バチバチバチ
(で、どうしよう)例の如く、いきあたりばったりであった。敵は何やらヒソヒソと言い合っている。
(卑怯者!)アーチーは心の中で相手をなじった。
(男なら、デカい声で正々堂々喋るべきだ。それで良ければ、次にどんな攻撃をするつもりなのか、全部俺に教えて欲しい…)
「何故逃げないのです」ジュードが青年に耳打ちした。
「だ、だって、君を放ってはおけないよ」
「言ったでしょう、相手は強敵だ。今は逃げなければ。私の命など別に構わない。大事なのは貴方の命なのに」
「そんなことない!」青年は自分でも思わず声を荒げた。
「皆が勝者でなければ、誰も勝者じゃないんだ。君1人を置いて、逃げられるもんか!」
咄嗟に吐いたそれは、遥か昔の何処かで聞いたような気がする言葉。誰誰の言葉かは分からない。良い言葉ではないか?
ジュードは黙って相手の顔を見ていた。それが怒りか、悲しみか、呆れか、それ以外の感情から来るのか、今のアーチーには分からなかった。
「逃亡者よ!」騎士の1人が叫ぶ。「武器を捨てれば、神の恩寵によって命は助けよう。時抵抗は無意味だ」
(神の恩寵だって?)ご立派な甲冑と馬で着飾った騎士連中を、アーチーは呆れたように見遣った。
(馬鹿め、お前達が今まさに対峙しているのがその神とやらなんだぞ。剣を収めろ、頭が高いぞ、馬から降りろ、そして俺達に跪け、それで家に帰れ。頼むからそうしてくれ)
突如として夜闇に閃光が走った。騎士の片割れの手元が光り始めたのだ。(あ、ダメだ)アーチーてっきり、また敵が火を出すのかと思った。
だが違った。騎士の手の上では、まるで黒雲の中を走る稲妻の様に、電気がバチバチ言っていた。
(ワーオ、スゲェ。これは流石に死ぬんじゃないか?)
稲妻はますます大きくなっていった。騎士が電光の束を強く握ると、それは棒状に伸びて、槍の様になった。
それはまるでギリシア神話の神が使う武器のようだった。稲妻の槍は、バチバチと、まるで集ってくる虫を焼き殺すランタンみたいに吠えている。
「アーチー、下がって!」
ジュードが青年の肩を掴み、後ろに退かせようとした。その凄まじい力は、彼がそれだけアーチーを死なせたくないと思っていることの証だった。
アーチーは踏ん張った。アーチーの方こそ、この男を死なせたく無かったのだ。
(俺だって君を死なせたく無い。だって君は俺の、俺の…)
「い、痛い痛い痛い! ああ、神様! 痛い! ああ痛い!」
突如として全身が痺れるような感覚に襲われ、アーチーは思わず悲鳴を上げた。コミコンのコスプレのような騎士が、稲妻を投げたのだ。
せっかくの良い場面が台無しだった。(フェアじゃ無い!)空気を全く読もうとしない敵のことを、青年は激しく睨みつけた
「あ、アーチー」
困惑したようにジュード。アーチーは落ち着いて、自分の体を見てみた。体の表面を電光が走り回っている。それは新手のマー○ルかD○のヒーロー、もしくはポ○モンだった。
普通の人間なら火花を散らしてバーベキューになっている所を、青年は生きいた。手も、足も、目も、耳も、口も使えた。
(ああ、神様! 生きているって、こんなにも素晴らしいのですね!)
「ば、馬鹿な!」騎士の1人が狼狽えた様に叫んだ。
馬はいななき、暴れ始めた。無理は無かった。今のアーチーはまるで化け物で、もしも小さい子供が見たら泣き叫び、必ずや後で夢に見るような代物だった。
護教騎士団とやらの魔術を持ってしても、青年には無力だった。そうなれば、自ずと話は変わってくる。もう怖くは無かった。今度はこっちの番だ。
アーチーは手のひらに意識を集中させた。
(良いぞ、その調子だ。見てろ、俺だって魔術を使えるんだ。見てろ、見てろ、ほら、今に炎が間欠泉の様に噴き出してくるぞ、ほうら、ほうら…)
バチバチ。聞き覚えのある音がして、アーチーは手の中を覗き込んだ。炎ではなく、そこに現れたのは電光だった。
「うわあ! な、なんだこれ」青年はまたもや悲鳴を抑えきれなかった。騎士も、隣にいるジュードも驚いたようにアーチーを凝視している。
(お前が一番驚くのか…)皆そう思っているようだった。
外見は違っても、要領は炎と同じらしい。口では上手く説明できないが、何とか扱えそうだった。
バチバチバチ。空中にいる虫を絶滅させられるくらい、電光が青年の手の中で勇ましく唸っている。
アーチーは見よう真似で、騎士がやってた様に電光を掴んでみた。すると、それはとキチンと槍らしくなった。
(これは、ヤバいな。格好が良すぎるだろ…)青年は息を呑んだ。
ことの重大さに気がついた騎士達は息荒く、馬の向きを反転させようとした。彼らは怖気付き、急いでこの事を上官に報告しようとしていた。
「アーチー!」ジュードが叫ぶ。
「分かってる」青年は手に持ってる稲妻を、逃げようとする敵に向かって、思いっきり投げた。
ドゴン! 目一杯の閃光が辺りに走り、信じられない程の爆音がアーチーの耳をつんざいた。一瞬、眼も耳も使えなくなった。
誰かがよろめく青年の肩を掴んで支えている。恐らくジュードだろう。
アーチーは何とか眼を開けた。まだ敵が生きていると思ったからだ。だがどうか、目の前にいる筈の彼らの姿は無かった。
(ど、何処だ?)慌てて青年がキョロキョロと辺りを見回すと、直ぐにその答えは見つかった。
青年から20メートル程離れた地面に、真っ黒に焦げた大きな物体が2つ転がっていた。まだ完全に焼けていない断片から、それが人と馬である事が辛うじて分かった。
物体はブスブスと嫌な音を立てる以外、うんともすんとも言わなかった。そういう事だった。
「ハハッ…」非情だが、笑うしか無かった。
立つ力を失い、そのまま背中から倒れ込んだアーチーを「大丈夫ですか!」とすんでの所でジュードが支えた。
「君は、君は大丈夫なのかい?」
「私は無事です、アーチー。いや、主よ。貴方のお陰です…」
「そうかい、良かった」アーチーは頑張って立とうとしたのだが、どうしても足に力が入らなかった。恐らく、さっきの雷で酷く体力を消耗したせいだろう。
「2人共、無事なの?」
パラティアが路地裏から駆けて来た。青年がアーチーに支えられているのを見て、少女はあからさまに取り乱していた。
「ど、どうしたの? 足をやられたの? 早く治療しないと。他は大丈夫なの? ジュード、あんたは大丈夫なの? 何とか言いなさいよ!」
(ムキムキの美男子と美女に心配されるなんて、男冥利に尽きるな)本当、命を張った甲斐があったと青年は思った。
「私は大丈夫だ。さっきの騒ぎで、必ず敵の別働隊がこちらに集まってくるだろう。急いで街を出なければ。アーチー、歩けますか?」
「うーん、うーん。ごめん、さっきから頑張っているんだけど、無理なんだ。どうしちゃったんだろう」
「いきなり雷光魔術なんて使うからよ。碌な訓練も無しにあんな上位魔術を使ったら、体力なんてあっという間なんだから」
パラティアはそう言うと、アーチーの足を持ち上げた。
「そのままにしてなさい。あたし達で運ぶから。暴れないでよ」
2人は青年を抱えながら、裏路地を走って行った。
まだ油断は出来ないが、アーチーは仲間を守ることに満足していた。酷く疲れてはいるが、それを補って余りある程の充足感が今の彼にはあった。
(死ぬほど疲れたけど、俺はまだ生きている。生きていれば、また誰かを救うことが出来る。しょうがない、やるしかない。あとどうでも良いけどさ、もっと他に良い運び方があるんじゃないかな。ほら、ジュードが俺をおぶるとかさ…)
アーチーの訴えかけるような眼に、必死なジュードとパラティアが気付く筈がなかった。だから青年の持ち方は、留置所に運ばれる酔っ払いの形のままだった。
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