第05話 それが僕らの生きる道

【ある少女たちの事情】


 ── フーリエ・バルド。本日付で秘書室へと異動


 あたしは受付係の職を失い、秘書という仕事を得ることとなった。


 妾腹の魔族令嬢。


 この肩書がどんな影響を及ぼすのか、考えてもいなかった。

 魔動具関係の仕事は望んで請け負った仕事だった。

 ここで学費を稼いで、ゆくゆくは王国大学の魔術工芸科へと進む人生設計が、変な方向へと逸れていくのを感じた。

 同時に行われた昇進で学費の計画は大きく前進したものの、魔動具を弄っている時間が勤務外時間しか無くなったのは、少なくない痛手だ。



 ── おじいちゃん


 心のなかで呟く。


 ── なんじゃな?


 返事が返る。



 いや、これでは心の闇やらなにかの危ない人と間違えられそうだな。

 あたしには、の秘密がある。




 ひとつは、あたしには幽霊に取り憑かれていること。

 おじいちゃんは、その幽霊だ。生まれた時から取り憑かれている。

 困ったことに、ボケていて自分が誰なのか思い出せないらしい。


 ── すまんのう、なにかがあったんように思うんじゃ


 いつの時代の人なのかも分からない。

 ただ、魔術についての知識からは、物凄く偉い人じゃないかと思う。

 魔動具に関しての造詣の深さは、もはや師匠と言っても過言ではない。

 魔術構成と魔動具の回路サーキットの対応についての理論はおじいちゃんから学んだ。

 むしろ、現代の魔動具よりも何十年も進んだ理論である可能性もある。

 新しい魔動具の欠陥をすることもあった。

 仮説でしかないが、未来からの逆行転生者かもしれない。




 ひとつは、あたしはチート転生者であること。

 これは最後の秘密にも関わっている。


 まず、前世のあたしはソフトウェア技術者である。厳密には今もなお。


 そしてチートというのは、魔術構成を感知したり、任意に構築できることだ。他人が魔術を行使する時、その構造も動作も手に取るようにわかる。視覚ではなく感覚として解析アナライズする。

 ただ、誰にも。親や兄たちにすらこのことは言ってはいないし、魔力がその少ないため兄さんのように注目されることは無かった。

 起動できないのだ。術式を作れても。


 絵に書いた餅。しかし、この世界には魔動具があった。

 機械的な魔術稼働装置。

 魔術解析と前世の知識を組み合わせれば、一攫千金も夢ではない!!

 おじいちゃんも拝金ぶりには苦笑しながらも同じ意見だった。


 ギルドでの整備係で見た種々の魔動具。

 おじいちゃんに学んだ回路技術。

 あたしから見たら、冗長性もなく最適化されてもいない。

 試しに破損してしまっている回路をあたしのアイデアで修繕してみると、破損面を迂回した狭い領域に書き込んだ回路で何事もなく機能する。

 これだけで改良の余地は果てしない、ブルーオーシャンである。


 自分の少ない魔力でも稼働させられる手製の術式も作った。

 身体強化の一種で言語野を強化することで、脳内での魔術構成の最適化を行なう魔術である。これは他人の魔術行使を視ていて気づいた術式だ。

 そもそも身体強化が魔術であることは、師匠であるおじいちゃんですら確証を持っていなかった。

 あたしだけの優位性チート賜物たまものだ。


 魔術を過剰に行使したときに起こる魔術酔い。

 身体強化、シールド、バリアの尽くが行使できなくなる事から、すべてが同じ源であることは経験則としては理解されていた。

 仮説としては存在していたものの、検証の手段が無かったことが大きい。




 そしてそれを用いて、とある魔動具も作ってしまった。

 当然に、無資格・無認可で。

 その魔動具は売ったりはしていないので、兄の追っているものではあり得ない。

 しかし、その事実は警察官である兄には言えない第三の秘密であった。




 ────────




「ヨナサン・オサリバン女史?」


 いきなり呼び止められたのは、帰宅しようとギルドの裏口から出てすぐの場所だった。

 五階建てくらいのビルが立ち並ぶ商業地区。

 繁華街とは違い、今の時間帯には人通りは少ない。

 騒いだところで人が駆けつけるには何分かかるだろうか?


「いいえ、あたしはフーリエといいます」


 即答で否定するが、しくじったと思った。

 気が付かないふりをすべきであった。ほぼ無駄だろうが。


「確保だ」


 魔族の令嬢、営利誘拐のいい的じゃないか。

 方便として了解した兄の手伝いには、こんな弊害まであったなんて。


 なんでこの世にもスーツがあるのかな?とか緊迫感の無いことを考えたのは走馬灯の一種かもしれない。

 なにしろ方便であるから、ただの民間人。官憲による全力の捜査も、身代金なども期待出来ない。令嬢ではないと分かりでもしたら埋められて終わる。


 走り出そうとした先に、スーツ姿の追加の男達がビルから降り立ち、取り囲むように道を塞ぐ。営利誘拐にしては多すぎる。

 魔力の少なさから身体強化もあまり得意ではない自分に、打つ手は思いつかなかった。

 切り札を切るべきだろうか?

 バッグのサイドポケットに手を伸ばす。その時



 ズドン!!



 最初に誰何してきた男が突然に吹き飛んだ。

 十メートルほど飛んで向かいのビル横の観葉植物をなぎ倒しながら転がり、受け身からそのまま立ち上がる。

 ダメージはそれほどではないのだろうが、衝撃に狼狽しているように見える。


 何が起こっているのかと目を凝らすが、夕暮れ過ぎの暗さに隠れて見えない。

 いや、視たことのない構造の身体強化魔術構成が舞い踊った。


 一瞬のタメもなく連続して揮われる力学的台風。

 たなびく術式が、男たちを叩きのめす。


 暴れまわる小柄な影に個々であたるのは無謀と考えたのか、二人がかりで向かっていく暴漢。

 しかし異様な速度で半円を描く回り込みの移動で回避、いや攻撃体制に入っている。中国拳法のような技、鉄山靠だっけ?体当たりで二人まとめて吹き飛ばす。

 捕まらない。速度感がまったく違う。


 回り込みの時に視えたあの術式は、お兄ちゃんの疾歩?それに匹敵する速度だ。

 疾歩は足と神経節への強化なのだが実は速度特化というより半自動制御に近い。

 基本構成はステッピングモーターのように決められた動きを自動的に行い、それを脳で操縦する制御コンセプトの身体強化が疾歩だ。休暇で帰った兄の訓練を注視していたので知ってる。


 いや、体格がまったく異なる。影はあたしくらいの背丈である。

 それに半自動制御にしてはムラが多い。強引に形だけ真似しているような制御。


 それに、あれはだ。



 助けてくれた影の人が街灯の下に現れる。

 一般的に見る討伐者とは違う灰色全身甲冑の姿。

 だが、あたしの感覚はそれが全身を覆う魔動具であることを感じ取る。

 甲冑は装甲ではない。

 あれは魔術回路基盤なのだ。身体を覆うほどの大規模な魔動具。


 この世界に生まれて初めて見た、の魔動具だ。


 ── みたことある?

 ── いや・・・それどころか、聞いたこともないぞ


 おじいちゃんですら確証のなかった、この世のことわりを形にしたオーパーツだった。



 甲冑はさらに暴漢をなぎ倒す。

 暴漢のあらかたが打ち倒されたあたり。

 最初に殴り飛ばされた男が、ゆらりと甲冑の人の前に立った。


「誰か?とは問わん。貴様が誰かに関わらず、倒すのみ」

 何か様子はおかしいような気もするが、身体強化の様子はなめらかだ。


 甲冑がすり足で近づく。

 男は肘を前に構え、低い姿勢で甲冑の左に回り込もうとする。

 甲冑が前に倒れる。いや、疾歩モドキの体勢だ。


「ふむ、こうか」


 男が納得したかのように。

 なめらかな身体強化のまま甲冑の左に滑り込んだ。

 兄のものとは違うが、全てを完全に制御している。


「なっ!」


 甲冑は咄嗟に、本当に倒れ込んで回避する。

 視界から消えたのを、疾歩によるものと予測して、回避を優先したのだ。


「いいものを貰った。貴様にもをやろう」


 倒れた甲冑が起き上がろうとしているところに進み。

 腕に触れたと思った、次の瞬間。

 甲冑が向かいの壁まで、勢いよく後ずさって衝突した。

 いや、自ら飛んだのではない。



「なんだ?通りが悪いな?」

 不思議そうに甲冑を見遣る。



 私はまたしても驚くべきモノを視た。

 男の身体強化は甲冑の人の、弾き飛んだのだ。

 後退しようと足に込めた力が、男の身体強化で増強されていた。


 通りが悪いとは、甲冑が身体強化の魔動具だったため、見誤ったのだろう。

 甲冑は身体強化に自由度が無さそうだから、それが関係しているのかもしれない。

 兄の疾歩での肉体側の制御と同じで、かなりの部分は事前設定されている流れだ。


 衝突のダメージもさるものながら、何をされたのか分からないという風に、甲冑の人は構え直した。


 強化の上限値として、甲冑はおよそ人の出せる出力とは思えない。

 しかし、その力が逆に自分に掛かってくるのでは話は変わる。

 相手も当然ながら、一撃のダメージには警戒している。

 最初の一撃は男にとっても脅威だったと思われる。

 よって、戦闘は一進一退の駆け引きになった。

 じりじりと近寄り、相手の攻撃圏を探り合う。


 倒されていた敵も、ふらつきながら起き上がってくる。

 甲冑との戦闘に行くのではなく、あたしに向かってこようとした。


 しかし、


「隊長!」


 さらに駆けつけてくる者たち。どうやら甲冑の人の仲間らしい。

 連携して暴漢らからあたしを遠ざける。



「ここまでだな。撤収!」



 男はすっぱりと切り替えたのか、そう命じる。

 暴漢たちは一糸乱れぬ連携で、ビルを駆け上がって消えていった。

 負傷の残る仲間は庇いながらの逃走だ。

 これが、ただの犯罪者なのだろうか?

 組織的に訓練されているような不似合いな統率を感じる。




「怪我はないか?」


 甲冑の人の、変声機越しの声が安否を問う。


「大丈夫です。あなたは?」


 それには返答せずに、無事を確認すると仲間らと走り去っていった。

 ・・・特撮ヒーロー?



 あっけに取られていた他の通行者が警察を呼びに公衆電話へと走ったりと、にわかに喧騒が戻ってきた。




 ────────




「どうだ?」


「二班と三班が追跡しています。幹線道路を北東に逃走。街から出る模様」

「陽動の危険もあります」


「追跡中止だ、引き返させろ。王国に情報を連携したら我々は監視に戻る」

「状況終了。ソーン卿に報告して通常シフト」


「目標は彼女自身ということで確定でしょうか?」

「手際から、営利目的ではないだろうな」

「ソーン卿に対する攻撃という線も無いわけでは・・・考えにくいですな」

「確かに確度は上がったが、確定とまでは。家宅捜索では特に決定的なものは出なかったしな。あの撮影して大学に送った謎のノートの結論が出るまで何ヶ月かかることやら。いっそギルドに忍び込むか?」

「ギルド施設内の捜索はリスクが高すぎます。ソーン卿に迷惑はかけられないでしょう」

「それを言うなら襲撃のリスクはそれ以上だ。何者かは置いておいて、狙われているのは間違いないのでは」

「ブラフの可能性も否定できませんしなぁ」



「とりあえず動甲冑は整備に回してくれ。再襲撃があるとしても、しばらくは仕掛けてこないだろう。っ、やはり負担が大きすぎる」

「隊長も休養してコンディションを整えてください」



「まて、襲撃者の口にしたジョナサン?いやオナサン?・オサリバン女史とかいう名前。ただのでまかせとは思うが、一応報告には載せておけよ」




 ────────




【ある少年の事情】


 豚退治から三日。

 隔離期間を終えて休養期間に入ったものの、気分は最悪だった。


 ホテルに籠もっているのも気が滅入ってくる。

 街に出てあてもなく歩く。歩いているときは気が紛れる。


 子供っぽい感傷に過ぎないと分かる分、かなり辛い。

 更にミヒャエルやフーガが何を言っていたのか、何を考えて口論していたのか。

 自分の至らなさに泣けてくる。


 あれは自分がなることを予想していたわけだ。

 つまり、討伐者にとって、これは麻疹みたいなものなのだ。ははは。

 ──

 ミヒャエルとフーガ、優しいのはどちらだろう。

 いや、仕事なんだから優しさなんて考えてどうする。


 こんなことで、俺がどうにかなるとか、見くびられてる。

 いや、考え過ぎだろ。どれだけ自分中心なんだよ。


 だいたい、前世だろうと基本的には変わらない話だ。

 誰かがやってくれていたから目にしないで済んだのだ。

 今更、そんなことで傷つくなんて、そんな




「ブラッドさん?」


 声をかけられるまで、ベンチに腰掛けて泣いている自分に気づいていなかった。

 見上げるとリリア中尉がいた。

 あわてて横にどき、涙をぬぐう。恥ずかしすぎだろ。


「あ、ああ。リリア中尉、お久しぶりです」


 どっこいしょ

 ギクシャクした動きでリリア中尉が隣に腰を下ろす。


「怪我でもされたのですか?」

「いえ、ちょっと訓練で。ふふ、ブラッドさんこそ」



「はあ・・・」

「重傷ですわね」


 頭を掻いてごまかす。


「仕事ではしゃいでしまって。恥ずかしくて落ち込んでます」


 ふわっと笑う。


「お仕事が辛いのでしょうか?」

「まあ、そんなところです」

「正直ですね」


 真剣そうな顔も可愛い。


「辞めますか?」

 仕事を。

「とりあえず、続けます」

「なぜ?」


 なぜ?決まってる。


「大した理由じゃありませんが。もう・・・乗りかかった船だから、かな」


「自分できめた仕事は逃げちゃだめだと思ってます」

「そうね」

「誰かに押し付けることもできませんし」

「決めちゃったから、か」




「可愛い」

「え、うん」

「そういう意味じゃないの。ごめんなさい。強くて、可愛い」


「だから・・・。うん、素敵、だと思う」


 男って、単純だなと思った。




 ────────




【ある襲撃者たちの事情】


「追跡者みられません。損害なし」

「三時間警戒ののち合流」


「あんな護衛がついていたとは」

「王国にあのような部隊がいるという情報はありませんでした」

「魔族院の秘匿部隊では?」「ただの要人警護で出すものではあるまい」

「とすると、奴らも」「それも早計だ。罠の可能性はないか?」


「・・・ここまで絞り込んだというのに」


 そこに駆け込んでくる兵士が。


「巡回の警戒より西方に四十メートル超の大型魔獣を発見との報告!」

 男たちは唖然として報告を聞く。

「距離千メートル、移動の速度や方角は不明。近隣の魔獣が逃げて来たことで発見とのこと。逃走する魔獣への対応のため直衛の小隊からは魔術行使の許可要請!」

「光熱および電撃系を除くクラス4以下の行使を許可。発令所に近寄らせなければよい!宿舎・備蓄倉庫は後回し、但し医薬品だけは確保、状況次第では予備へ移転する。大型の観測のため半班を二隊向かわせろ」



「なんてことだ!いよいよ厄介なことになったな」


 指揮官が頭を抱えるが、参謀役の部下がふと思いつく。


「もしかしてこれを奇貨として使えないでしょうか?」




 ────────




【悲報】主人公は猿なんでちょっと優しくされたら惚れる【朗報】


 なお、やましい秘密のある妹は、昨夜の暴漢の話を兄には伝えていません。電話はあるから話は出來るけど。

 主人公を完全にハブって進む陰謀話w

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