Mission2 連絡先交換

 わたくしの異能力、脳内図書館ビッグデータはとても便利です。

 それは、「自分が所属する組織(この場合はもちろん、「明け星学園」ということになります)の所持する書物の内容を、全て頭に取り入れることが出来る」、というもの。


 読んでいなくともいいのです。ただ「所属している」という事実さえあれば。……それだけでこの学園にある蔵書──約35,000冊全て、わたくしのもにになる。


 ただ、強い異能力であればあるほど……代償は重くなるもの。


 わたくしの異能力に与えられた代償は、この様なものでした。──「激しい眠りに襲われるが、決して眠ることが出来ない」というもの。


 多くの情報を使うというのに、それを睡眠によって処理出来ないとは、末恐ろしいことです。しかしわたくしはこの世に生を受けてから約16年間……これと付き合って生きていました。


 ……「上手く付き合えている」とは、決して言えませんが。


 常に睡眠不足であるわたくしは……それだけ、苛立ってしまいます。カッとなった、その勢いのままに誰かを責め立ててしまうことは、日常茶飯事。……お陰でわたくしは……この学園に入学してから約1ヵ月で、「氷の女王」なんていう蔑称を付けられてしまいました。……自分の行動が原因なのは分かっていますので、言い訳のしようはないのですが……。


 睡眠さえ、足りていれば。そう思うことも少なくありません。しかしどんなことをしても、わたくしが十分な眠りを取れることは、ありませんでした。


 たまに寝ることが出来ることもありますが……それは「睡眠」というより、「気絶」に近いのです。良くない寝方です。よっぽど限界が近づいた時に発生します。……ですがこうして気絶出来るだけ、わたくしにとってはマシでした。


 ……ですが、この前の……。



『──♪』



 ……あの、麗しい歌声……。


 ああ、思い出すだけでうっとりします。自然と瞼が落ちていくようです。もちろん眠れませんが。


 恐らく男性。微かに見えた黒髪……確かさゆり先生は、「音宮くん」と呼んでいましたわ。音宮さん……ああ、叶うなら、もう一度お会いしたいです。お礼を述べたいですし、何より……もう一度、あの歌声で眠りたい……。


 ……ですがわたくしには、勇気がありません。さゆり先生に、「この前の殿方は一体誰なのでしょうか?」と聞くことは出来ませんでした。まるでわたくしがその方とお近づきになりたがっているみたいで嫌だったからです。……いえ、お近づきになりたいのですが……。


 ……あの歌声があれば、わたくしは、普通の人と同じように眠ることが出来ますわ。

 ……そうしたら、他の方々とも仲良く出来るようになるはず。


 もう一度、と言いましたが、「一度」では足りません。強欲であることは重々承知ですが……あの方の歌声を、日常的に手に入れるためには、どうすれば……。



「音宮、次の仕事だけど……」



 すると隣を通りかかった生徒が、そう告げました。



 わたくしは思わず、勢い良く振り返りました。音宮、その名には、聞き覚えがある。


「明日ってさ、春の星空観察会あるじゃん、その司会頼みたくて……え? いや、だってさ、お前の声ってすごく評判いいんだよ。真面目だし、人柄もいいし、委員長も次期委員長はお前に任せたい、なんて言ってるんだぜ? ……まあそれはともかく、明日の昼までには考えておいてくれよ~。じゃ、良い返事待ってるぜ~」


 生徒はスマートフォンに向けて話しかけていましたが、話し終わると通話を切り、ポケットにしまいました。……そして気を取り直し、歩き出そうとするところを……。

 ……わたくしは迷った末、彼の前に立ち塞がりました。


「そっ、そそそっ、そこの貴方っ!!」

「えっ、は、はいっ!? 何でしょうか!?」


 突然現れたわたくしに、彼はとても驚いている様でした。その場で軽くのけ反っている。ああ、やはりわたくしは怖がられてしまうのね……そう思いつつも苛立たなかったのは、緊張の方が上回っていたからかもしれない。


「わっ、わわわ、わたくしにっ、その『音宮』という生徒を、紹介しなさいっ!!!!」


 一体何を言ってるのだろう、この人、とでも言いたげな表情をされました。正直、わたくしが一番そう思っています。


 とにかく、ここまで来たら自棄ヤケでしたわ。とっととセッティングなさい!! と叫ぶと、はい、ただ今!!!! と彼は叫びました。





 わたくしは、どうにかしているのかもしれませんわ。いっそどうかしていてほしかったですわ。箍という箍を外せていたら良かったですわ。


 目の前にはあの黒髪の殿方……音宮さんの姿が。先程の男子生徒は、本当にすぐ、彼との面会をセッティングしてくださいました。申し訳ありませんわ……突然呼び出されたであろう目の前の彼にも、突然呼び出すことになった男子生徒にも。


 ですが目の前に現れてしまったものは仕方がない。腹を括らなければ……!!


「ねぇ」

「はいっ!?!?!?!?!?」


 口を開こうとしたまさにその瞬間、先に彼が口を開きました。

 まさか彼から話しかけてもらえるとは思わず、変な声が出てしまいましたわ。恥ずかしい……。


 しかし彼は微笑むだけで、わたくしの不審な挙動には特に何も言いません。ただ彼は優しく。


「君って、この前保健室にいた子……だよね? あれからどう? ちゃんと眠れてる?」

「え、えっと……」


 わたくしの頭の中は、あっという間にパニックになってしまいました。彼がわたくしのことを、覚えている!? それだけではなく、心配りの言葉を掛けてくださった!? ……な、なんと、完成された方……!!


「え、ええ。先日はとても……世話になりましたわ。お陰で、久しぶりに安眠を手に入れることが出来ましたの……」

「そっか! それなら良かった」


 彼は朗らかに笑います。ああ、良い声です。それに、態度も柔らかい……わたくしと違い、きっと学友も多く、苛つくこともほとんどないのでしょう……。羨ましいですわ……。


 ……。

 あれ、ここからどうしましょう。流れるようにお礼を言うことには成功しましたが、それ以外に何かを話せばいいか……全く、考えていませんでしたわ。


 目の前にいる彼も、少々困っているようでした。わたくしが何かを言うのを、待っています。えっと、話題を……。


 そう考え始めた途端、チャイムが鳴りました。どうやら次の授業の開始時刻の様です。


「あっ、やっば、俺次授業あるの忘れてた!」

「……あっ……」


 すると彼はそんな、悲鳴のような声を上げます。そしてわたくしを一瞥すると……。


「……君、さ、スマホ……持ってる?」

「えっ、あ、はいっ」


 肩から下げていたポシェットに手を入れ、両手で丁寧に取り出します。パスワードを開くと、ちょっとごめんね、とスマホを取られ。

 何かを素早く打ち込むと、わたくしに返してくださいました。


「俺の連絡先、入れたからっ。良かったら連絡して!!」

「はっ……はいっ……」

「じゃ、またね!」


 最後まで爽やかに、彼は笑っていました。

 取り残されたわたくしは返ってきたスマホを両手で、努めて優しく、握るのでした。

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