第06話 水輪の魔獣(前編)

 南三市東第三開拓エリア養生区の先。更に三キロに広がる区域は現在の討伐区域である。

 伐採も未着手であり鬱蒼とした森林の奥には半径にしておおよそ二百メートルほどの湖が横たわって、開拓を拒み続けている。

 水場は動物を集め、それを捕食する肉食獣もまた集まる。

 終わりのないかのような膠着状態の中、討伐者はそれでも淡々と仕事をこなしている。それが当たり前の仕事だからであった。

 ノルマをこなせば依頼料は稼げるので、むしろ工期の長い仕事は安定的な収入源としてありがたい存在ともいえる。



 そんな中、湖からちょっと離れた場所でソーンズプライドは狩猟をしている。


 イノブタ退治は功績としてはそれほどではないが、面倒な相手でも対等に戦うことができるという証明となり、中域討伐免許が交付されるには十分だった。

 これは中域という名に反して浅い深度の討伐地域の依頼を受注できる免許だ。

 それでも、見習いレベルの殻を破り正しく討伐ができるようになった証である。

 ちなみにこの討伐免許だがチームに対するもので、個人を評価するものではなく、大幅なメンバー変更では審査が必要となる。


 また、チームの福利厚生としての討伐事故保険に加入するためには、必須のものである。

 冒険者に対して保険というのはそぐわないように思えるだろうが、靴の話で出たようにギルドからの福利厚生として各種の保険は充実している。

 反面、その条件は禁止事項などに縛られることとなり、任意保険は多い。

 ただ禁止事項を守っている限り、意外と死亡に至る事故は少ないという。



 ・・・潜入任務は超法規的だが、こうしてブラッド・ソーンという架空の存在にディテールが段々と積み上がっていくことには思うところがある。

 フェン・バルド個人という存在と乖離して、演技し続ける悩みというべきか。

 公務だからヨシ!とは単純に割り切れない生真面目さが、今はストレスの原因となっているのだ。

 もっとも、わりと地が出てきているのではないかと、心のなかではブラッド・ソーンの比率が増している、そんな複雑さもある。



「五十メートルあたりに鹿が三頭。肉食獣の姿は確認できず。風向きは向かい風」

 偵察から戻ったフーガが報告する。



 かけつけ三秒。走り抜ける際に一頭の頭ともう一頭の足を粉砕し、茂みに逃げようとする残りに回り込む。慌てて踵を返して逃げようとする鹿を合気で転倒させ、その首を一撃で破壊。足の死んだ鹿を後からきたヨータが始末して終了。十秒もかからない。血抜きの手間こそ時間が取られる。

 臭いにつられて来るトラも追加。振り下ろしてきた前足を合気で空振りさせると脱臼した。そこをサクッとヒートが一刺し。



 先にも言ったが、俺たちはメイン狩り場である水辺からすこし離れた林を巡回するルートを使用している。それでも、これだけの遭遇率。かなり獣は多い印象だ。

 新人として、更にハードワークであろう水辺での待ち受けは避けておいたほうがいいというヒートの提案による判断だ。防衛省、つまり軍人あがりのヒートの提案は手堅くてありがたい。

 確かに水場を背にするのは文字通り背水の陣なので、避けたほうがいいだろう。

 なによりウチソーンズプライドは火力が弱い。対応できない相手に遭遇したときに退路が塞がれたら危険だ。逃げるが勝ちという言葉をいつも心に置いておきたい。



 それになにより、新人の我々が激戦区である水辺に居たら、何かとトラブルの元となるだろう。



「そんなに気を使わなくても全然大丈夫っすよ」

 ミヒャエルがへらへら。

「通りすがりの討伐者先輩たち、会釈してくじゃないすか」

「すごいわよね、序列一位を殴り倒した男」

「大猪の首刈り男としても話題だな」

「脳筋砂魔術師」

 それは聞いてない!誰だ、そんな根も葉もある噂をしてるやつ!

 見かけたら殴ってやる。(脳筋



「魔獣には魔術が効くんで、結果として討伐者に一番嫌がられるのは、こないだのイノブタみたいな強力な野生動物す。坊はそれを単独撃破したんだから、そりゃ一目も二目も置かれるすよ。だから中免申請も何事もなく通ったんですし」

「面倒事に即応できるブラッド様に喧嘩売るバカはいないでしょうね」

「合気とか呼んでるみたいだけど、何なのあれ?」


「奥義」

 身体制御介入技なんて、人間扱いされなくなるかもしれん。

 便利すぎるから使うんだけど。

 指先いっぽんで大怪獣もダウンさ・・・古い方のネタが混じるのは前世の歳のせいである。




 ────────




 それは、陽の落ちる方角から来る動物が減っていることに気づいた。

 それは、縄張りを広げられると考えた。


 それは、であった。




 ────────




 ズドドン・・・




 鹿を血抜きのために小川に浸していたとき、その音が水辺のほうから聞こえた。


「聞こえたか?」

「岩か氷かの運動量攻撃っすね、魔獣が出たみたいっす」

 首を傾げる。

「聞こえた弾着が二回。なんか妙っす。二発も連射で撃つ相手ってなんだろ?よほど慌ててますね」

「どうする?場合によってはここも危なくなるかもよ」

 フーガが、偵察を提案する。たしかに流れ弾とか不意打ちされるのは避けたい。


「相手のヘイトを引かないように隠密で頼む」

「任せて。そんなドジふまないから」

 足音を立てることなく、フーガは偵察に向かった。


「鹿はどうします?トラはともかく血抜きにはしばらくかかりますから」

 持ち歩くのは論外だし。仕方がない。

「獲物は川に漬けておく。運が悪くても骨くらいは回収できるだろ。ヨータ、タグをつけて、道具類の回収を頼む」

 動物の骨格からは魔宝石が採れるのは説明したとおりだ。ジビエ肉やトラ革のような工芸材料に並ぶ結構な収入となる。


 偵察からフーガが帰還。

「二百メートル先の水辺で1パーティが交戦中、手間取っているように見えた。相手は種族不明の中型陸生動物。イノブタよりは小さい。魔術行使は未確認、もしかしたら魔獣とは別なのかも。特記事項は岩を振り回してる」

「種族不明?近隣のカタログにない種族か」

「近隣の目録どころか、年鑑でもみたことないわね」

「岩を振り回す?」

「とりあえず、交戦対象の他で魔獣がフリーになってる可能性もあるし、見にいった方が速いわ」

 突発時に連携できるように、だろう。向かうことにした。



 そして、緊張しながら林を抜けて目にしたのは。



「ぶふぉっっ!?あはっ、ははははははぁ」

 それを見た途端に、俺は盛大に噴き出した。

 あわててマスク越しに口を押さえる。


「なんじゃ、若!!」「坊!?」

 リーダーの異変というか口を塞いで悶えるという奇行に、何かの毒かとギョッとするパーティメンバー。

「いや平気だ。きに、くふ、気にしないでくれ」



 いや、不意打ちすぎる・・・ツボに入った。

 だって仕方ないだろ!なんだよアレ。


 それは、小さな・・・いや30センチはある、小さいかな?の子供を全身にしがみつかせた三メートル級のだった。いや子沢山だなおい。

 子供らが振り落とされないように必死に掴まってジタバタしているのが、コメディ感を増している。



「ぐふっ、あ、あんなの・・・見たこと無い。が、何だよ。あのラッコは」

 ラッコではないだろう。ここは森の中だ。場違いにもほどがある。

「ラッコと言うのですか?いえ、見たことも聞いたこともありません。若の故郷にはあれが居るのですか?」

「いや、海とかで。そう、石で貝を割って食べたりする動物を、聞いたことがある。いや、本だったかな」

 故郷は山地の近くのため海はないことに気づく。


「あぁ、確かに」

 ミヒャエルの呟きに見ると、ラッコが両手持ちした石というか子供くらいはある岩石で交戦中の前衛が殴打されてる。ガツン、ガツン。


「あのラッコという動物は、武器を使う知能があるのか!?」

「信じられないわね、動物のくせに道具を使うなんて・・・」

 やめて、もう。やり取りの一言一言の腹筋への殺傷力が高すぎる。


 と呑気なことを言っていられる状況ではなさそうだ。

 殴られ続ける戦士の顔色が悪い。盾に受け損なって食らっているのだろう。

 偵察だかを含めた三人がかりで殴っているが、一人が集中攻撃されてる。


 残りの二人も必死に殴ろうとしているのだが武器の長さが問題だ、三メートルの親の頭部には届いていない。かといって下半身を狙うと、子供がかわりに受けとめているようで親にダメージはない。攻防一体で見た目とは裏腹にバランスがとられているのだった。

 獣と人間、互いに武器をふるっていたら、体格で負ける人間ではおそらく勝ち目がない。戦列の崩壊は間近に思えた。



「まずいな!おい、加勢するがいいか!!」

「お願いします」

 他のメンバーの了承を得た。参戦。


「ヒート、槍で顔を狙え、ヨータは牽制。フーガとミヒャエルは周辺警戒。俺は」

 振り下ろす腕を鉄棒で殴りつける。バリアはともかく身体強化も強い。

 速度は不明だが、あれだけ子供を張り付かせて敏捷な動きはないだろう。

 とりあえずこちらにヘイトを向けさせてタンカーを交代しないと!


 脚は子供にカバーされていて効果が薄いようだ。

 長物でなければ腕や顔を狙えないのが厄介だ。

 子供から片付けるのがセオリーかな?


 とか作戦を考えていたら。

 ラッコのつぶらな瞳がジロリと・・・

 なんだ?何をしようと。



 ラッコを中心として周囲の空中に多数の水球が現出。

 こいつ、魔獣か!?いや、そういえば攻撃魔術で迎撃されてたのはこいつでいいのか。



 水球がラッコの周りを周回し始め、水滴が横殴りで俺を打つ。

「こちとらシールドは伊達じゃねぇぞ。そんな程度で・・・」


 水球が繋がり、リングとなって更に高速に回転し始める。


 ま、んぷっ、ああっ!?意外とある水流の運動量が連続して叩きつけられる。

 近くで戦っていた俺と戦士は水流と化した水玉に押し流されて共に転倒した。

 俺は即座に体勢を回復したが、戦士は・・・流されてるぅ!?


「ミヒャエル電撃だ!ぶちかませ!!」

 水なら電撃は効きそうかと。

 魔術で生成された水じゃ通さない気もするけど、あたりの足元は泥濘と化してる。

 魔獣には痛かろう。流された戦士も水たまりに浸かってるが、ヘタってはいても意識はあるようだ。頑張れ!


「坊、撃ちます。退避してくださいっ!」

「構わねぇぶっ放せ!いやむしろ巻き込め!」

 張り付いて動きを止めたほうがいい。

「えぇ…カテゴリ3ですよっ」

「撃ってミヒャエル!」

 フーガが急かす。意外と容赦ないな姐御。

「っ!顕現せよ!弧宙の葉脈」

 あー、ミヒャエルが詠唱するのを聞くのは初めてかも。気合い入れてるな。

 俺にも余波は来るだろうがカテゴリ3なんて人間なら強めの静電気だろ。


 バんッッ!一瞬の電光がミヒャエルから走り、ラッコの胴体に当たる。

 ザバっと水の輪が飛び散ってあたりを水浸しとした。


「くはっ、あちちっ」


 ごめん、嘘。濡れた身体に電気はヤバかったわ。停まった心臓だろうが動き出す強さってこれくらいか?戦士も飛び起きた。

 軽く痺れた手足を振って和らげる。ひーふー。



 ラッコの動きも停まっている。が。


 ぎろり


「まさかっ!?」

 ラッコのつぶらな眼がミヒャエルに向く。いや、視線なんてよくわからんが。


 新たに生まれ出る水滴。

 みるみると高速回転する輪となってミヒャエルに飛び、打ち倒す。


「効いてないだと!!」

 電撃がむしろ気付けになったのか復帰してきた戦士が目をむく。


「いや、ミヒャエルがヤバいわ」

 ふっとばされて気絶していたミヒャエルをフーガが担いで急いで退避する。

 ファイアーマンズキャリーだ。

 最初に交戦していたパーティも魔術師を後退させた。


「マジで魔術が効かない魔獣・・・だというのか!?」


 ラッコは電撃で取り落としていた岩を拾うと、振り回して威嚇する。

 どうやらお気に入りの岩らしい。そんなとこまでラッコなのかよ。陸ラッコ!

 伝家の岩石だろうか?


「火炎ならどうだっ、喰らいやがれ」

 蛮勇にも後退している魔術師がランクを落とした火炎系の魔術を連射する。

 マシンガンのような集中砲火の中、蒸発した水分が霧となり、新たな輪が生まれる。


「危ない!」


 俺は射線上に飛び出してリングを受ける。あちちち。お湯というかお茶くらいの熱量が付与されてないかこいつは。蒸気の液体化で放散しないとか熱力学仕事しろ!

 シールドを介してすらの中々の衝撃に足元が滑って投げ出される。

 残滓の水球はそれでも魔術師に命中。こちらもミヒャエルと同様に盛大にふっ飛ばされていく。


「分かれるぞ!フーガとヨータは魔術師を介抱して養生区まで後退、ギルドに連絡」

 槍を持ってるヒートは居残りだ。すまんな御老体。


「残りは来てくれ、こいつを誘引しつつ他の討伐者を巻き込みにいくぞ。道連れだ」

 他のパーティにも声をかける。

「ひでぇ」


「一人でも多くの前衛が必要なんだよ、もう遠慮なんてしてられっか!」

「あんた、話半分だったがスゲーな。ほんとうに魔術師なのか?」

 カチンときた。

「疑うのか!?よし見てろ」


 悠然と立っているラッコ。なんで直立?に向かい駆け出す。

 疾歩を使ってフェイントをかけ、奴の顔に。目潰し喰らえ!


「ぎゃぉぉぉっ」


 あれ?効いた。

 岩を取り落とすと、顔をこするラッコ。眼にクリーンヒットしたのかな?

 こするより流した方がいいですよラッコさん。


 と、張り付いていた子供らが離れて、こちらに飛びつきしがみ付いてくる。

 やめろ、離せ!あ


 岩を拾い直した親が、打つべし打つべし!!

 がしっと受け止めて力比べの体勢。

 いいのか?動きが停まったぞ。


 再度の目潰し。

 岩を手放して顔を覆うラッコに、戻った子どもたちがしがみ付く。


 俺の手の中に残された、この岩・・・あ、ちょっと良いこと思いついた。


「やーいケダモノ、この岩はもらってくぜ~。お尻ペンペン」

 片手で岩を高く掲げ、空いた手でおしりを叩いて見せる。


「なにやってんの、お宅の大将」

「挑発ですかな?」

「いや何ていうか、うーん」

「おや。効果はあったようですな、追いかけましょう」



 効果はバツグンだ!

 さて、怒り狂ったラッコを引き連れて、味方巻き添えを探しにいくか。




 ────────




「いや、なんだよアレ」

 巻き添え、いや無理やり巻き込んだパーティの魔術師がぼやく。

 例によって、制止も聞かずに魔法をぶちこんで反撃されてる。

 この人、回避うめーな。


 ラッコはどうも岩に執着してる。

 今は別の軽戦士が持って走り回っている。

 ラッコの足は遅いが、リングが縦横無尽に飛び回るので気が抜けない。



 ・・・なんであの魔術は消えないんだ?



「見たことのない魔術だな」

「コスパよすぎだろ、疲弊がみられん」

「幸いなのはグレード2といった殺傷力の弱さかな」

「術式知りたいなぁ」

 魔術師グループはすることも無いので観察モードに入ってる。

 さっさと後退させたいが、情報収集も大事という本人らのによる観戦である。ええぃ、魔術オタクども。


「4あたりの範囲型じゃ全然効いてないな」

「石の槍でも当てたら倒せそうだけど、そんなの使える魔術師がこの飯場にいたか?」

 強力でも単体攻撃だとそもそも当てられないから、使い手は少ないらしい。

 学院の強い奴は軍志望だから使っていたけれど、乱戦上等な討伐者には不評とは知らなかった。



「不味いぞ、もう陽が傾いてきてる」

 養生区ならともかく伐採されてない討伐区で夜が来たら損害が大きい。


 誘引役を交代して森の奥に連れ出して、岩を返却する。

 ラッコも疲れたのか、返却された岩の確認で座り込んでいる。

 その隙にそっとその場を離れて養生区に帰還。あ、鹿を忘れていた。諦めるか。



 振り返って見た夜の討伐区は暗く恐ろしげだった。あんなのが次から次に沸いて出てくるような気がして身震いする。

 帰ったらギルドで攻略ミーティングだな。やれやれ。

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