第2話 なずな

忙しく日々は過ぎた。仕事もなんとか順調、朝の満員電車も慣れたくないが慣れてきた。僕は帰りの電車の窓から街を見た。アキバ、水道橋、飯田橋いつもと同じ景色だ。僕は乗り換えをせず飯田橋から歩くことにした。僕はこの中途半端な3月のおわり、心地よく好きな季節だ。。ぼんやりと時空が静かに曲がり、あちらこちらに入り口が開かれる。そんな時期、僕は無性に歩きたくなる。風を感じ、人を感じ、空間を感じる。寒くもなく暑くもなく。空間の歪みも大きいこの季節。とても心地よい。飯田橋、道路大きな交差点。階段を上り長い歩道橋。最短は右曲がり水道方面からの道。僕はふらりと左へ曲がり神楽坂を通ることにした。午後19時。まだ塾帰りの学生がすれ違う時間だ。もちろん会社帰りの大人もたくさんいる。神楽坂入口より急な坂道。右手のあんみつやを横目にまっすぐに登坂を歩く。小さな商店がづらり、目は退屈しない。住んでいるらしきフランス人達も、ちらほらすれ違う。それにこの道には時空空間がたくさんある。曖昧な空間がある。僕には、この曖昧な空間が必要なようだ。長崎にも同じような時間空間があった。きっと無意識に足が向くようだ。そしてその中の時間空間より僕はエネルギーを吸収している。僕は実在する人間だが、人間ではない。かと言って“あちらの世界のものでもない。特段、特別な能力はない。ただ人間界へ迷い込んだ時空空間からの人達から助けを求められることがあるだけだ。彼らは人間界への扉は開けれるが戻る入り口がわからない。僕の目はその入口を容易に見つけることが得意のようだ。ただし僕はその入口に入ったことはない。

あの日”菜“と出会ってからこの能力は強くなった気がする。

それに”おそれ“ることもなくなった。それに前に“菜”が言っていたように僕はあちらへ行けない。あちらへ行くと戻れない一方通行。“菜”。もう一度会い。ラーメンじゃなくて桜を見てせてあげたいよ。そう言えば、今日、桜の開花宣言がされた。年々早くなっているようだ。神田川の桜まつりは来週から4月2日まで行われるらしい。行ってみようかな。頭の中で考えた瞬間、風が吹いた。”きみどりの匂い”がした。草でできた鈴の音が聞こえた。”なずな”の草音。すれ違う人達。僕の右手側、女性が追い抜いていった。桜の季節にはまだ早い白色のワンピース。その人は立ち止まり、振り返って僕に微笑んだ。”菜“ではない。君は誰。


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