第12話・来客3

「犯人がわかったんですか?」


 身を乗り出した陽太をエラがなだめた。


「落ち着きなさい。残念ながら、まだよ。あくまでそれらしい人物が見つかったというだけ」

「……そうですか」


 陽太はうつむきがちに床を見つめた。エラは子犬を可愛がるような目で陽太を見て微笑む。優雅に足を組むと、エラは続きを話した。


「元『剛腕』のノガミ。こいつが最有力候補ね」

「どういった人物なのですか?」


 陽太が問うと、エラの代わりに鏡夜が答えた。


「五、六年前まで、あちこちで暴れ回っていた小悪党だよ。右腕の義手が凶悪な呪具――悪いまじないのかかった道具で、ついたあだ名が剛腕って話」

「なるほど……。しかし、元、とは」

「ここ数年は、全く名前を聞かなかったのよ。もう引退したんじゃないかって噂が流れてたくらいね。だから、元『剛腕』なの」


 ノガミ。以前はそれなりに魔法側の世間を騒がせた男だったらしい。子分たちと組んで、数々の暴力や詐欺事件を起こしていたという。


「ノガミが容疑者に上がった理由は?」

「奴の固有魔法よ。彼は相手の記憶の一部を奪う魔法が使えたの」


 先ほど聞いたばかりの話だ――陽太は横目で鏡夜を見た。魔法使いそれぞれが持つ特別な魔法。似たような魔法はあっても、全く同じ魔法はないときく。


「では、その男で決まりではないのですか?」

「忘れたの? 今回捕まえた二人も記憶を奪う魔法を使っていたんだよ。それに、ミサと朝倉くんが戦ってる間に発生した事件にも同様の手口が使われてる」

「んー、問題はそこなのよねぇ。複数の人間が全く同じ魔法を使うなんて聞いたことないわ」


 あらゆる魔法に詳しいエラでも、答えは同じらしい。『わからない』。

 気まずい沈黙が室内に澱んだ空気を流す。陽太は頭を抱えたくなった。こうまで正体がはっきりしないとは。


「……どうすれば犯人を引きずりだせるんだ」


 陽太の口から思わず愚痴がこぼれる。と、唸っていたエラが指を鳴らした。


「そうね。引きずりだせれば早いわよね」

「え?」


 聞き返す陽太をよそに、鏡夜が納得したようにうなずく。


「確かに。奥に引っ込んで出てこないというなら、そこから引っ張り出したほうが早い」

「……つまり、どういうことだ?」


 なぜか分かり合う師弟を交互に見る陽太へ、二人が同時に顔を向けた。


「こちらから餌を出してやればいい」

「好みの女の子がいるんでしょ? わたくしたちで用意してあげましょうよ」

「……囮作戦、ということか?」


 陽太が言うと、二人がこれまた同時にうなずいた。


「いつまでもトカゲの尻尾切りに付き合ってられないわ。今度はこちらから仕掛けるべきよ」


 エラがにっと笑う。悪戯を思いついた子供のような、毒々しい鍋をかき混ぜる魔女のような、怪しい微笑み。それに同意する鏡夜は涼しい顔のまま続ける。


「満島さんの話が確かなら、犯人は捕まえたあと、目的の女性かどうか確認する時間があるはずだ。確認に出張ってくるのはもちろん――」

「黒幕、か」


 その通り、と鏡夜は常夜色の目を細める。


「少なくとも、僕らが捕まえた下っ端よりかマシな人間が出てくる。黒幕ならベストだ。そこを取り押さえられれば、僕らの勝ち」


 囮を出しておびき寄せ、黒幕がやって来たところを捕まえる。確かにそれができれば事件は解決できるだろう。

 しかし――陽太は二人の作戦に口を挟んだ。


「肝心の囮はどうするんだ。相手が探しているのは、満島に似た小柄な女性のはずだ。危険に晒しても問題ないうえに条件に当てはまるような女性は、俺の知り合いにはいないぞ」

「あら。いないのならつくればいいのよ」


 まるでどこかの王妃のような口ぶりでエラが言った。戸惑う陽太をよそに、エラと鏡夜が視線を合わせる。鏡夜はエラを咎めるような目を向けるが、エラは笑顔のままだ。無言の二人の間に、どこか剣呑な空気が漂う。


「エラ。あなたの魔法は」

「お人形遊びじゃない、と言いたいのでしょう? なら、あなたが解決してごらんなさい」

「……もちろんそのつもりです」


 魔物同士が食い合うようなただならぬ気配に、陽太は息をのんだ。鏡夜が答えて息を吐くと、二人から危ない空気がすっと消えたように、窓から真新しい風が入り込む。少しの沈黙のあと、鏡夜が常の余裕ある顔つきで陽太のほうを見た。


「君に手伝ってもらわないとね」

「……俺、か? 先ほども言ったが、心当たりのある知り合いはいないぞ」

「心配しないで。この店にはちょうど、姿変わりの雫がある」


 嫌な予感がした。陽太が半歩後ずさると、鏡夜は逃がすまいとでもするように続ける。


「香水みたいにふりかけるだけで、少しの間、思い描いた姿になれるんだ」

「ち、ちょっと待て。変装なら、ミサのほうが適任なんじゃないか? 背丈も満島とさほど変わらん。少しごまかせば」

「ミサはまだ治療が済んだばかりだ。危険があるかもしれないのに無茶はさせられない」

「だからといって、俺に魔法をかけて、女のフリをしろというのか? 無理だぞ。そういう所作は知らん!」


 陽太は困り果ててエラとミサを見るが、二人は知らん顔だ。ミサは相変わらずの無表情で鏡夜の横に立ったままだし、エラにいたってはこの状況を楽しんですらいる。

 鏡夜は微笑むと、陽太の苦手な常夜色の目で覗き込んできた。


「ただ立っていればいい。餌をちらつかせれば、向こうから寄ってくるさ。タイミングを計って僕とミサも出ていく」

「う……」


 陽太は立ちすくんだ。心臓が警鐘を打ち鳴らす。自分はこの目から絶対に逃れられない。情けないがそう悟った。鏡夜はそれをわかっているのかいないのか、反論できない陽太に悪戯っぽく笑う。


「決まりだ。それじゃあ、まずは君に合うサイズの服を探さないとね。姿変わりの雫は服装までは変えられないから」

「つっ、つまりは女装しろということじゃないか……!」

「そういうことなら付き合うわよ。わたくしがピッタリの服を選んであげる」


 それから数時間――陽太は自分が着る服を選ぶため、エラの長い買い物に付き合わされることとなった。

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