第11話・来客2

「オーナー、でしたか。そうとは知らず、失礼致しました」

「いいのよぅ、気にしなくて。仕事はほとんど鏡夜に任せてるし、わたくしは名前を貸してあげてるだけみたいなものよ」


 丁寧に頭を下げる陽太に、エラは片手を上下に振って笑ってみせた。反対に鏡夜は不機嫌な様子を隠すことなく話す。


「随分早かったですね。昨日連絡したばかりなのに」

「ま、ちょうど別の件が片付いたあとだったからね。この店には『渡り鳥のしるし』もつけているからすぐ来られるし」


 エラは自由な風がうたうように話す。のんびりとした和やかな雰囲気のエラに対し、鏡夜はどこかとげとげしい。自分から連絡はしたものの、本当は来てほしくなかったのだと顔にかいてある。普段の余裕ある姿とは違う鏡夜に戸惑う陽太をよそに、ミサがコーヒーを手にトコトコと歩いてきた。


「まあ、ミサ! それはわたくしのコーヒーかしら? ありがとう、優しい子ね」

「ミサは決められた仕事をこなしているだけです」


 ミサの返事はそっけないが、心なしかいつもより若干――本当に若干、上機嫌にみえる。


「それだって素晴らしいことよ。わたくしにとって、あなたの成長が何より嬉しいし、楽しみなことなの」


 言いながら、エラはコーヒーカップに手を添えた。何気ない仕草すら気品を感じるのは師弟揃って同じだと陽太は思う。鏡夜にとっては不本意かもしれないが。


「世間話はいいでしょう。それより本題を」


 鏡夜はエラの向かいに腰掛け、彼女をねめつけた。まるでこれから喧嘩を始める目つきだが、エラは風が流れるようにふわりと笑って受け流す。


「ま、そうだわね。でもどちら・・・から始めるつもり?」

「ミサの治療からです」


 鏡夜が即答する。エラはその答えに満足したように唇を歪めた。


「治療? そうね、直さないと・・・・・ね。ミサ、いらっしゃい。奥の部屋借りるわよ。寂しがり屋の鏡夜のぬいぐるみちゃんがたっぷりのお部屋にね」

「――エラ!」

「はいはい、恥ずかしがり屋でもあるのよね、あなたは。失礼」


 これまた珍しく大きな声を出す鏡夜をひらりとかわし、エラはミサを連れて奥の部屋へ入っていく。あとには陽太と、頭を抱える鏡夜だけが残された。


「おい、大丈夫か」

「気にしないで。あの人はああやって他人をからかうのが好きなんだ」

「……ぬいぐるみが好きなのか、あんたは」

「気にしないで! でも奥の部屋に許可なく入るのは禁止だから」


 鏡夜が耳を赤くしてそっぽを向く。なんとなく、友だちの前で母親にからかわれた息子のようだ、と思った。陽太はそれ以上詮索しないようにして、気まずさをコーヒーを飲んでごまかす。一息ついたところで気になっていたことを尋ねた。


「ところで何者なんだ、あんたの師匠は。事件解決に協力してくれるのか?」

「ま、そのために彼女を呼んだからね」


 いつもの調子に戻った鏡夜が頬杖をつく。


「あれでも魔法使いの間では有名人なんだ。彼女はあらゆる魔法に精通しているし、こちら側では結構上の立場にいる人だから。事件について何か情報が得られると思ったんだ」


 もちろん、ミサの治療がいちばんの理由だけど。鏡夜が言うと、陽太は奥の部屋の扉をちらりと見た。


「治療……特別な魔法のようだが。彼女の固有魔法か?」

「御明察。彼女は特に人形の扱いに通じてる。元々、ミサはエラが生み出した人形なんだ。彼女の家には使用人として何体もの人形がいるよ。ミサはそのなかでも古株で、この仕事を始めたときから手伝ってくれてる」


 ミサがどことなく嬉しそうな理由がわかった。エラは鏡夜の師匠というだけでなく、ミサの創造主でもあるらしい。

 陽太はうなずきながら、言葉の中になんとなくの疑問を抱いた。思いきって、聞いてみる。


「そういえば、あんたはどうして雫師の仕事をしているんだ?」


 魔法をかけた雫で、誰かの願いを叶える雫師。

 優しそうだがどこか胡散臭くもある不思議な青年。他人の願いを叶えるために動く殊勝なイメージとは少し離れている気がする。

 陽太と鏡夜の視線が交わる。常夜色の目からはいまいち感情が読み取れない。


「理由ならあるけどね」


 やや間をおいて鏡夜が口を開く。


「話す前に、君の目的が知りたいな。どうして朝倉くんはここで働こうと思ったの?」

「……それは。ほとんど強制のようなものだっただろう」

「拒むこともできたはずだよ。あの満島という子が気になったから?」

「それだけで仕事を決めたりするものか」

「なら、どうして?」


 ――どうして。

 毎度見る夢の記憶がよみがえった。絶望的な赤色と怒りの記憶。それと、熱にうかされた頭をみるみる冷ましていく、透明な香り。


「……俺がここに来たとき」


 陽太がぽろりと呟いた。今さら、この男に隠し事をしても意味ない気がした。


「あんたは、赤い色が見えたと言っただろう。揺らめく、激しい赤色だと」

「ああ、言ったね」

「俺の家は以前、放火に遭ったことがある」


 口にすると、じんわりと苦い味が広がった。鏡夜は黙って耳を傾ける。


「俺以外の家族は全員、家まるごと焼け死んだ。両親と祖母、妹。現場にいなかったことで、俺は一時期疑われていたことがある。犯人はまだ捕まっていない」


 拳に力が入る。陽太はうつむき、ぐっと奥歯をかみしめた。


「犯人が許せない。早く捕まってほしい――いや、できるなら自分の手で捕まえてやりたい。だがそれ以上に俺を悩ませるのは、赤い夢だ」

「夢?」

「夢を見るんだ。あの事件の日から。怒りにのみ込まれてどうしようもなくなる夢。それから逃れるように、俺は誰かを助けなければという衝動に駆られる。自分では制御できないくらいに」

「……」

「ここは、不思議だ。ここに来ると、それが解決できるような気がするんだ。あんたが言っただろう。この店は本当に叶えたい願いを持った者しか訪れることができないと」


 鏡夜は微かに唇を開いて、閉じた。少しして、短く「そうだね」と返す。


「あんたに雫の魔法をかけられたときも。俺にはあんたの姿だけがはっきり見えた。きっと、俺にとって必要な何かがあるんだ、この店には」

「それが、君の理由なんだね」


 鏡夜が柔らかく微笑んだ。窓からそっと差し込む陽の光に照らされた美貌はまるで名画のようで、陽太は一瞬どきりとする。確かに自分にとって必要な存在だと思うが、この常夜色の目だけは、なぜか苦手だ。

 陽太は勢いよくコーヒーを飲み干すと、やや乱暴にカップを置いた。ガチャン、とソーサーにぶつかる音が響く。


「俺の理由は話した。今度はあんたが話す番だ」

「……本当に知りたい?」


 言うと、鏡夜は怪しい笑みを浮かべた。常夜色の目が陽太を覗き込む。苦手な目。慈愛に満ちているようでもあり、心底冷えきっているようでもある、謎めいた双眸。下手に踏み込めば取って食われかねない危うさがある。

 恐る恐る、陽太は一歩踏み込んでみる。


「俺が話したら、話すという約束だろう」

「そうだね。……僕は……」


 鏡夜の顔から、すっと感情が消え去る。彼が何か言おうとしたとき、


「お待たせ~! 久しぶりの修復で思ったより時間かかっちゃったわぁ!」


 奥の部屋からエラが騒がしく登場した。陽太はがくりと肩を落として鏡夜を見る。鏡夜はというと、いつものように微笑んで、話は終わりとばかりにミサを振り返った。


「ミサ。調子はどう?」

「はい、鏡夜様。問題ありません。ミサはいつも通りです」

「よかった。少しでも違和感があればすぐ言ってくれ」

「お心遣いありがとうございます、鏡夜様」


 ミサが綺麗にお辞儀する。肝心なところをはぐらかされたことに若干苛ついたが、陽太はそれでいい気もしていた。今はまだ、彼の奥底に触れないほうがいい気がする。今後もここで働くのだから、次の機会に聞けばいいことだ。

 陽太が自分を納得させている間に、エラは再び鏡夜の向かいに腰を下ろした。ニヤニヤと鏡夜と陽太を見比べる。


「男同士の秘密の話し合いはもうよろしくて?」

「ええ、大丈夫です。それよりもう一つの話を」


 陽太が口を挟む余地なく鏡夜が言う。ミサが定位置――鏡夜の隣に立つと、エラはクスッと笑って、そうね、と答えた。


「それじゃあ、もう一つの用事について話しましょうか。行方不明事件の犯人について、ね」

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