Mission8 華奢な面をアピール!

 音宮先輩の泊まるお部屋の案内は、わたくしが申し出ました。

 わざわざお嬢様が出向く必要は、とメイドたちに反論されそうになりましたが、そもそも迷惑をかけたのはわたくしなのです、という言葉で押し切りましたわ。


 ……それに、これは絶対に言えませんが、わたくしは音宮先輩に惚れていただかないとなりません。少しの機会も逃したりはしませんわ。


「こちらがお部屋になりますわ。まあ……少し狭いかもしれませんが、ご容赦くださいませ」

「い、いや、広すぎるくらいなんだけど……?」


 あら、そうですの、と言いつつわたくしは、開いていたカーテンを閉めます。……そうしつつ、頭の中で脳内図書館ビッグデータを展開。めくるのは恋愛指南書……!!



『女のコらしさをさり気なくアピール♡ きっとカレもメロメロになるはず!』



 まずはこれを実践ですわ!

 そのために先程、わたくしはこうして計画を立てましたわ……。



 ところで、「女のコらしさ」とは一体何なのでしょう……?


 いえ、考えるのではありません、氷室文那。こういう時は他の書物をめくり、定義を模索していきますのよ。そう、例えば……。


 ……よし、これに致しましょう。「ドキドキ♡ 寮生活~気になるアイツとふたりっきり!?~」ですわ!! ……いえ、お待ちなさい。どうして高校という公共の場に、こんな漫画本がありますの!? しかも特に学びはない、ただの少女漫画ですわ!!!! いえ、わたくしは助かるのですが!!


 ふぅ。気を取り直し、ページをめくります。重要になりそうな場所だけ探し、それ以外は流し見をして……。

 ……あ、こことか良さそうですわね。




 ──寮の部屋にて。


ヒロイン「うう、お母さんったら、わたしの初1人暮らしに興奮して、実家にあるタンス送ってきちゃって~!! こんなの、わたし1人で運べるわけないでしょ~!!」

ヒーロー「……1人で何してんだ? オマエ」

ヒロイン「あっ、アンタは……!! ……ふんっ、アンタには関係ないでしょ!! わたしはこれを運ぶのに忙しいのっ!!」


 ──タンスを持ち上げようとするヒロイン。しかしタンスはびくともしない。


ヒーロー「ったく……仕方ねぇな……」


 ──苦戦するヒロインの様子を見て、ため息を吐くヒーロー。するとタンスを横から搔っ攫い……。


ヒーロー「お前はきゃしゃな女のコなんだから、こういう時は男を頼れよ」

ヒロイン「え、ええっ!? (赤面)」


ヒロイン(こ、コイツも、男の子……なんだ……(ドキッ)。ど、ドキッて何!? 全然、ときめいてなんてないんだからーーーーッ!!!!)




 ……少々ツッコミどころが多かったような気がしますが……どうしてタンスを片手で持てますの……? その方、ゴリラなのではなくて……? それとも殿方なら普通ですの……?


 あ、いえ、フィクションのことをいつまでも考えていてはキリがありませんわ。ここで重要なのは、「お前はきゃしゃな女のコなんだから」という台詞……まずはわたくし華奢きゃしゃな面をアピールすることですわ!!




 ……回想終了ですわ。


 わたくしはカーテンから視線をそらし、足元にあるものに意識を向けます。


「あ、あら、何でしょうかこの段ボールは……客人が来ているというのに、邪魔ですわね」


 もちろん、これはわたくしがメイドに頼んで置かせたものですわ。「中に重いものを入れた段ボールを用意しなさい」と言うと、メイドたちは何故? と眉をひそめましたが……。わたくしの命令ですもの。彼女たちはきちんと用意をしたようです。仕事が早くて何よりですわ。


 わたくしは身を屈め、その段ボールを持ち上げようとし……あら、結構重いじゃない。決して持てないというほどではない……けれど。


「あ、あら、わたくしでは、持てそうにありませんわ……どうしましょう……」

「え、じゃあ……えっと、俺が持とうか?」


 計画通りの言葉が、彼の口から飛び出します。わたくしは勢い良く顔を上げました。


「ほ、本当ですの? ……では、お願いしても宜しいでしょうか……?」

「うん、任せて」


 音宮先輩は腕をまくり、笑って頷きます。まあ、なんと頼もしい……!!


 ……この一連の会話で、わたくしが華奢で可愛らしい女の子だということをご理解くださればと思いますが……。あわよくば惚れてくだされば……いえ、焦りは禁物です。千里の道も一歩から、と言いますし……今はこれだけで……。


「よい……しょっ……。……あれ、これ、本当に重いな……」

「……」


 わたくしは思わず思考を停止し、黙ってしまいました。なんですの、その持ち方は……。背筋も曲がっている、段ボールを持つ手の位置も悪い。そんな持ち方では、腰を壊してしまいますわ!


「音宮先輩、段ボールの持ち方がなっていなくてよ!! 貸してくださいまし!!」

「えっ!? は、はいっ!」

「いいですの? まず、背筋を伸ばしつつしゃがむ! そして対角線上の角を持つ! 今は右上と左下を持っていますが、逆でも可ですわ。やりやすいように持ってくださいまし! 最後に、引き寄せて体に密着させつつ……立つ!!」


 たまらずわたくしは、そんなことを言いつつ。ぽかんとしていた音宮先輩は、しばらくしてから拍手をし始め……。


「……氷室さん、持ててる……ね……?」

「…………あ」


 わたくしは思わず情けないまでの素っ頓狂な声を出してしまいます。華奢だと思ってもらう作戦……どうやら、失敗してしまったようですわ……。


「……音宮先輩、今のアドバイス通りにやってみてくださいませ!!」


 誤魔化すようにわたくしは、そう高らかに告げました。

 涙目になんかなっていませんわよ? ええ、決して。





 無事に段ボールが持てるようになった音宮先輩を横目に、わたくしは項垂れてしまいました。こんな……こんなはずでは……。


「……氷室さん、えっと、ありがとう」


 そんな風に落ち込んでいると、音宮先輩がふとそう告げました。わたくしが顔を上げると、音宮先輩は段ボールから顔を覗かせつつ、微笑んで。


「俺、放送委員会の中でも非力な方で……機材運びとか全然役に立てなかったんだけど、もしかしたら持ち方が悪かったのかも、って気づけたから……だから、ありがとう。……氷室さんは、博識なんだね」

「……!!」


 わたくしは目を見開きます。まさか、そんなことを言ってもらえるとは……音宮先輩は、良い所を見つけるのが上手い人ですのね……。


 ……博識だと、言って貰えた。この笑顔からして、作戦こそ失敗したものの、好感度は多少なりとも増したのではなくて? ……結果オーライだということにしておきましょう! 流石はわたくしですわ!


「それにしても、どうして氷室さんは一回目は持てなかったんだろうね?」

「それは夢ですわ!!!!!!!!!!」

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