Mission7 もてなしは丁重に

 昔のわたくしは、ここまでではありませんでした。



 ……小学校、中学校、そして高校の平均蔵書数をご存じでしょうか?


 生徒の所属人数にもよりますが、小学校は約9,000冊、中学校は約10,000冊、高校ともなると約20,000冊となります。


 ご察し頂けましたでしょう。異能力によってわたくしの脳にかかる負荷は、学校が変わるほど重くなっていきます。更に、新しい本は入荷され、古い本は捨てられていくので、その度に情報は更新され、わたくしの脳には負荷がかかります。


 かかりつけのお医者様からは、奇跡だと言われていました。これほどの情報負荷があり、で済んでいるとは。元より脳に収納出来る情報貯蔵庫が大きいのでしょう。……そう、何度も、言われましたわ。


 しかしわたくしは、そうは思いませんでした。


 眠りたいのに眠れない。苛つきは募り、人に対し嫌な態度しか取れず、孤独な日々。いっそ情報量に耐え切れず、そのまま死んでしまえたら良かった……新たな学校に入学するたび、思ったものです。


 中学の時は、1、2時間ほどなら自力で眠れたのです。無いよりはマシでした──……今となれば、そう思います。


 明け星学園の蔵書数は、平均よりも15,000冊多い、約35,000冊。そしてこの異能力、脳内図書館ビッグデータは、わたくしの意思とは関係なく使用されてしまう……。


 約35,000冊の情報という暴力が、わたくしの睡眠を妨害する。


 高校生になると同時、全く眠ることが出来なくなってしまっていました。




.。.:*・゚☽




「……ん」


 ゆっくりと、意識が浮上していきます。ああ、わたくし、眠れましたのね……もっと眠っていたかったような気もしますが……。一度「起きた」と認識してしまえば、もうわたくしは眠ることは不可能。大人しく、二度寝は諦めましたわ。


 そして軽く視線を漂わせ、わたくしは自分が今、自室にいるということが分かりました。間違いありませんわ。体を包む柔らかな羽毛……わたくしのためにお父様が特注した羽毛、そのものですから。


 ……音宮先輩の鼻歌で眠ってしまい、家の者がわたくしを連れ帰った……というところでしょうか。……迷惑をかけてしまいましたわね。


 後日詫びの品を、彼の家へと届けさせましょう。そんなことを思いつつ、眠ることが出来た余韻に浸ろうと寝返りを打つと……。


「あ、氷室さん、起きた?」

「…………………………????」


 何故かわたくしの向く先に、音宮先輩がいました。どうやらわたくしのベッド脇にある椅子に腰かけているようです。こちらを覗き込む彼の表情は、とても柔らかく……。


 ……わたくし、実はまだ眠っているのでしょうか?


 そう思い、自分の頬を引っ張ります。夢ならば痛くないはずあいたたたたたたたた。


「夢じゃありませんの!?」

「よく分かんないけど……そうだよ」


 音宮先輩が優しく答えてくださいました。それならそうと、早く言ってほしかったですわ。わたくしは慌てて体を起こします。迷惑をかけた相手の前で寝転び続けるなど、言語道断!!


「お、音宮先輩、どうしてわたくしの家に……?」

「あ、お邪魔しちゃってごめんね。氷室さんが寝ちゃったから、副会長に頼んで校門までなんとか連れて行ったんだ。そこに氷室さんのお迎えが来たみたいだから、その人たちに任せて帰ろうと思ったら……『お礼をさせてください』って、すごい言われちゃって……断れなくて」


 気づいたらここまで来ちゃってたんだ、と彼は眉を八の字にしつつ笑います。


 ……な、なんたる無礼を……わたくしが寝てしまっただけでも十分迷惑だったでしょうに……そこから更に、無理矢理家まで連れて行くなど!


「わ、わたくしの家の者が、とんだ無礼を……申し訳ありませんっ! 謹んで、お詫びを申し上げますわ」

「えっ、だ、大丈夫! 気にしないで。むしろ、呼んでくれてありがとう……? いや、違うな……貴重な体験を……? それも違うか……」


 音宮先輩は、なんとか上手い言い回しがないか、模索しているようでした。きっと、わたくしのために。……。


「……ふふっ」

「……え……?」


 思わずわたくしが笑ってしまうと、慌てふためいていた音宮先輩の動きが止まりました。目が合い、わたくしは反射的に顔を背けます。


「い、いえ、なんでもありませんわ! ……わたくしも気にしないので、先輩もお気になさらず」

「う、うん、分かった……」

「……こうなれば、我が家で音宮先輩……貴方様に、氷室の名にふさわしい最上級のもてなしをさせていただきますわ! 覚悟してくださいまし」

「………………うん?」


 頷いていた音宮先輩は、再び動きを止めます。しかしわたくしは構うことなく。

 パンパン、と手を叩くと、素早く廊下からメイドたちが部屋へと入ってきました。洗練された動きですわ。わたくしは感心しつつも、次いで声を発します。


「彼の実家に連絡を!!」

「はい、既に手配済みでございます」

「よろしいですわ。部屋の確保は?」

「来客用の最上級の部屋を」

「メイキングを再度確認するように。あとは……」


 てきぱきと指示を飛ばすわたくし。その様子に彼はどうやら驚いているご様子でしたが、やがてハッとしたように肩を震わせました。


「ひ、氷室さん!? 大丈夫だよ、俺、今からでも家帰れるし……」

「あら、何を申していますの? いくら音宮先輩は殿方と言えど、夜道には様々な危険が潜んでいましてよ?」

「い、いや、そうかもしれないけど……」


 わたくしの忠告も虚しく、なおも反論を続けようとなさる彼に、わたくしは指を鳴らす。すると前に出たのは、先程「彼の家に連絡済みだ」と言ったメイドで。


「音宮様、お母様から言伝を預かっております」

「あ、は、はい……?」

「『せっかくの機会なんだから、全力でもてなされてきなさい!!』と」


 母さん……と彼は、額を手で抑えて項垂れました。

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