向き不向き

 人を2人殺しても、太陽は変わらず落ちて、また登った。旅も相変わらず続いている。人目を避けて道なき道を行く様は、まるで世捨て人だった。


 時折、ジュードが1人で近くの集落に出かけて行った。彼はこの辺りでは顔が利くらしく、僅かばかりの金銭かタダで水や食料を貰って来た。


「お口にあいますか?」


 よく分からない草と、荒野に住むという巨大なネズミの肉を雑に煮込んだスープを食べながら、ジュードが心配そうにアーチーに尋ねた。


「美味しいよ。すっごく」


 青年が何とかそれだけ言うと、すかさずパラティアが「無理しないで。私達だってご馳走だとは思っていないから」と言った。この娘は超能力者なんだろうか?


 荒野は果てが無いようだった。草木は所々にあるだけで、畑は殆どない。村もぽつぽつと、人目を避けるように点在するだけだ。


「この辺りは特別貧しい」とジュード。北に行けば、灌漑水路によって出来たオアシスと畑が広がる、豊かな土地があるそうだ。


 荒野に水を引いて畑を作る。それはアメリカ人の好きそうな話だった。アーチーは、自分の祖父がカリフォルニアにやって来た時の話を思い出していた。


 このラヴァンテという国は、もしかしたら西部と似たような土地柄なのかもしれない。だが今歩いている土地は、アメリカにも滅多にないくらいくらい厳しかった。


 青年にとってそれはアメリカというより、やはり聖書で読んだ世界に似ているような気がした。何だかここは、数千年前の中東みたいな感じなのだ。


 ここは異世界じゃなくて、数千年前のイスラエルだかヨルダンなのではないか。だがそうなれば、あの魔法はどう説明するのか。


 も魔法を使ったのだろうか。いや、使ったようなものであった。だが、この世界では魔法はそう珍しいものではないらしい。


 村で騎士も、魔術師の事を言っていた。パラティアみたいな若い娘だって、魔法を使える。


 だからここがもし聖書の舞台だったら、きっと後世に書かれた聖書の内容はこうなる。


「ナザレのイエスよ、お前は人々を癒す特別な力を持っているようだな。だがどうだ、俺だってお前みたいに指から炎を出せるんだぜ?(ここでボウッと火が燃える)俺と勝負をしろ、ナザレのイエス!」


 (何だよそれ、そんな聖書は嫌だ)やはりここは、異世界らしかった。ただ雰囲気が、アーチーの知っている場所と似ているだけで。


 似ている所は他にもあった。ジュードとパラティアは少しずつ、この世界のことを青年に教えてくれた。


「アーチー、我々の国は西と南を海に、北と東を山に囲まれています。北の山の向こうには、追いやられた魔物たちの住処が。そして東の山の向こうには、カルパティアと呼ばれる国があります。皇帝と呼ばれる支配者が治めるその国を、人々は簡単に帝国と呼びます。帝国の北方には森人の国が、東には獣人の国があります」


 (なるほど、なるほどね)半分以上は理解できなかったが、皇帝という単語がスムーズに青年の耳に入り込んだ。


 何故ならアメリカ人にとって敵国と言えば、皇帝が治める国と相場が決まっているからである。


 ドイツに日本。ソ連にベトナム…。中国、イランにイラク…。まあ、例外もたまにはある。


「一番大事な点は、帝国人が私たちの宿敵だってことよ」パラティアが言うには、案の定皇帝は自分達の敵らしかった。


「何百年という間、東方に住む帝国人達は、私達荒野の民を蔑み、圧政を敷いてきた。荒野の民は何度もそれに抗おうとした。けどダメだった。来訪者が来るまでは」


 そこまで言って、彼女は微笑んだ。隣にいるジュードも同じだった。釣られてアーチーも、「へへへ」と笑った。


「一番最初の来訪者は、今から324年前に現れた。その人は私達荒野の民に力を貸してくれた。その人のお陰で、私達は初めて帝国軍に勝利することが出来た。不幸にも、その人は敵に捕まり、殺されてしまった。馬鹿な帝国人、そのぐらいで、荒野の民が諦める筈もないのに。


 2人目の来訪者はそれから40年後にやって来た。荒野の民は彼と再び立ち上がった。負けても、殺されても、私達を助けるために来訪者はまたやって来た。神は私達を助けて下さる。だから荒野の民は戦い続けた。


 腕を斬られ、目を抉られ、舌を抜かれても、来訪者を信じ続けた。そして11人目の来訪者が来た時、私達はついに勝った。荒野の民はようやく、帝国の野蛮な多神教徒共を打ち破り、自分達の国家を作り上げた!」


 アーチーはそれを聞き、ただ口をポカンと開けた。ここまで壮大な話だとは思わなかったのからである。


 異世界が好きな者はこういう話を聞いたら盛り上がるのかもしれないが、アーチーは只々驚くばかりだった。何より、今度は自分がその仕事をやらなければならないのだ

 

 一神教を信じる荒野に住人と、皇帝が住んでいる多神教の国の争いという構図も、余りにも典型的である。胃の痛みを堪えて、アーチーは2人に尋ねた。


「じゃ、じゃあ、俺がこの世界に呼ばれたって事は、また戦争が起こるって事なのかい?」


「分かりません。ですが、アーチー。貴方が呼ばれたと言う事は、そうなのかもしれない。王国と帝国とは、表面上は平穏な関係を保っています。ですが我々の預かり知らぬ所で、何かが起こっているかもしれません」


「異教徒共がどんな馬鹿なことをしたっておかしくは無い。馬鹿だから、まだ懲りてないのよ。5年前に皇帝が新しくなって以来、奴ら自分達の野心を隠そうともしない。


 邪教を崇める者、野蛮人、人外と交わる者、魔物以下の連中、破廉恥で高慢、唾棄すべき存在、殺人者、快楽主義者、悦楽の都に住む者達、礼儀を知らぬ者共、炉端の汚らしい石、死肉を喰らう豚共よ」


「さ、流石に言い過ぎじゃないかい? 人にはそれぞれの…」


「悪魔、背信者、裸で風呂に入る者共め」


(終わってなかった!)しかも最後は別に悪いことではない。パラティアの口が悪いのはしょうがないが、ジュードが訂正らしい訂正を挟まないことがアーチーは気になった


 多かれ少なかれ、王国の人々は帝国に対してそういう感情を抱いているということなのかもしれない。


「来訪者はそれぞれ強力な魔力の他に、異世界で培った特別な才能を持っていたのよ。農耕とか冶金とか建築とか。ねえ、あんたは何が出来るの?」


 敵の話をする時とはうってかわり、パラティナは目を輝かせながら、アーチーに聞いてきた。


「えっと、そうだな。車弄りができるよ、少しだけど。後はオレンジの収穫をうんと早く出来る。後は、後はそうだな。ハードル走が得意だよ。小学生の頃なんか、群の代表になったこともあるな」


 アーチーは思わず、鼻高々にそう言った。だが冷静になり、それが一体異世界生活で何の役に立つのか、自分なりに考えてみた。


「それが一体、何の役に立つのよ」青年の導き出した答えは、パラティアのそれと全く同じだった。


「車っていってさ、凄いんだぜ。馬がいなくても走るんだ。知らないだろ?」

「知ってるわ、聖書に載ってるもの。この世界にはそれを動かせる燃料とやらがまだ見つかってないの。だから無意味よ」


(なんて聖書だよ、そんなくだらない事を書くな!)アーチーは心の中で叫んだ。


「じゃあ君は、1時間に何百個もオレンジを収穫できるのかな? 俺はできるぜ」

「出来なくても構わないわ」


「お、俺は110メートルハードルを14秒42で走れるんだぜ? 君にそれが出来るのかな?」

「何よ、それ。何でもいいけど、馬より早くなければ意味ないじゃない」


 青年は言葉を失った。一瞬にして、己のアイディンティを全て否定されたからである。


「疲れた。私はもう寝るわ」


 そう言って、パラティアは焚き火の側で毛布を被った。アーチーは震えながら、ジュードの方を見た。助けを求めてだ。


「人には、向き不向きがあります」


 そう、小学校の頃の担任のような言い方をされては、最早毛布に包まって寝るより他に術が無かった。

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