3度目はないぞ

 アーチーとパラティアの2人は、小部屋にいた。部屋には窓がなく、扉の外側では2人の親衛隊の兵士が見張っていた。


 ジュードは医療室(本当に手当てを受けているのかは分からない)に、ロタハはアーチーの膝の上で眠りこけていた。


 2人が座っている目の前の机には水の入った瓶と、パンが置かれていたが、そのどちらにも手はつけられていなかった。もう数刻は経っていた。


「なあ、パラティア」アーチーが沈黙を破る。「もうダメかな、俺達」


 パラティアは眼を瞑ったまま、何も答えなかった。青年は気にせず、独り言のように喋り続けた。


「もしこれで最後なんだったら、君に言いたい事があるんだ」


 少女は黙ったままだった。


「パラティア、君は綺麗だよ。本当に」


 パラティアはそこで初めて眼を開けると、横を見遣り、言った。


「いきなり何」


「いや、死ぬ前に言っておこうと思ってさ。俺、このままだと多分地獄行きだから、今の内に善行を積んでおかなきゃ」


「それで見え透いたお世辞ってわけ」


「お世辞じゃないよ。だって嘘をついたら、それが原因でまた地獄に逆戻りだろ? だからこれは俺の本音さ」


「ホントに、あんたって愚かね」


 青年は不意に嬉しくなり、笑みが溢れた。死ぬのは怖かったが、自分は1人では無く、横には可愛い少女がいる。


 パラティアの毒舌ですら、今のアーチーにとっては自分の日常が辛うじて続いている証拠になり得た。それが嬉しかった。


「ああ、俺ってホントにバカなんだ。自分でも痛い程分かってる。でも君は賢い。17年間生きて来て色んな奴に会ったけど、君が一番だ」


「世辞にもならないわね」


「君は本当に良い人間だよ。賢いし、思いやりがあるし、話していて楽しい。髪も綺麗だ」


「異性を喜ばせたいなら、まずは話し方から勉強しなきゃ駄目よ」


 そう言いながらもパラティアは何気なく、汗と血と埃で汚れてしまった自分の髪を撫でた。


「ねえ、カレンって一体誰なの」


 パラティアが言おうとしたまさにその時、扉が開かれた。入ってきたのはヤドヴィガと、フェレンツ。


 2人は机を挟み、アーチーとパラティアの前に座った。


「待たせたな」


 フェレンツの何気ない一言に、ヤドヴィガは眉を顰めた。罪人にかける言葉だとは思えない。


「簡単ではあるが、広場と大神殿の物的損害及び、兵士や神官等の人的損害について聞き取りを行なっていた。結論を言ってしまえば、そのどちらに関しても大事は無かった」


 フェレンツは隣に座っているヤドヴィガに同意を促すように振り返った。森人フェルドの女は渋々頷いた。


「広場の石畳が大分抉られていたけどね」

「ああ。だがそれだけだ」


 ヤドヴィガの苦言を軽くいなしながら、フェレンツは手元にある書類を捲った。


「次に、お前達が殺した者について。付近を探したが、それらしき遺体は無かった。だが兵士や神官達に聞いた所、確かに最初遺体があったと言う。ここにいるヤドヴィガも同様に証言している。一体、その遺体はどこにいったのか」


「きっと、来訪教会の中よ」とパラティア。


「と言うと?」


「私達を襲ったのは護教騎士団の1人。それは間違いない。大司教の命を受けたのかどうかは知らないけど、この国で活動していたことが発覚しないよう、恐らく教会の連中が遺体を隠したのよ」


「ふむ」フェレンツは興味深そうに、異国の少女を見遣った。


「別に、信じろとは言ってないわ」


「いや、そうであれば辻褄は合う。先程シャライがやって来て、彼からお前達の素性を聞いたのだ」


「先生が来たの?」驚きを隠さず、アーチー。


「ああ。調査のために広場を封鎖していた所、彼が一人で丘を登って来た。最初、彼は酷く動揺していたが、お前達が無事だと知ると、胸を撫で下ろしたようだった」


「先生が来たのに、会わせてくれなかったの?」今度はパラティア。


「調査が終わるまでは無理だ。それに、シャライがお前達と関係を持っていることは、表立っては明かせないのだろう? 聞く所によれば、お前達はグミル派だと言うではないか」


「グミル派?」ヤドヴィガが尋ねる。「なに、それ?」


「グミル派は来訪教の分派の一つだ。教会に異端認定を受け、数年前に壊滅させられたと聞いた」


 フェレンツはそこまで言うと書類を手で横にやった。


「つまりこう言うことだ。お前達は迫害を逃れ、シャライを頼って帝国に亡命して来た。護教騎士団の何某は、それを追い掛ける。何某はお前達をあろうことか人気のない皇宮前に誘い込み、抹殺しようとした。恐らく、誰にもバレずに密かに事を成すためだ。だがお前達はそれに抗った。そういう事だな」


 アーチーとパラティアは互いに顔を見合わせた。処刑の恐怖は消え去り、微かな希望が2人の心に湧き上がってきた。


「兵士や神官を眠らせたのも、恐らくそいつだろう。短時間の内にお前達を始末する算段だったに違いない。遺体が見つからぬ以上、確定はできないが、お前達のやったことは正当防衛だ」


 フェレンツはアーチーとパラティア、そして青年の膝の上で眠り続けるロタハを順に観て、言った。


「よって、フェレンツ・ゼルハルジュは判断した。お前達は無罪だ」


「そんな!」ヤドヴィガが叫んだ。


「皇宮と大神殿を前にして、大暴れした連中だよ? 確かに損害は数百枚の石だったけど、あと少し違えば皇宮や大神殿に被害が出るかも知れなかったんだ」


「ヤドヴィガ」


「もし私達が気づいていなかったら、被害はもっと出ていたかも知れない。皇帝に、危害がいったかも」


「ヤドヴィガ、落ち着くんだ」


「フェレンツ、貴方は賢い。でも一から十まで来訪教徒の言うことを信じるなんて、どういうつもり?」


「シャライが言ったんだ。シャライはこの4人を高く買っていた。とても善良な若者達であると。あの男が嘘を吐くと思うのか? あの男は、他ならぬ皇帝陛下が信頼を置く者だぞ?」


 ヤドヴィガは答えに窮したようだった。フェレンツとアーチー達を交互に見遣り、声にならぬ抗弁をした。


「ヤドヴィガ、君は皇帝親衛隊の指揮官で、皇帝と皇宮の警護に関する全ての権限を擁している。本来ならば、この一件は全て君の裁量に任せるべきなんだ。なのに門外漢の俺がわざわざ出張ったのは、君が明らかに理性を欠いているからだ」


「私は、至って冷静よ!」


「いつもの君ならそうだ。だが今夜の君は、違う。今夜の君は、この者達に如何に罪を着せるか、如何に痛めつけるかのみに執心しているように観える。君が誰よりもまず皇帝の身を気にしていることは承知している。なればこそ、来訪教徒の扱いも慎重にしなければならない。少しでも対応を誤れば、王国につけいる隙を与えることになる。そうだろう?」


 ヤドヴィガは項垂れると、小さく頷いた。ヤドヴィガはもう一度、アーチー達を見遣ると、立ち上がった。


「数日は此処にいなさい。お前達の罪がまだ完全に晴れた訳ではないし、また護教騎士団が襲ってくるかも知れない。丘の上は冷えるから、部下に毛布を持って来させるわ。それと、お仲間を殴ったこと、悪かったわ」


 ヤドヴィガは早口でそう言った後、部屋を出て行った。


 「はあ」と、森人フェルドの女が出ていって少ししてから、フェレンツは溜息を吐いた。


「あ、ありがとう。また助けてもらっちゃって」


 アーチーがそう言うと、フェレンツは書類を手にまとめて立ち上がった。去り際、帝国の若き財務長官は言った。


「3度目はないぞ」

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