第9話 勝利の予感
それから数日が過ぎ、先輩の正月休みも最終日となった日曜日。
先輩は朝から探偵と会うため、一人で出かけていた。僕はリオと家で留守番。
決して安くはない調査料を払い、今までにいくつか分かった事がある。
『あの男』の名前は藤本
付き合っているシングルマザーはチサトさんだけじゃなく、数人の女性を掛け持ちしていて、特に福祉の手当が多い、子供がたくさんいるシングルマザーを狙っているらしい。
チサトさんも騙されているんだ。チサトさんの事は本命らしいと言う事だったが、それが唯一の救いかもしれない。
チサトさんが本命なら、十分僕たちの秘密と交換するに相応しいネタのような気もするが、先輩は更にでかい爆弾があると探偵に呼び出され出かけたのだ。
お昼のハヤシライスが出来上がった頃、玄関のドアが開いた。
「ただいま」
僕より先にリオがバタバタと玄関へ走る。
「パパ、おかえりー」
出迎えはリオに任せて、僕は冷蔵庫からサラダを取り出しテーブルに運ぶ。
リオを抱きながら部屋に入って来た先輩と目が合った。
先輩は手に持っているA4サイズの茶封筒を僕に差し出した。
この中に、藤本をぎゃふんと言わせる爆弾が入っているらしい。
先輩がリオとソファに沈んだのを見届け、僕はその茶封筒を開けた。
いかにもヤバそうな画像のコピーがチラッと見ただけでも数枚確認できた。
いくらまだ三歳の子供でも、その目には晒さらせない物のような気がした。
心臓が激しく波打つ。
ゲームのコントローラーに夢中になっているリオを確認し、じわりと汗が滲む手で、その画像を取り出した。
一番上の画像に視線を落とす。
ん? これは……
暗闇にどこか怪し気なネオン。
見慣れた風景。赤と黄色のネオンサイン。これは……。二丁目にしかないコンビニだ。
そこを派手な衣装を纏って闊歩する、金髪アフロのガタイのいいおばさんのようなおじさん。
それは、僕がよく知っている光景で、そこに映っている被写体も、よく知っている人だった。
「先輩……これ……しんごママ!」
急いでその画像をめくり、次の画像を確認する。
そこには初めて見るしんごママの素顔があった。青髭に整いすぎた眉。やたらキラキラした瞳。どちらかと言うと素顔の方がゲイっぽい。
「その人の息子だった」
「はぁ?」
「藤本は、父親が女装ゲイで、ゲイバーの経営者である事をひた隠しにしているらしい。知ってた? しんごママって既婚で子供がいて、バイセクシャル。奥さんは公認だって」
「知りませんでした。そういう事、あまり公にする世界じゃないので」
これはある意味、僕にとっても爆弾だ。
藤本が父親の職業やセクシャルマイノリティをひた隠しにしているなら、いいネタなのかも知れない。
でも、僕には到底これをネタに、藤本を脅す気にはなれない。
何故なら、しんごママはまだ18歳だった僕に、居場所を与えてくれた人なのだ。
僕は僕のままでいいと教えてくれた人なのだ。
先輩と家庭を持ちたいと、突然店を辞めると言い出した時も、何も言わず祝福してくれた。いつも僕の苦しみに寄り添ってくれた。そんなしんごママを裏切れない……
僕は下瞼に熱く溢れる涙を堪こらえながら、ふるふると首を振った。
「せ、先輩……これは……ダメです」
「わかってるよ」
先輩は僕の背を擦った。
「お前の恩人なんだろう。ネタは他にもある」
先輩はそう言って、僕の手から画像を取り上げ、パラパラと確認しながら一枚引き抜いた。
「あいつ、イメクラ大好き。特に痴漢電車。セーラー服なら尚萌えるらしいよ」
先輩が僕に差し出した画像には、ひと目で偽物とわかるセーラー服を着た女の子が写っている看板。そのお店に、ちょうど入るところらしい藤本の姿が写っていた。
「経済弱者のシングルマザーを食い物にしながら、こんなお店で遊んでいる。週刊誌にでも売り込めそうなネタだろう」
「確かに……」
「チサトにもバレたくないはずだ」
「完璧ですね!」
「父親の事は、脅しには使わないから、安心しろ」
「わかりました」
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