第16話 友情以上、恋愛未満
ベランダの窓を開けた。
星なんか一個も見えない真っ暗い空。ビルの向こう側にも果てしなく広がっているはずの空を見ていると、僕はいつも思う。
自分ってちっぽけだなぁーーーって。
そして僕の中のもっともっと小さい脳みその中の一部分に由来する、セクシュアルマイノリティも、なんてちっぽけなんだろうって思えたら、どんなに幸せだろうってね。
「風がずいぶん冷たくなってきましたね」
「……」
「明日の晩御飯はサンマにしようかな」
「……」
先輩は火の点いたタバコを指に挟んだまま、抱えた膝に顔を埋めている。
「先輩、怒ってるんですか?」
首を横に振る。
「気持ち悪かったですか?」
怯えたように、また首を横に振る。
「まぁ、ピンサロ行ったと思ってください。先輩は抜いただけです」
「男に抜かれるとか、マジ……」
先輩は、僕に射精させられた事がよほどショックのようだ。
「安心してください。飲んではないので」
「なんの安心だよ!」
タバコを一吸いして、また顔を膝に埋めた。
僕は先輩と賭けをした。もしも僕が先輩をイかせる事ができたら、ここに留まる。イかせる事ができなかったら、先輩は出て行くって言う……。
今夜の事は絶対に秘密だ。二人だけの秘密。
「男同士ってケツに入れるのかと思ってた」
「入れますよ。でもそんな急には入れられませんよ。慣らしたり洗浄したり大変なんですから。入れて欲しかったですか?」
「バカっ! そんなわけないだろう。こえーよ。痛そうだし」
「僕、優しくしますよ」
「うるさいよ!」
「うそですよ。安心してください。先輩にそんな事しませんから」
RRRR……
――着信。ミチルだ。
「もしもし」
「ナツ君、しんごママから電話もらったよ。動画の件」
穏やかな声だった。
「ああ、ごめんね。本当に」
「どうしてナツ君が謝るの? ナツ君は悪くないよ。気にしてるかなと思って電話した。僕の方は全然問題ないからって伝えておこうと思って」
「そうなの?」
「うん。僕大学でLGBTサークルに入ってるんだ。だから僕の事は気にしないでね」
「サークル? 聞いてないよ」
「だって、LGBTサークルに入ってるって事は、世間にカムしてるようなモンでしょ。僕と一緒にいるナツ君は当然そういう風にみられるわけで。ナツ君2丁目以外でデートしてくれなくなるでしょ。だから言わなかった」
「うわっ! 酷い」
「ごめんごめん」
「バイト先とかは、大丈夫なの?」
「うん。僕誰かにゲイなの?って聞かれたら、そうだって言うつもりだよ。今の所は訊かれた事ないから言ってないだけ。受け付けない人は離れて行くし、受け入れてくれる人だけが僕の周りに残る。その方が都合がいいじゃん」
「そっか。ミチルは強いね」
「この前一緒にいたおじさん、大学の教諭なんだ。付き合ってるわけじゃないの。ナツ君勘違いもはなはだしいよ。LGBTについてちゃんと知りたいって言われて色々教えてあげてた。あの先生、昔は同性愛にすごーく偏見持ってたんだって。息子がトランスジェンダーで二十歳で女の子になったって。それでずっとそういうの拒絶して受け付けられなくて息子とも絶縁状態だったんだって。でもさ、やっぱりこういうご時世じゃん。真剣に理解しようって切り替えてサークルのイベントとかにも参加してくれてたんだ。それでも自分の息子の事となると、頭では分かっててもなかなか心が受け付けないんだって。親って言うのは複雑なんだね。で、色んな人の話聞きたいって。ごく当たり前の事として認識できるぐらいまでに意識改革したいって相談されてミラノに連れて行ったの。僕の事トランスジェンダーだと思ってたみたいで、笑っちゃった。僕ただのゲイですよって教えてあげて、そういう人達が多い所に連れて行ってあげようと思ってさ。ミラノならゲイオンリーだから人目も気にならないしね。シンゴママもオネェ系だし、そういうお客さんも多いから」
「なんだよ。彼氏みたいな事言ってたじゃん」
「ナツ君があまりにもムキになるから、つい。ごめんね、揶揄って。僕はナツ君と一緒。本気で好きな人としか付き合えないよ」
「そっか」
「で、先輩とちゃんと話できたの?」
「うん」
「上手く行った?」
「うん、行った」
「なぁんだ。今頃フラれて泣いてるんじゃないかと思って電話してあげたのに」
「うっさいよ」
「じゃ、お邪魔しちゃ悪いから切るね」
「うん。お休み」
ミチルは少し間を置いてこう言った。
「バイバイ」
電話を切った後、ミチルの少し寂しそうな顔が脳裏をよぎった。
「大丈夫なの?」
今度は先輩が訊く。
「何がですか?」
「その子と別れちゃって」
「僕、二股とかできないんで」
先輩はゆっくりと顔をこちらに向ける。片眉を上げ「フタマタ?」といいながら固まった。
「あれ? 僕たち付き合ってないんですか?」
「付き合うかよ! ボケ!」
「あんな事したのに?」
「うるさい、うるさい」
と先輩は片腕を僕の首に絡ませ締め上げる。
「今回だけだからな! もう二度とやんないんだからな!」
「わかってますって。イタイ、イタイ。降参!」
第一章完結
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