第4話

「ねぇ」


 ジュンの背中に向かって話しかける。


「んー?」

「ジュンは私の何が良かった?」

「たくさんあるよ。だけど1番は……」

「1番は?」

「俺の代わりにGを倒してくれるところ」


 はは。

 ジュンは虫が嫌いだもんね。


「俺は、あいつにはとうとう敵わなかったよ。敗北感」


 でもアレだね。約30年の付き合いがある人間に、1番褒められるところがそれなの? Gなの? 私の集大成はGなの? むしろ敗北感があるのは私の方だよ。


「で、マイコは可愛い」


 ん?


「かわいい?」

「うん」


 あら、やっと褒める気になったのね?

 一度下げた後に上げるとは。小癪こしゃくな。 ふふ、そっちこそ可愛いところあるじゃな……、


「たとえば偏食家でマヨラーでケチャラーなところね」


 ん?


「マイコがカレーライスにマヨとケチャップをかけたあの夜のこと……」


 は?


「カレールーとオーロラソースの出会い……。オーロラソースって〝東雲しののめ色〟と同じらしいね。東雲色は夜が明け始めるころの空の色……。うん、まさに俺の凝り固まった価値観の夜明けだったよ。胸騒ぎも胸焼けも通りこして、感動を覚えたのでした」


 どうして急に敬語!?


「あと掃除する時。四角い場所を丸く掃くところとか、すげー面白かったよ」


 ぜんっぜん褒められてない!?

 何なの!? 下げたら下げっぱなしなの!?


「で、マイコは優しいよね」


 その尻、今のうちに一発蹴っておこうか。って思った瞬間だった。ジュンがそう言ったのは。


「……優しい?」


私が?


「うん。マイコが、優しい」

「どこが?」


 私は偏食が激しくて、料理担当のジュンをよく困らせていたのに?


「偏食が激しいのに、俺が作ったご飯を残さず食べてくれたよね」


 だけど私は掃除が苦手で、キレイ好きのジュンをよく困らせていたよ?


「掃除が苦手なのに、部屋の片付けを手伝ってくれたよね。バイトで疲れてたはずなのに。ありがとう」


……っ。違う。


「マイコはバイト先のコンビニでいつもニコニコ笑ってた。贔屓目無しで、こんな店員さんがいる店は良いなぁって思っていた」


 笑ってたけど、そんなの表面だけよ。心の中ではいつも醜いことをグルグル考えている。私は優しくなんてない。


「マイコは優しいのに、自分では優しくないと思ってるよね。何でもかんでもグルグル考えすぎるから」


 さっきだって頭の中で酷いこと言ってたんだよ?

 すっごい汚い言葉でさ。


「そりゃバイトが終わって普段のマイコに戻ったら、けっこう口が悪いこと知ってるよ? で、密かに誰かをディスってるのも知ってる」


 そうだよ。ついさっき、いろんな人を罵倒してたんだよ。


「で、それを後悔するんだよね?」


ーーーーっ!


「誰かの悪口を言ってしまったことを、吐き気がするくらい後悔する。で、自己嫌悪に陥る」



……あぁ



「だからマイコは優しいんだよ」



 敵いませんなぁ。

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