馬鹿野郎共
アーチーは落ち着き、考えた。こちらから仕掛ければ良いだけの話なのだ。青年は掌に火の渦を作って、身構えた。
鏡が無いので分からないが、これは結構格好が良さそうだった。敵は一定の距離を保ち、こちらの隙を窺っている。燃える炎によって、相手の血走った眼が暗闇に浮かび上がった。
青年がホースから飛び出る水をイメージすると、火は火炎放射器のように相手に向かっていく。
(これで終いだ!)
だが相手はそれを避けた挙句、自分も掌に炎を作って、こちらに放ってきた。
(凄いな、そんなことも出来るのか!)感心している場合では無かった。
アーチーはもっと集中して、火力を上げようと試みた。同じ火なら、勢いの強い方が勝つ筈だった。
だが相手も大したもので、一向に火力が衰える様子が無かった。それどころか、先に自分の気力が尽きてしまいそうだった。
今までとは全く異なる戦いだった。これまでは半ば不意打ちのような感じで、敵を瞬殺することが出来た。
だが今は違う。ジュードもパラティアもおらず、敵は油断なく自分と対峙していた。
(馬鹿みたいに火を出しているだけじゃ埒があかない。考えるんだ!)
青年の数少ない脳細胞が悲鳴を上げ始めたその時、互いの炎が揺らめく中、敵の背後で蠢く黒い人影が見えた。ロタハだ。
どうやらあの娘は、背後から騎士に飛びかかろうとしているらしかった。アーチーは息を呑み、相手に察知されないようわざとらしく目線を逸らした。
「このバカが!」騎士が叫ぶと同時に、「アーチー! アーチー!」とロタハもほとんど悲鳴に近く叫んだ。
足にまとわりついた少女を払いのけようと相手が気をやった瞬間、アーチーは前屈みになって火を交わすと、殆ど地を這いながら、相手の間近に近づいた。
相手がようやく自分の失策に気づいた時には、青年はもう既に目の前にいた。死に物狂いで騎士の首を掴み、アーチーは叫んだ。
「ロタハ、離れろ。死ぬぞ!」
ロタハが手を離し、猫のように素早く飛び退くとほぼ同時に、青年は掌に新しいイメージを送った。火がダメなら、こいつでどうだ…!
掌を通じて、相手の身体に電流が流れ込んだ。身体の震えに合わせて、甲冑がガタガタと音を立てた。目は白目を向き、口元からは泡が流れている。嫌な匂いもした。
それは青年が生まれて初めて観る、感電死の瞬間だった。火や雷で焼いた方が、まだ良かった。
手を離すと、騎士はそのまま地面に倒れた。最初に火だるまになった相棒と共に彼は何も言わず、ぴくりとも動かなくなった。
「馬鹿野郎共!」青年は信じられないぐらいに興奮し、声を荒げた。感情がごちゃ混ぜになり、考えるよりも早く口が動いた。
「馬鹿野郎共、ざまあ観ろ。当然の報いだ! 女子供を燃やすような奴は、俺が焼いてやる! 何が護教騎士団だ、地獄に落ちやがれ!」
ロタハのことを思い出さなければ、アーチーはその後1時間はそこにいて、汚い言葉を吐き続けていたに違いなかった。少女を観て、青年はようやく理性というものを取り戻した。
「ロタハ、大丈夫かい! 怪我は? 歩けるかい? 指はちゃんと、5本ある?」
少女は困惑した様子で青年を観ている。無理もなかった。アーチーは、自分自身から観ても異常者だった。
「そっちの方こそ、大丈夫なん?」
ようやく、彼女はそれだけ言った。アーチーはそれが面白くて、思わず口元が緩んでしまった。
「君が無事なら、俺はなんでも良いんだよ」
少女は大きく眼を見開き、青年に抱き付いた。アーチーはそこでようやく、この娘が震えていることに気が付いた。大人に叱られて泣きじゃくる妹に昔やってやったように、抱きしめ返した。
「あんた、あんた様は、来訪者なんやろ? 絶対そうや。来訪者様、来訪者様…。あたし、ずっと信じてたで。いつかあんた様が救いに来てくれるって」
なんと答えればいいか分からず、アーチーはロタハを抱えたまま立ち上がった。
「ロタハ、詳しい話は後にしよう」青年はすっかり、妹を相手にしている気になっていた。
「怖い思いをさせてしまってごめん。けどもう少しだけ付き合って欲しい。俺を船の所まで案内して欲しいんだ。そしたら、君を逃すから。大丈夫。絶対に奴らから君を守るよ」
「勿論、案内する。でも、その後も一緒におる。あんた様は絶対来訪者様や。絶対離れへん。絶対や」
ロタハはそう言うと、青年の首元に回した手に力を込めた。
(来訪者め、罪なやつ)アーチーが来訪者だと知っていたら、きっとカレンも態度を変えていたに違いない。
アーチーはくたくたになっていたが、それでも何とか歩き続けた。
「もう疲れた。歩けない!」なんてことを口に出しにでもしたら、ロタハを失望させること間違いなしだった。生まれたての子鹿のような足取りで、青年は少女を抱えながら、夜を走った。
「誰か来るで!」ロタハに言われ、青年はその場に立ち止まった。(あの、そろそろ降りて自分の足で歩いてくれないだろうか…)
足音は1人、甲冑の音はしなかった。近づくにつれ、荒い吐息の音まではっきりと聞こえてきた。大分慌てているようだ。これは、まさか?
「ジュードの兄ちゃん?」アーチーが言うより早く、ロタハが声を掛ける。
足音が止んだ。向こうはこちらを警戒しているようだった。
「ロタハか?」少しして、夜闇の中から聴き馴染みのある声が返ってきた。
(ジュードだ! ああジュード、ジュード!)
アーチーは声の方に近づき、騎士の連中がやるように指先に火を灯した。やはりジュードだ。良かった、無事だったのだ。それで、パラティアは?
「パラティアの姉ちゃんは?」ロタハが青年の気持ちを代弁してくれた。
「ここよ」疲れ切った声と共に、パラティアがジュードの肩向こうから顔を出した。
「護教騎士団の阿保面共、3人やってやった。ハハッ、鼠に噛まれる気分はどう…?」
少女は言い切らぬ内に、顔をジュードの背中に突っ伏した。「パラティア、大丈夫かい!」アーチーが情けなく叫ぶと、落ち着き払ってジュードが答えた。
「大丈夫です。護教騎士団を相手取り、殆ど気力を使い果たしただけで、命に別状はありません。それよりアーチー、貴方が無事で何よりです。ロタハと合流していたのですね」
「うん。君達と逸れた所を助けてくれたんだ。この娘がいなかったら、今頃死んでたよ」
「そんなことない!」ロタハは腕に力を込めて、叫んだ。(痛てて!)
「助けられたのはこっちの方。ジュードの兄ちゃん。知ってた? この人はきっと、来訪者様なんや! あたし、決めてん。この人について行くって」
「そうか」ジュードはそう言って微笑んだ。「その為には、まずはここを切り抜けなければならないな」
「大丈夫。ここで合流できて本当にラッキーやわ。神様、あんた様は偉大です! 丁度来訪者様を船に案内する所やってん」
「そうか。だが船があっても、それをどうやって出す? 港は敵が押さえているぞ」
「大丈夫や、船を出すところは他にもある。安心して」
ジュードは意見を求めるようにアーチーを見遣った。「任せてみよう。この娘は味方だよ」
青年がそう言うと、ジュードは頷いた。
「こっちやで。もう直ぐや」アーチーに掴まったまま、ロタハは指を差した。青年とジュードは、走り出した。
はあはあと荒い息をしながら、青年は自分の真横にある少女の顔を観た。暗闇の中で、アーモンドのような大きな眼が光っている。
「ごめん。そろそろ降りてくれないかい? 力が入らなくて、多分後少しで俺は死んじゃうよ」そう言いたいのを、青年は必死に堪えた。
「どうしたん?」視線に気付き、ロタハは青年の顔を見返した。妹にどこかに似ている。そう思うと、アーチーは疲れた顔に無理やり笑みを浮かべた。
「別に、何でもない。落ちないようにちゃんと掴まってなよ」
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