第5話

 そうだね。私はいつも、自分を殺したくなるよ。


 だって、あの人たちは何も悪くない。

〝死にたい〟と言う人間に、〝死ぬな〟と答えるのは、条件反射みたいなものだ。理屈じゃない。本能だ。本能で、〝死んではいけない〟と感じて、出てきた言葉だ。

〝生きていれば良いことあるよ〟も、陳腐な励ましだけど事実なんだろう。


 私を叱って励ましてくれた人たち。

 悪意も悪気も無く、私に生きろと言ってくれた人たち。


 私は彼らを〝普通〟、〝平凡〟、〝思慮が浅い〟〝闇が浅い〟と見下した。嘲笑った。

 そして必ず罪悪感で吐きそうになる。

 自分は最低だと。

 私ってクソだな、って。



 ジュンさん。すごいですね。ご存知だったんですね。


 私は貴方に、とうとう敵わなかった。


「……私とGと貴方は、まるでジャンケンのような関係性ですね」

「え、どういう意味? そしてどうして急に敬語?」


 誤魔化すように言った私の方へ、ジュンが一瞬だけ振り返る。


「あと俺さ、マイコが言ってくれたあの言葉が大好きなんだ」

「私が言った言葉?」

「マイコは絶対覚えてないだろうねー。2年くらい前かな? あの日、2人でテレビを見てたんだよ。そしたらスッゲエ立派な人が出てきたの。高学歴で、高収入で、みんなに尊敬される職業に就いていて、地位も名誉も持ってる人。いわゆる成功者ってやつ? 番組に出てる人たちは、みんなその人のことを褒めて、羨ましいって言っていた。でもマイコはこう言ったんだよ」




〝すごい人だな……。だけどもし神様が現れて、この人と私の人生を入れ替えてやるって言われても、絶対に断るなぁ〟




……。

 うーん。えっと。


「そんなこと言ったっけ?」

「言った。たぶん独り言だったと思う」


 全く覚えていない。しかし長い独り言だな、その時の私。どうしてくれるの。恥ずかしいぞ。


「それ聞いて、何か楽になったんだよね」

「楽に?」

「うん。マイコは意地をはってるわけでも、強がってるわけでもなかった。本当に、心からそう思っていた。そういう話し方だった。……俺は自分の将来とか老後が不安だった。だから仕事が安定していて、いろんな人に尊敬される人を見たら、たまに落ち込んでたんだ。……でもマイコの言葉に救われた。その通りだと思ったんだ。俺も同じだよ。神様に〝別の人生を与えてやる〟って言われても、俺も断るよ。自信が無い。俺は俺だから、俺の人生しか生きられない。誰かの立派な肩書きを貰ったとしても、結局は〝俺〟にしかなれない」

「……いくら立派な人でも、しがらみはあるだろうしね」

「そうそう。別人になったら自分のしがらみからは解放されるけど、また別のしがらみが待ってるんだよ」

「だね。完璧に見える人も、裏では苦労しているはずだもん。みんなそれを隠して我慢して生きている……って、うわ……。これって私が他人に言われたくない言葉じゃん……」

「マイコおもしろいー」



 ずっと歩いていたジュンが止まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る