも、一切の陰りもない笑顔を向け、それだけでなく、心配までするとは……わたくしだったら、その場で怒り散らしていますわ。心配など、全く致しません。


 心臓を素手で掴まれたような、そんな感覚に陥りましたわ。彼は人格者です。わたくしとは、違う……。


 ──しかし、違うからこそ、気づけることもありますわ。


「貴方、ちょっといいですわよね?」


 彼に紅茶を掛けたメイドが調理場へ戻るタイミングを見て、わたくしはそう声を掛けます。彼女は大きく肩を震わし、ゆっくり振り返り、はい、とか細い声で告げました。





「お、お嬢様……一体何の御用でしょう……」

「あら、心当たりがないとは言わせないわよ。……わたくしが気づかないとでも思ったのかしら」


 わたくしはメイドに歩み寄り、その顎を指先で押し上げました。


「貴方……音宮先輩に紅茶を掛けましたわよね?」


 メイドが息を呑む音がしました。こんな至近距離にいるのですから、分かります。


「そ、そんなことは……ありません……」


 彼女は右上を見上げています。「右上」は、未来のことを考える時……そして、嘘を吐く時に見上げるもの。自分から嘘だとバラしていますわ。愚かですわね。


「そんな嘘が通用するとお思いで? 舐められたものね。……さぁ、白状なさい。どうして彼にワザと紅茶を掛けたというの!?」


 そんなメイドとしてあるまじき行為、一体どう説明してくれるのかしら。どうせお父様に言ってクビにしてもらうことは決定事項ですけれども、どんな言い訳が出るのかだけは確かめ……。


「あの方を……この場に引き留めたくて……」


 やがてメイドが、観念した様に口を割りました。冷や汗を流しつつ話すその様子は、嘘を吐いているようには感じられません。……どうやら本当の様ですわね。


「……何故、引き留めたかったの?」


 それを聞き、次の質問を投げかけます。するとメイドは、先程よりも早く口を開き……。



「あの方が……お嬢様の想い人だと思い……その恋路を応援しようかと考えまして……」



「………………は?」


 昨日に引き続き、今日も素っ頓狂な声を出してしまいましたわ。……いえ、誰でもこうなりますわ。

 何言ってますのこのメイド????


「わ、わたくしが、あの方に思いを寄せていると……?」

「はい……最近のお嬢様は、とても楽しそうで……一体何があったのかと思っていたのですが……あの方がいらしてから、お嬢様の表情は更に煌びやかになり……これは……間違いないと……!!」

「ぜ、全然違いますわこのアホメイド!!!!!!!!!!」


 ああ、恥ずかしいったらありゃしませんわ!! そんな勘違いで客人に無礼を働いたなど!! 氷室の名を汚しかねない行為になり得たということを、この方は分かっていらっしゃるのでしょうか!?


「わ、私だけではありません!! この情報は、全メイドたちに周知されております!!」

「フェイクニュースですわ!!!!!!!!!!」


 確かに彼は人格者で、素晴らしい声をしていて、正直、憧れの情は抱き始めていますの!! ですから、これは恋とか、全然そういうものではありませんわ!!


「お嬢様……そういうのが恋っていうんですよ……」

「ドヤ顔鬱陶しいですわ!! あと思考を読むんじゃありません!!」

「声に出してましたよお嬢様~……」


 とにかく!! そんな偽情報は早く撤回させて、彼には更なるお詫びをしなければ……。


 ……いえ、待ってくださいまし。


 そこまで思ったところで、わたくしはピンと来ましたわ。


 この者たちは、少なからずわたくしよりも人生経験……詳しく言うと、恋愛経験が多いはずですわ。この前の雑談がそれを物語っています。


 ……つまり、この者たちの協力があれば、わたくしの「音宮先輩をわたくしに惚れさせる」……という計画も、早く進むのではなくて?


 優れた人間というものは、作戦のために下の者を有効に使い、成功に導くもの!! そしてわたくしは、それが出来る人間ですわ!!


「……いえ、訂正しますわ」

「?」

「わ、わたくしは……その、彼に……少なからず、思いを寄せていますの!!!!」


 嘘ではありませんわ。あくまでその寄せている思いは、憧れの情ですが!!


 わたくしの叫びに、メイドは両手で口元を抑えます。その瞳は輝き、やがて涙が溜まり……。


「お嬢様……!! 恋というものを知られ、一回り成長なさったのですね……!! 素晴らしいですッ……」

「……鬱陶しいので泣かないでくださいまし……」

「氷室家メイド一同、お嬢様のために何でも致す所存です! アドバイスから恨まれ役を買うことまで! 全てはお嬢様の初恋のために……!!」


 ……本当に大丈夫なのかしら……このメイドたち……。

 ……いえ、それを「大丈夫にする」のも、わたくしの役目ですわよね。


「……そこまで言うのなら、精々わたくしの役に立ってくださいまし。期待していますわよ」

「はい!!」


 やる気が十分そうなメイド。わたくしは思わず笑みを零し、それから口を開きました。


「そういえば、貴方に夢中だとかいう彼氏さんとは、順調なのかしら?」

「いえ!! あの野郎、浮気を隠すために私に甘えていただけでした!!」

「貴方、作戦から外しておくわね」

「お嬢様!!!! 悪いのはあっちです!!!!」

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