第10話 昇華

 その一時間後。


 僕は、ナミちゃんとホテルの部屋にいた。

 先にシャワーを浴びた僕は、水色の薄っぺらいガウンを着て、キングサイズのベッドの上で缶ビールを開けた。


「私もシャワー浴びてきますね」そう言って、ナミちゃんは浴室に消えた。


 いつも僕たちが使うビジネスホテルと違って、ラブホってやっぱり凄い!

 細部まで演出が施されていて、まるでファンタジーの世界。天井を彩る紫色の間接照明は、何ともエロチックで、そういう場所だという事を嫌でも認識させられる。

 その合間から、白い薄いカーテンが半円を描きながら、幾重にも垂れ下がっている。それを眺めているだけで、イケる気がした!


 やがて、ピンクのガウンに着替えて、少し濡れている髪を、頭のてっぺんにまとめたナミちゃんが、僕の前に現れた。そして、僕を見下ろしながら、その髪をほどいた。


 キングサイズのベッドに腰かけていた僕は、ナミちゃんの腰に手を伸ばす。

 抵抗しないナミちゃんを、僕の前で後ろ向きに座らせた。

 ミチルは華奢で骨ばっているが、ナミちゃんの体はどこもかしこも柔らかく、頼りなげだ。少し力を入れれば壊れてしまうのではないかと思えるほど、もろく感じた。


 大きく開いているガウンの胸元から、赤く日焼けした肌。その下はまるで陶器のように滑らかな白い膨らみ。

 肩に沿ってガウンを下へずらすと、膨らみのてっぺんの、小さな薄茶色の突起が露わになった。


 ミチルよりは少し大きい。もちろん生で見たのは初めてだ。女の子もここが気持ちいいんだろうか?

 抵抗感はかなり大きい。この時の僕を突き動かしていたのは、新たな世界に対しての好奇心と、将来の希望だ。マイノリティを克服しなければと、躍起になっていた。


 ――やる事は一緒。入れる場所が違うだけ。


 心の中でその情報を呪文のように唱えながら、僕はナミちゃんの背後から、突起に手を伸ばす。


「あっ……」ナミちゃんが小さく声を上げた。


「ここ、気持ちいい?」耳元に息をかける。


 ナミちゃんは頷く。

 

 僕はベッドにそっとナミちゃんの体を寝かせた。


 男しか抱いた事がなかった女体童貞、ホモセクシュアルの僕は、バイセクシュアルへと昇華する。


 はずだった。


 仰向けのナミちゃんの唇に唇を重ね、弾力のあるおっぱいを揉んでいるうちに、ある事に気付く。


 勃起してない。


 興奮はしているような気がするが、ミチルとの行為とは、全く違う感覚を覚える。

 血流が穏やか。

 ドキドキはしているが、性的興奮がないのだ。

 女体。それはまるで作り物のようで、僕は平常心を保ったままだ。

 狂おしい程の欲は振起してこず……。


 まずい。


 どうにか挿入まで漕ぎつけたい。コンドームの場所は確認済で、準備万端なのに……



「ごめん。飲み過ぎたかも」


「え?」


 あからさまに拍子抜けした顔で、ナミちゃんは閉じていた目を開けた。

 しかし、その直後、僕の言っている事を理解してくれたようで、それはそれはあの手この手で尽くしてくれた。


 ミチル以上と言っていいほど、体の隅々まで愛撫し、勃起を期待してくれたが、無理だった。


 ◇


「本当にごめん」

 ナミちゃんに背を向け、服を着替えながら謝った。


「ううん。そういう事もあるよね」

 ナミちゃんも服を着ながら、こうも言った。

「また会える? 今度は呑み過ぎてない時に」


 どう答えるべきなのか、判断できずに、無言でその質問をやり過ごした。

 多分、もうこんな形では合わないだろう。

 なぜなら、勃起しない程、酔ってはいなかったのだ。


 多分、素面でもダメなような気がした。


「ごめんね、本当に」


 不意に振り向くと、ナミちゃんは悲しんでるとも、怒ってるとも取れる表情をしていた。僕の視線に気づいてすぐに、これまで通りの笑顔になったが、一瞬浮かび上がった感情が、本心だと教えていた。


 ◇


 家に戻り玄関を開けると、部屋着の先輩が立っていた。

「おかえり」


 ピタっとした白いTシャツからは、乳首が浮き出している。

 シャワーを浴びた直後のようで、髪が濡れていた。

 寧ろこっちの方が興奮しそうだった。やっぱり僕はバリホモ。


 女は無理みたいだ。


「どうだった? やった?」


 僕は首を横に振る。


「え? しなかったの?」


「出来なかったんです」


「は? なんで?」


「……飲み過ぎ?」僕はわざとらしく疑問符を付ける。


「ああね。ドンマイ! やね。また今度って感じ?」


「はい。もう寝ます!」


 ショックを隠し切れない僕は、言葉少なにその場を去り、歯磨きを済ませ、ベッドに潜った。

 その隣に先輩が潜り込んできた。


「俺も、たまにそういう事あるよ。あんまり気にすんなよ。オフサイドみたいなもんだ」と先輩は僕の肩を叩いた。


「は? オフサイドみたいなモン……ですか?」


 オフサイドというのはサッカーにおける反則行為の事で、うっかり誰でもやってしまうようなミスだ。


「チャンスは逃すが、失点に繋がる事はない。大した事ないって事だ。切り替えろ切り替えろ!」


 慰めてくれてるらしい。

 しかし、このオフサイドは、僕にとってはレッドカード。男女における恋愛、結婚というフィールドから、一発退場。戦力外通告を叩きつけられたようなものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る