全然イケる

 ジュードは目を覚ました。何か心地の良い夢を見た気がする。


 覚えているのは、柔らかな太陽と、オンボロの家と、今は亡き両親の笑顔。


 上体を起こし、辺りを見回して、ジュードの意識はようやく現実に戻された。


「ジュード!」最初に駆けて来たのはパラティアだった。


 少女は眼を細め、兄のような存在の手を握った。


「心配したわ。眼を覚ますのが遅いのよ」

「すまない。何日寝ていた?」


「2日」

「そうか。ここは?」


「皇帝親衛隊の医務室兼監獄よ」


 そう言うパラティアの顔も、ようやく傷が治りかけている所だった。ロタハも駆け寄り、まだ握られていない方のジュードの手を握った。


「アーチーは何処だ?」

「ここだよ」


 パラティアの後ろから、アーチーが顔を出した。青年もまた、顔と身体中の傷が治り始めている。

 

 アーチーも傍に寄り、上半身を起こしたジュードと抱擁した。体の節々が痛んだが、ジュードの心は穏やかだった。


 夢の内容を思い出した。あれは両親が殺され、自分が奴隷の身分に身をやつす前の子供の頃の夢だ。そして今は、目の前の3人が自分の家族だった。


「良かった。良かった、本当に」


 アーチーとパラティアは椅子を持って来てジュードの傍に座り、ロタハはベッドの縁に腰掛けた。3人は意識を取り戻したジュードに、事の顛末を詳しく聞かせた。


「フェレンツ、覚えている。確かこの街に来た日に会った」

「そうそう。その雑務長官が、俺達を助けてくれたんだ」


「アーチー兄ちゃん、財務長官やで」

「あ、ああ。そう言う人もいるね…」


 少女にツッコミを入れられて慌てる青年を横目に、パラティアは続けた。


「確かに今の所は命があるけれど、これからどうなるか分からない。何か目論見があって、私達の命を救ったのかも。相手は異教徒、そして何より宰相の弟よ。一体どんなことを考えているか」


「その後、何もないのか」


「何もないわ。見張りに聞いても、あいつらそもそも言葉が通じないのよ。これだから長耳は」


「死体は何処にいったのだろう。教会が隠したとなれば、直ぐに本国に連絡が行く筈だが」


「分からない。帝国教会が異教徒の政府にと話をつけているかも知れないけどね。財務長官のおぼっちゃんは私達を無罪にしたけど、ある日突然この部屋を追い立てられて、処刑場に連れて行かれるか、さもなくば愛しの祖国へ追放ね」


「追放されても、大してその先は変わらないな」


 ジュードが皮肉を込めてそう言うと、パラティアは微かに片方の口角を上げた。


 パラティアの言うとおり、確かに此処は監獄だった。部屋には格子状の窓が一つだけだったし、外には一歩も出られなかった。


 だが食事は出たし、トイレに行きたければ屈強な森人フェルドの護衛付きで行くことは出来た。


 そして何より、キチンとした治療があった。


 異教徒の帝国人である老年の医師は即座にアーチー達が王国の人間であることを見抜いたが、これといって侮蔑する素振りもなく、淡々と職務を果たした。


「荒野の民は強いからな。これぐらいの傷は何ともない」


 医師はそう言ってアーチーとジュードの頬を叩くと、ロタハに菓子をあげて、いつも帰っていくのだった。


 老人が退室すると、今度はヤドヴィガがやって来た。この背の高い親衛隊の隊長は、決まって毎日アーチー達の様子を見に来た。


 最初は高圧的だったが、真面目で元来人の良いヤドヴィガは、アーチー達がまだ若いことを知ると、次第にその態度を軟化させた。


 ジュードが眼を覚ました日には、彼の傍により、声を掛けた。


「悪かったわね」

「別に構いません。仲間だけでなく、自分まで治療させてもらって」


「こちらに不手際があったのよ。これぐらいはするわ」


 軽く会話をし、部屋を2、3度見回すとヤドヴィガは部屋を出て行った。そして老医師と同じように、帰り際にロタハに菓子を渡して行く。


 正直な所、アーチーにはこの時間がいつも楽しみでならなかった。


 英雄祭の夜は恐怖が勝ったが、面と向かって観るヤドヴィガは、これまで自分が観てきたどの女性よりも美人だった。


 モデルや、映画女優よりもである。初恋のジェニファー・ローレンスも眼では無かった。


 アーチーが森人フェルドの女を観て鼻の下を伸ばす度、パラティアは不機嫌になった。


 少女はヤドヴィガがやって来る時間が嫌で仕方なかった。ある日、パラティアは耐えかねて、アーチーに言った。


「長耳は長生きなの。あの女もああ見えて、きっと人間にしたら100歳ぐらいの婆さんよ」


「ひゃ、100歳…」


 言葉を失った青年の顔を観て、少女はほくそ笑んだ。


(100歳か。でもアレで100歳なら、全然イケるな…)


 だが肝心のアーチーには、全く効いていないのだった。


 老医師の言う通り、一番酷かったジュードの傷ですら一週間程で治った。


 アーチー達はすっかり良くなったが、釈放される日は未だ明らかにされなかった。


 元気になって歩き回れるようになると、流石に牢獄の痛みが増して来た。何も出来ないことが、鬱陶しくなってきたのだ。


 だが数日後、タイミングを見計らったように牢獄に訪問客がやって来た。早朝だった。


 アーチー達の視線を観に集めながら、その見覚えのない森人フェルドの女は言った。


「ええと。アーチー一行で間違いない?」


 ジュードとパラティアは顔を見合わせた。いよいよ、恐れていた日が来たのかもしれない。


 剣は没収されて無かったから、いざという時はジュードの拳とパラティアの魔術で何とかするしかない。


 だが何としても、アーチーとロタハだけは救わなくては。


 ロタハはアーチーの許に駆け寄ると、青年の着ている服の裾を掴んだ。肝心のアーチーは新手の森人フェルドの女を凝視している。


 女はジュードのような褐色の肌で、長い黒髪を後ろで束ね、馬の尾のように垂らしていた。そして、左目には眼帯を当てている。


(凄い情報量だ…)青年は思わず唾を飲み込んだ。


「あれ、違った?」


 張り詰めた空気を感じた森人フェルドの女が、困惑したように言う。


「違わないわよ」褐色の女の後ろから、聞き覚えのあるヤドヴィガの声がした。


「早く連れて行きなさいよ。馬車がバレる」


 ヤドヴィガはそう言いながら部屋に入ってくると、アーチー達に説明をした。


「細かい事は後。この眼帯の女はレギナ。シャライ先生の頼みを受けて、あんた達を此処から移動させる。さあ、荷物を持って。早く出て行くのよ。教会の連中にバレる前に」


 ジュードとパラティアは再び眼を合わせると、頷き、すぐさま荷物をまとめた。


 アーチーは未だに、レギナと呼ばれた褐色の森人フェルドの女から眼を離せずにいる。(100歳、100歳か)


(全然イケるな…)






 

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