Mission5 夜の密会

 どこで自習をしましょう。やはり無難に図書室? いえ、教室というのも1つの手でしょう。それとももっと別の場所……。


 ……そんなことを考えつつ、自然とわたくしの足は、放送室の方へ向かってしまっていました。理由は分かっています。


 ……折角ですから、音宮先輩に、会いたい。


 先程の様に、関係者以外は立ち入り禁止だと言われてしまうかもしれません。ですが、確かめもせず「入れないかも」と諦めるのは……なんだかそれは、とても嫌でしたの。

 ……流石に、今回会えなかったら……今日は、諦めるつもりですわ。


 そんなことを思いつつ、曲がり角に差し掛かると……。



「わっ!?」

「きゃっ!?」



 誰かと正面衝突してしまいました。思わず座り込み、痛む鼻を手で抑えつつ……わたくしは勢い良く顔を上げて。


「ちょっと……どこ見て歩いていますのっ!! 危ないじゃありませんのっ!!」

「えっ、ごめんごめん、でも君だって考え事しながら歩いてたじゃん」

「言い訳とは、見苦しいですわよ!!」

「まあまあ、そうかっかしないで~? 氷室文那ちゃんっ」

「なっ!?」


 わたくしは思わず驚愕の声をあげました。……この方、一体何者!? 暗がりでよく顔は見えませんが……。


「あ、貴方、なんなんですの!?」

「何って、生徒会副会長様だけど?」

「副会長……!?」


 そういえば、先程放送で喋っていた声と一緒……!!


 わたくしが1人納得していると、「分かってくれたようで何より~」と、彼女? は笑いました。……この方、女性……ですわよね? 低くも高くもない声ですし、一人称は確か「僕」でしたし、顔も良く見えませんし、判断しかねます……。


「まっ、そんなことどーでもいいよっ!! ……星見るために校内の電気全部消してるからね。足元には気を付けて」

「あ、ど、どうも……」


 なんとなく、手を差し出されたのが見えたので、わたくしはその手を握りました。すると力強く引き上げられます。……わたくしは戸惑いつつも、お礼を述べました。

 これが副会長……と思っていると彼女は、ああ、そうそう、と言います。


「放送室、今音宮くん1人だけみたいだから、凸っても大丈夫だと思うよぉ」

「なっ!?」

「あと僕の方が先輩なので、敬語を使えよコーハイっ!!」


 言うだけ言うと、じゃねー!! と、彼女は走り去っていきました。な、なんなんですか彼女は……いえ、あの先輩は……まるで嵐に遭遇した気分ですわ……。



『今音宮くん1人だけみたいだから……』



 もう放送室は目と鼻の先です。扉の下部からは微かに光が漏れていて、中に人がいるということを教えてくださっています。


 ……変な方でしたが、素直にわたくしの欲しい情報を教えてくださったことには、感謝ですわ。


 わたくしは深呼吸をします。そして扉の前に立ち……。



 コンコン。



 わたくしに出来得る限りの、優しいノックを致しました。



「はーい。開いてるよー」


 ドアに阻まれているものの、中からくぐもった声が聞こえます。穏やかな声に、緊張も少しばかり和らぎました。……その気分のまま、失礼します、とわたくしは扉を開きます。


 先程まで暗い所にいましたから。突然目に入った光に圧倒されます。所詮学校の電球ですが、効果は絶大です。……わたくしは目が眩み、頭がくらくらしてしまいました。しかし。


「あ、氷室さん」


 彼のそんな声が聞こえたので、わたくしはなんとか目を開きました。


 ……すると目の前には、音宮先輩のご尊顔が。視界がチカチカしているのも相まって、とても輝いて見えて……。


「……きゃーーーーっ!?!?!?!?」

「えっ!? ご、ごめんっ!?」


 反射的にらしくなく、叫んでしまいました。すると音宮先輩は慌てたように距離を取り、謝罪をしてくださいます。

 そのまま一定距離を保ち、お互いゆっくり深呼吸をして……。


「ぷっ……あははっ」


 彼は、笑い出しました。わたくしはその笑顔の意味が分からず、彼を見つめることしか出来ません。


「え、ええっと……?」

「あ……笑っちゃってごめんね。なんか、面白くて」

「そ、そうですか……」


 彼は笑顔のまま告げると、体を少しばかり捻りました。その向く先には、様々な放送機器が。そして近くに置いてあった布巾を手に取ると、それらを優しく拭き始めます。


「……星空観察会はどうだった? 楽しんでもらえたかな」

「あっ……え、ええ。少なくとも、屋上にいる方はみな、楽しんでいるような様子でしたわよ」

「そっか。なら良かったけど……」


 けど? と首を傾げたところで、音宮先輩がこちらを向き。


「氷室さんは、どう……思った?」

「わ、わたくし……ですの?」

「うん。……ほら、『見極めてあげる』って言われたから。評価気になっちゃって」


 ……そういえば……言ってしまったような……気がしますわ。後から「偉そうな物言いはNG♡」と書いてある恋愛指南書を脳内図書館ビッグデータで見つけてしまい……わたくしの物言いはまさにその、NG例のようなものになってしまっており……忘れていてくれていないものかと思っていましたが……。


 ……しっかり覚えられてしまっていましたわ……。


 ……いえ、落ち着きなさい、氷室文那。落ち込むにはまだ早いですわ。


 挽回のチャンスはまだありましてよ! そう、今、こうして意見を求められている! ……ここで挽回ですわ!!



「そうですわね……中の上、と言ったところでしょうか。ありきたりで平凡。所詮は学生レベルですわね」



 ……。

 頭で考えるより先に、言葉が出てしまいましたわ。


 指先から熱が消えていく感覚。……わたくしったら、偉そうな物言いが板についてしまっている……!? どうしましょう、いえ、悩んでいる暇などありませんわ、挽回しなければ。ですがここからどうすれば……。何か、何か言わなければ……!!


「淡々と説明を聞くばかりでは、聴衆は飽きてしまいますわよ? もっと聴衆の心を捉える工夫を成さなければ……」


 しかし、そう焦れば焦るほど、わたくしは余計なことばかり口走ってしまいます。良くないと、分かっていますのに。


 今は、怒ってなどいません。だというのに、まるで怒っている時のような言葉使いでいてしまいます。……何故なのでしょう。自分の体なのに、別の何か……大きな力に動かされているような気分ですわ。


「……」


 そして、混乱の末に選んだわたくしの行動は、1つ。──沈黙。


 これ以上話せば、また余計なことを言ってしまう……わたくしはそう確信していました。それに、今からいいことを喋ろうと、もはや挽回は不可能でしょう。……でしたら、ここはもう黙ってしまうのが得策。


 ……ああ、何故、こうも上手くいかないのでしょうか……。やはりわたくしのような人間が、好きになってもらおうとするなんて……。

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