木の実取り
「あれが目的地の、ケサル・マラタです」とジュード。
アーチーの眼前、遥か遠くに新たな街が姿を現した。聳える壁のせいで、中の様子は分からない。
日も沈みかけ、早く中に入りたい所だが、そう簡単にはいかないらしかった。ジュードが、前もって付近の集落で集めた情報を告げる。
「予想通り、既にケサル・マラタには護教騎士団の部隊が入っているようです。騎士団は街の警備隊と協力し、街に入る者達1人1人をくまなく調べ上げ、その後の街での行動も監視しているとか。ですので、正面切って街に入ることは出来ないでしょう」
そのため、アーチー達は道の側、林の中に留まって、そこから指を咥えて街を見ていた。
街には、自達のように正門から入れないような不審者を中に入れてくれる業者がいるらしかった。ジュードが前もって彼らに話を付けていたので、3人はそれを待っていると言う訳だった。
「騙されていたら? 敵を連れて来たらどうするの」怪訝そうにパラティア。
「その時は、俺かお前が囮となってアーチーを逃せばいい。生き残った方が、また別の方法で旅を続ける」
そのようなことは自分のいない所で話をして欲しいものだ、とアーチーは思った。
この世界の殺伐さには大分慣れつつあったが、それでもまだ全てに納得が言った訳ではなかった。アメリカ以上に、この世界は人間の生き死にが軽いように思える。
(まあそうだよな)だがアーチーは何とか納得しようと努めてはいた。でないと、正気が保てそうになかった。
ここは言わば中世とか、それ以前の時代の話であり。現代人の感性が通じないのも無理はない。それより、中世とは一体いつのことか? ゲティスバーグの戦いは、中世に入る?
(そんな事ない。ワシントンの頃には既にスーツを着ていたんだ。中世っていうのは、シェイクピアが寝巻きみたいな服を着ていた時代だ。とてつもなく、ダサい時代。まさしく暗黒時代ってやつ)
そうやって青年が哲学者の如く思索に励んでいると、ガサゴソと、目の前の叢から音がしだした。咄嗟に、ジュードとパラティアが身構えた。
アーチーはワンテンポ遅れて、フィンガー・ライター(もっと良い名前があると思う)を構えた。(く、来るなら来い。森ごと燃やしてやるぞ!)
顔を出したのは、子供だった。その子は3人に驚きもせずに叢より出てくると、大きな眼を右に左にやって、彼らをジロジロと観察した。
(何だ子供か…)アーチーはフィンガー・ライター(きっと、もっとイカした名前を思いつける筈だった)をしまった。だがジュードとパラティアは警戒を崩さなかった。
「ここで何をしている?」とジュード。
「別に。晩に食べる木の実を摘んでるだけやけど、あんたらも欲しい?」と子供
ジュードは眼を細め、仲間の方を見遣った。(晩御飯、どうする?)アーチーは、ジュードがそう言いたいのだと悟った
(俺は別に何でも構わないよ)
「そうだな、では6つ程貰おう」
「ふうん。じゃあ付いてきて」
(ワオ、晩御飯は木の実だ、やったね。でも、6つ? 3人で6つなら、1人2つ。ちょっと少なくないかい? それとも、バカでかい木の実何だろうか。拳ぐらいある胡桃とか?)
子供は黙々と林の中を街へ向かって行き、ジュードとパラティアは黙々とそれに従った。
(良いのかな、そっちは街だぜ? ここで業者を待たなきゃいけないのに?)
不安を胸に、アーチーも黙って3人に従った。しばらく行くと、案の定目の前に街壁が出てきた。
この辺りは木が生い茂り、壁の上からは死角になっているようだった。それに何故か、警備の兵隊も見当たらなかった。
その瞬間、アーチーは閃いた。身体の中を稲妻が走ったようだった。
(そうか、そうだったんだ…。ここは、木の実を取るのにうってつけの場所ってわけだ。なるほど、なるほどね)
子供は辺りをキョロキョロと見回し、辺りを警戒していた。
(そりゃあそうだ。こんな穴場、誰にも教えたくないもの。さあ、木の実を探そう。見てろ、俺が一番デカいヤツを見つけてやる。負けないぞ!)
アーチーが中腰になって構えた時だった。ゴリゴリと、街壁の岩がずれて、そこに穴が開いた。
「見張は買収してあるから、さあ早く!」子供に促されて、ジュードとパラティアは素早く穴の中に入った。
「兄ちゃんも、早よ」
アーチーもそれに続いた。穴を潜った先にはジュードが待っていて、青年の手を取り、素早く物陰に連れて行った。もう一度石を動かす音がして、また子供が姿を現した。
「上手く行った」そう言って、子供は八重歯を見せた。
「ありがとう、助かった」ジュードはその子の手に、数枚の銅貨を握らせた。
「隠れ家は、そこの裏路地を真っ直ぐ歩いた所や。魚の看板が掛かってるから、直ぐに分かる。話は全部付けてあるから。じゃあ、うちの仕事はこれで終わり。バイバイ!」
アーチーはポカンと口を開けたまま、元気よく駆けていく子供の後ろ姿を見送った。
「まさか、あんな子供が業者だったとはね。アーチー、さっきからずっと呆けてるけど、あんたまさか気づいて無かったの?」
パラティアの言葉が、鋭利なマチェーテのように青年の心に斬りかかった
「わ、分かってたよ、なに言ってるんだ。初めて見た時から、怪しいと思ってたんだ」
「あんたが未熟なのは仕方ない。でも、嘘を吐くのは駄目よ」
「はあ」とため息を吐きながら、パラティアは先に歩いて行った。青年は溺れて藁に縋る人のように、ジュードの方を見た。
「そんなこともあります」彼はそう言って、困ったように笑った。
(やはり、嘘はいけないな)
メラニア婆ちゃんの言う通りだった。青年はまた1つ、この世界に来て大事なことを学んだのだった。
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