1.安眠作戦編

Mission1 氷の女王

 ──明け星学園。



 そこは、エリートの中のエリートの通う学校。この辺りでその名前を知らない人はいない程、有名な学校ですわ。


 そしてこの高校の特色は……異能力者のみが通うことの出来る高校、ということです。


 対異能力者に特化した授業及び、普通の高校生と変わらない授業を、好きな時間に好きなように受けることの出来る、自由な校風。普通の勉学だけでなく、異能力の扱い方も学ぶ……。日常的に異能力は身近にあり、生活の一部となっている。戦闘なども日常茶飯事。……笑い声の絶えない、とても騒がしい学校ですわ。


 そしてわたくし──氷室ひむろ文那あやなも、この明け星学園に通う生徒の1人。それはわたくしも異能力者であるからに他なりません。


 氷室の人間は、代々異能力者として生まれる。そして氷室の人間は、持つ異能力を扱い、家を繁栄させていきました。お陰で氷室という名は、明け星学園という名と同じくらい、有名な名です。……代々この学園に入学するのが常ですし、多額の費用も寄付していますし、当然ですけれど。


 だからわたくしもこの学校で、成功しなければなりません。常に好成績を修め、理性的に異能力を活用し、数多の学友を作り、彼らから慕われるようになる……そんな人間に、ならなければいけません。


 ……頭が痛くなってきましたわ。


 わたくしは次の授業を受けるための教室にやってまいりました。……するとその入り口には、お喋りに夢中になる女子生徒たちの姿が。……今後この教室に訪れる生徒たちの迷惑にもなってしまいそうですわね。さり気なく、それとなく、注意しなければ……。


「きゃはははっ!! 何それー、すっごく面白い!!」


 ズキン、と、頭にその甲高い声が、響きました。


 睡眠の足りていない頭に、その声はよく響きます。お陰で気分も悪くなります。……この者たち、わたくしのことに気づかないばかりか、わたくしの気分を害すなど……。

 ……エリートである本校の生徒にあるまじき行為!! そして、わたくしたち氷室家に対する、冒涜ですわ!!


「ちょっと、貴方たち!!」


 カツン、と足音を響かせ、わたくしは叫びます。女子生徒たちは訝し気な表情のまま顔を上げ、そしてわたくしの顔を見た瞬間……まるで怪物でも見たように顔を歪め、ヒッ、と言いました。失礼してしまいますわ。余計わたくしの苛つきが増します。


「いつまでそんな邪魔なところで、談笑を重ねていますの!? この教室で授業を受けるというのなら、早く教室に入りなさいっ!!」

「すっ、すみませんっ……!!」


 わたくしの叱責を受け、彼女たちは素早く教室に入っていきました。全く……怒鳴ったはいいものの、苛つきが治まりませんわ。引き留めて、もっと言いたいことを言ってしまえば良かったかしら……。



「うわー、流石、『氷の女王』……容赦ねぇな……」



 ……あ。



 人垣の中から微かに届いた声に、わたくしの中の怒りがスーッと治まり……同時に、わたくしの全身から熱が引いていくのが分かりました。



「確かに邪魔だったけど……」

「あそこまで言うことなくない?」

「シッ、私たちまで怒られちゃうよ」

「あの子たち、可哀想……」

「こわ~い……」



 ひそひそ、ひそひそ。

 わたくしに対する非難の声が、遠いはずなのに、こんなにもはっきり、聞こえます。手足が、震えます。


 ……また、やってしまいましたわ。


 どうしよう、どうしよう。そう思っても、当然何も答えは出ません。


 結局わたくしに出来るのは、足早に教室に入り、次の授業の準備を済ませることだけでした。





 数学の授業、先生が黒板に書き記すことを書き写しつつ、考えるのは先程の事ばかりでした。

 ……嫌になってしまいますわ。わたくしは溜め息を吐きました。


 ──異能力者には、誰もが持つハンディキャップが存在します。


 それは、「代償」と呼ばれる……異能力の使用中、もしくは使用後に現れる症状のことです。薬を飲んだ際に出る副作用の様なもの……と言えば、分かりやすいでしょうか。


 そのせいでわたくしは、とても苛立ちやすくなってしまっているのです。


 というのも、「苛立ちやすくなる」、というのが代償ではありません。あくまでそれは結果です。わたくしの代償は……いえ、それより前に、この異能力について説明した方が、早いかもしれません。


「じゃあ、この問題を……氷室、解いてみなさい」


 たまたま顔を上げたところ、先生と目が合ってしまいましたわ。辺りを見回すと、みな頭を下げています。……確かにこの方、目が合った方を指す、ということで有名ですからね。


 わたくしは短く返事をすると、立ち上がりました。そして前に向かいつつ、黒板に記された問題を見やります。……なるほど、とても難しい問題ですわ。恐らく大学入試レベル……。

 ……ああ、そうですわ。この方、やけに難しい問題を出して、生徒を悩ませることが多いだとか……。


 ──ですがわたくしの異能力を前に、そんなものは無意味。


 チョークを受け取り、問題を前にし、深呼吸をします。



 そしてわたくしの異能力──脳内図書館ビッグデータを、使用。



 すると頭の中を駆け巡る、様々な知識、知識、知識!! ……その中から、必要な情報のみを取捨選択する。難しいですが、わたくしは決して、「出来ない」などとは口にしませんわ。


 ……やがて見つけた、とある問題集の中にある、とある問題。これは……2002年に北成大学で出題された、超難問問題。これと、とても類似していますわ。


 解法を記憶し、頭の中の本を閉じます。……あとは自力で。


「……」


 無言で解法を記していきます。書き終わって嘆息した頃には、黒板全体がわたくしの書いた式で埋まっていました。


 先生は顔色1つ変えることなく、ただ一言。


「正解だ」


 ざわ、という声で教室が揺れるのが分かりました。

 あんな問題を解けるなんて。流石、氷室は頭の良さが違う──そんな声が飛び交っています。……わたくしはとても鼻が高いと思いつつ、席に戻りました。


 ……それと同時、激しく襲い来る眠気。喜びや誇らしさ、先程の後悔や焦りも、全て「眠い」に掻き消されてしまいました。

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